第28話 帰国


 ヤヌス王国からの迎えの馬車の到着が、二週間後に決まる。

 ジョアンは、自室の片付けをしていた。


 仕事に関しての引継ぎは、ほとんど終わっている。

 いつでも旅立てるよう、ある程度は荷物をまとめていたが、国へ持って行く物はあまりない。

 着替えと金、この国へ流れ着いたときに身に着けていたカフリンクスくらい。

 

 そもそも、ヤヌス王国に長く滞在するつもりは全くない。

 早急に必要な手続きを済ませ、一日でも早く獣人王国へ戻るつもりなのだ。

 デクスターは、印の効果が切れてしまうことを懸念している。

 往路とは逆に、復路は獣人王国から迎えの馬車を出すと言われた。もちろん、『人』だけで構成された従者のみで。

 こまめに手紙を書き、主へ進捗状況を報告することも約束させられる。

 

 ジョアンの帰りが遅くなれば、心配性で過保護なデクスターが直接迎えに来そうだ。

 その姿を想像し、ジョアンはクスッと笑った。



 ◇◇◇



 二人は、久しぶりに別荘へ来ていた。

 ジョアンは明日、ヤヌス王国へ旅立つ。

 その前に、入念に印を付けておくのが目的だ。


 離宮内では、二人は体の交渉は一切していなかった。

 番いとはいえ、まだ正式に婚約をしているわけではない。

 公表するまでは、ジョアンは従者としての立場を弁えていた。


「明日から、当分会えなくなるな……」


 デクスターの胸の中でうつらうつらしていたジョアンは、主の声に覚醒する。

 

「大急ぎで用事を済ませて戻りますので、またすぐに会えますよ」


「それでも、寂しいものは寂しいんだ! 本来、番いは傍を離れることはあってはならないんだぞ」

 

「でしたら、代わりと言ってはなんですが、こちらを……」


 ジョアンは、閉じ込められていた胸の中から脱け出す。

 ガウンだけを羽織り寝台からおりると、自分の手荷物を漁り始めた。

 一緒に起き上がったデクスターへ差し出したのは、紙の包みだった。


 包みを開けたデクスターは、目を見開く。

 中に入っていたのは、金髪の束だった。


「おまえ……知っていたのか?」


「えっと、髪を切るまでは全く知りませんでした」


 建国祭で変装をするために、長い髪をバッサリと切った。

 そのときに担当をしてくれた理髪師が、他国民のジョアンへ話をしてくれたのだ。


「獣人王国では、自分の髪を相手に渡すことで婚姻の了承。相手の髪が欲しいと伝えることで、求婚になるのだそうですね?」


「これは、『番いの匂いを身に着ける』という意味がある。元々は、尻尾などの体毛だったようだが」


「いずれ使用することになるから、大切に保管しておいたほうが良いと言われました」


 ジョアンは気づいていなかったが、随分前からデクスターに求婚されていたのだ。

 

 長い髪が邪魔だから切りたいとジョアンが言ったとき、だったら俺にくれないかとデクスターは言った。

 様子のおかしい主へ、従者は何の気なしに「僕の髪で良ければ、いつでも差し上げますから」とあっさりと告げる。

 知らなかったこととはいえ、あの時のデクスターの心境を思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 その罪滅ぼしの意味もあった。


「こんな僕ですが、これからもよろしくお願いします」


「ありがとう。肌身離さず持っておく」


 国へ戻るまえに、きちんと求婚に対する返事をしておきたかった。

 嬉しさを隠しきれない様子のデクスターを眺めながら、ジョアンはホッと息を吐く。


「国が違うと、文化も異なるのは興味深いですね。僕の国では、髪の毛は『形見』の意味合いが強いので」


「ハハハ……たしかに『人』の文化だと、慶事より弔事を連想するか……」


 デクスターは、自身の髪に触れる。


「番いに渡すために伸ばしてきたが、ついに……俺のも、受け取ってほしい」


「はい」


 王族であるデクスターは、式が終わってから切るとのこと。


「それで、おまえはその姿で行くのだな?」


 今のジョアンは、また髪を染めている。

 建国祭のときよりも、さらに髪色を濃くしていた。


「国では、ジョシュアは病に臥せっていることになっています。僕のことがどこまで周知されているのかわかりませんから、念のためです」


「そちらに関しては、問題はなさそうだな。それよりも、おまえが生きていたことで、もう一度命を狙われる心配はないのか?」


 デクスターの不安は、この一点にあると言っても過言ではない。


「僕が命を狙われたのは、結婚式の直前でした。十中八九、僕が第一王配になるのを阻止したかったからだと思います」


 派閥争いが絡んでいるのは、間違いないだろうとジョアンは考えている。


「でも結局、同じ家門から王配が出てしまいました。今さら、僕を暗殺する理由はありません」


「そうだといいが、まだ犯人も不明のようだし……」


「兄にはこの件が伝わっていますので、おそらく対処してくださるかと」


 公爵家に対し敵意を向ける者を、あのダニエルが放っておくはずがない。

 王宮で要職に就いている彼は、老獪ろうかいな人物だ。

 敵に回すのがどんなに恐ろしいことか、ジョアンはよく理解している。


「とにかく、無事に戻ってきてくれ。おまえに居なくなられたら、俺は生きていけない」


「フフッ、デクスターはいつも大袈裟ですね」


「何度も言うが、大袈裟じゃない!」


 強引にガウンを剥ぎ取られ、体中に口づけを落とされる。


「あの……人目に付くところに跡を付けるのは、やめてくださいね」


「その代わり、見えないところには嫌と言うほど跡を付けてやるからな」


「お、お手柔らかにお願いし───」


「イ・ヤ・だ!」


「えええ~」


 その後、一生分の逢瀬を重ねるように、二人は何度も体を重ねる。

 

 そして翌朝、ジョアンは母国へ向けて旅立ったのだった。



 

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