第12話 国王夫妻との面会
「面会ですか?」
「ああ、兄…国王陛下と王妃殿下が、おまえに会わせろと言ってうるさいんだ……だから、すまないが付き合ってくれ」
「わかりました」
これは、公式なものではなく私的なものらしい。
面会場所も、謁見室ではなく私室とのこと。
(ある日突然現れた僕が王弟の側近になっているのだから、どのような人物なのか気にするのは当然だ)
話を聞く限りでは、兄弟の仲は良さそうである。
国王が即位して十年。
お世継ぎはまだ誕生していないが、夫婦仲も良好とのこと。
(意に添わぬ相手との政略婚より、自由恋愛で番いを見つけ一緒になるほうが、遥かに幸せだな……)
将来、自分もそんな相手とめぐり逢えるのだろうか。
生まれたときから婚約者がいたジョアンは、当然ながら恋愛の経験がない。どういうものかも、あまりよくわかっていない。
それでも、不幸にしかならない政略結婚をせっかく回避できたのだから、今度の相手は自ら選びたいと思っている。
ジョアンのささやかな望みだ。
◇
護衛騎士たちによって厳重に警備体制が敷かれている中を、二人は歩いていく。
ジョアンは、面会後のことをつらつらと考えていた。
もし、国王から不適当な人物と判断されたら、国外退去処分にしてもらう。
濁流に流されてきたように、舟で隔離されながら川を下り第三国へ行くのが最善策だ。
自分を護送する騎士たちが全員『人』ならば、問題ないのではないか。
我ながら名案だと思っている間に、私室へ到着。
デクスターに続き、部屋へ足を踏み入れる。
待っていたのは、二人の人物だった。
デクスターと同じシルバーグレーの髪に、赤褐色の瞳を持つ壮年の男性。
現国王でデクスターの実兄である、スタンリーだ。
隣に座っているのは、黒髪に落ち着いた茶色の瞳の女性。
ふんわりと優しい雰囲気を纏っている王妃のエリスである。
「ご要望通り、ジョアンを連れてきたぞ」
私的な面会だからか、人払いがなされている。
デクスターは夫妻へ挨拶もなく、いきなり向かい側に腰を下ろした。
「いきなり呼びつけて、すまなかったな」
「あなたが、ジョアンくんね」
ジョアンはデクスターの後ろに控えると、すぐさま臣下の礼を取る。
「国王陛下、並びに王妃殿下におかれましてはご機嫌麗しく、恐悦至極に存じます。お初にお目にかかります。私はジョアンと申します」
「君の話は聞いている。大変優秀な文官だそうだね」
「こんな可愛らしい方とは、思わなかったわ」
「……恐れ入ります」
もっと警戒をされたり、探りを入れられると思っていた。
最初から友好的な国王夫妻に、ジョアンは戸惑う。
「今日は、美味しいお菓子をたくさん用意してあるの。ジョアンくんも殿下の隣に座って、一緒に頂きましょう?」
「いえ、私はこちらで……」
一介の従者が国王夫妻と同じテーブルに着くなど、とんでもない。
「いいから、おまえは俺の横に座れ」
「……かしこまりました」
主の命令には逆らえない。
無理やり隣に座らされたが、非常に居心地が悪い。
デクスターは、国王夫妻の前だというのに腰に手を回してくる。
来月、婚約者を選ぶパーティーが開かれる身なのに、一体どういうつもりなのか。
さり気なく距離を取ろうとするジョアンに対し、デクスターはどんどん距離を詰めてくる。
そんな二人を、国王夫妻は興味深げに見ていた。
「……その様子だと、まだ通じていないのか?」
「ああ、まったく伝わっていない。だから、俺なりに頑張っている」
「あまり、無理強いだけはしないであげてね。獣人の男は、少々強引すぎるきらいがあるから……」
「それは、経験談なのか? もちろん、配慮はしている」
「しかし、時と場合によっては、多少の強引さも必要だと思うぞ?」
「それは、程度によります!」
エリスの一言にスタンリーは首をすくめ、デクスターは苦笑している。
三人で一体何の話をしているのか。ジョアンにはさっぱりわからない。
それでも、仲の良さは伝わってくる。
国王夫妻と王弟のやり取りを、微笑ましく眺めた。
エリスに勧められるまま、お菓子をいただく。
サクッとした食感が楽しめる、一口大のパイだった。
紅茶との相性も抜群で、ついつい食が進む。
「おまえがそんなに気に入ったのなら、今度離宮でも作らせよう」
「そういう気遣いは僕にではなく、これから婚約者となられる方へお願いしますね」
