極短小説・被害者と加害者
宝力黎
極短小説・被害者と加害者
「おまえだったのか」
暗がりから現れた俺を見て、アイツは驚いた様子だった。
「ガッカリしたろう」
笑う俺に、アイツは怒りを滲ませた。
「こんな場所に呼び出して何がしたいんだ?まさか恨みを晴らそうってか?まてよ、あれはマユミを放っておいて寂しがらせたおまえの方が――」
「俺の妻を呼び捨てにするな!」
俺は怒鳴り、手にしたスイッチを押した。一瞬の間があり、アイツの足下はアイツもろとも崩れ落ちた。深さは五メートル。明日にはここにコンクリートを流し込む予定になっている。それまでにアイツの上に土を被せてしまえばいい。
俺と妻は社内恋愛で結ばれた。結婚後も仕事を続ける妻に、同僚のアイツは色目を使ったのだ。そして妻は、いつしかアイツと許されない関係になっていたのだ。
やり遂げた俺は泣いた。人を殺すという大犯罪を犯しても、罪の意識は無い。そんな意味で泣いたのでは無い。こうしなければ自分を許せないと思ったから、これで自分を許せると思い、ホッとしたのだ。
解けた緊張の果ては虚ろな意識の世界だ。やり遂げて喜べても、尚まだアイツへの怒りで身体は痛むほどだ。なぜこんなにも痛いのだろう。心も、身体も。本当に、気が遠くなるほどだ。星のない東京の空は丸く切り取られ、遠かった。
「うちの人で間違いありません」
マユミは刑事にそう言って泣いた。若い刑事は老刑事を振り返った。
「奥さんの話では、被害者――加害者かな――とにかく彼は最近妙だったそうです。そうですね、奥さん」
ハンカチで涙を拭い、マユミは言った。
「はい……。私が浮気をしていると疑い始めたのが最初でした。それ以後は何をどう言っても信じてくれず、仕舞いには独り言まで言うほどで――」
マユミの泣き声が遺体安置室に響いた。
刑事は記録を見た。男はコンクリートを流すための縦坑の底で発見された。死因は失血性ショックだった。坑の底にはおびただしい量の血が流れていたが、発見時に男は柔和な表情を見せていた。まるでなにかをやり遂げたかのような――。
極短小説・被害者と加害者 宝力黎 @yamineko_kuro
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