「…………」
「ハッハッハ! これは、なかなか前途多難だな……」
「ホホホ、そうですわね……」
沈黙するデクスターと、にこやかに笑い合う国王夫妻。
終始和やかな雰囲気のなか、美味しいお茶菓子と紅茶を堪能したジョアンだった。
◇
面会を終えた二人は、執務室へ向かっていた。
「付き合わせて、悪かったな。今日は、まあ……顔合わせみたいなものだ」
「ご兄弟で、とても仲がよろしいのですね? 王妃殿下とも、気が置けない間柄のようでしたし」
「旧知の仲だからな」
同じように歳が離れていても、ジョアンと異母兄は昔から疎遠だ。
デクスターたちの関係を、少し羨ましく思う。
「おまえにも、兄弟や姉妹はいるのだろうな。よく考えてみれば、婚約者がいる可能性だって……」
「僕に兄弟はいると思いますが、婚約者はいないと思いますよ」
「どうして、そんなことが言い切れるんだ?」
「ただの勘です」
(もう、
ジョアンは、心の中で呟いた。
◇
デクスターの執務室へ向かっていたはずなのに、二人はなぜか宰相の執務室にいた。
戻る途中、宰相とバッタリ出会う。
デクスターに急ぎの用件があるとのことで、距離的に近い宰相の執務室へそのまま直行となったのだった。
デクスターと宰相は、奥の部屋で話をしている。
かなり込み入った大事な話のようだ。部屋へ誰も近づかぬよう、完全な人払いがなされている。
ジョアンは、秘書官たちが忙しなく事務処理をしている後ろに控え、主が戻るのを待っていた。
待つこと以外特にすることもないので、彼らの仕事ぶりを観察する。
(二か月後に開催される、建国祭の事前準備をしているのか……)
秘書官たちは、招待状の手配をしているようだ。
自身の結婚式の招待状の手配に携わっていたこともあり、ジョアンにはその苦労が身に染みてわかる。
ふと、近くのテーブルに積まれている封書に目が留まった。
「あの……お忙しいところ恐れ入りますが、ちょっとよろしいでしょうか?」
ジョアンは、近くにいた秘書官へ声をかける。
部外者の自分が口を出すことに少々迷いはあったが、どうしても見過ごすことはできなかった。
「なんだ?」
顔を上げたのは、眼鏡をかけた中年の男性。
至極面倒くさそうに、こちらを向いた。
「こちらの国家元首の方のお名前が、間違っております」
「なんだと!?」
「コナー・ブライトン様は、インネル共和国。コーナー・ブリニトン様は、オルト共和国です。これは逆ですね」
「あっ、本当だ! アイツらに、しっかり確認しろと言ったのに……」
男性は手早く差し替える。
発送前で良かったと、胸をなでおろした。
「君のおかげで助かったよ。あのまま発送していたら、外交問題に発展していたかもしれない」
「名を間違えるのは、大変な失礼にあたりますからね」
ジョアンが間違いに気づけたのは、たまたまだ。
ヤヌス国の文官も、同じ間違いを犯しそうになっていたからである。
「君は、デクスター殿下の従者だよな。その見目……もしかして『業務効率化のジョアン』殿か?」
(『業務効率化のジョアン』って、なんだ?)
「僕はジョアンですが、その『業務効率化』というのは?」
「ハハハ、勝手に二つ名を付けて申し訳ない。私たち文官の間では、君は有名人なんだ」
数々の改善提案をし、仕事の効率化を図った人物。
他の部署が連日残業をしているなか、王弟の執務室で働く者たちだけが定時で帰っている。
皆がそれに
「君の見た目から誤解をしている者もいるようだが、能力の高さはやはり本物だな」
「『誤解』とは、なんですか?」
「これは失言だったな。気にしないでくれ」
気にしないでくれと言われて、「はい、わかりました」と聞き入れられるわけがない。
しつこく尋ねたら、「デクスター殿下には、絶対に内緒だぞ」と念を押された上でコソッと話をしてくれた。
「僕が、殿下から寵愛されている……」
「ご寵愛を受けているから、側近に引き立てられているそうだ。まあ、ただの嫉妬だ。君が気にする必要はない」
にこりと微笑んだ秘書官は、仕事を再開する。
これ以上邪魔をしてはいけないと、ジョアンは後ろに下がった。
(これは、早急に対策を立てる必要があるな……)
ジョアンはデクスターが戻るまでの間、思考の海に沈んでいた。
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