第一楽章第一小節

 ~根源~



 荒れ果てた荒野、一人の少年が唄い、一人の朧気な詩人が曲を奏でていた。



暗闇の中、吹き荒ぶ風が砂とメロディーを何処へと運ぶ。


「紅に染められし、我が友よ、


悲しい剣胸に抱き、


黄昏に沈み行く、儚き思いよ……。


定めに捕らわれては、誰が為に戦い、


全て終わりし日に、


永遠の安らぎを……」






少年の顔は涙と血液で汚れ、腕には胸に大剣が突き刺さり息絶える彼と同い年位の男性を抱いていた。



 一方、少年と背中合わせで曲を奏でていた吟遊詩人が、ふとその手を止め、ゆっくりと口を開いた。


褐色のローブを羽織った人物だが、彼の周りだけ朧気な光に包まれている。


「私はロイン……語り部ロイン、遙かな時を旅する、時空の旅人」



さらに付け加える。


「全てが終わる……、


私の試練が終わる……」

するとロインはハープを奏で、


「少年は友を抱く、血まみれの友を抱く、


そして少年は誓う、


『闇を切り裂く勇者になる』と、


この日彼は遠き過去を振り返る、始まりの日を、


少年の名は……、ルヴェン=カロース=エスメラルダ」


と、メロディーに乗せて口ずさんだ後、ロインはハープの演奏を止め、一呼吸置いた。



次に声を発したのは数秒後だ。


「また会いましょう……。この時空の何処かで……」


そして彼の姿は霧の様に姿を消したのだ。




彼の言葉は少年には届いていなかったのか、少年はただ呆然と空を見上げる。





砂混じりの生暖かい風が彼の頬を何時撫でた後、ゆっくりと登る太陽に照らされ、少年が涙を流し朝日を見据えていた。



 



優雅な古く由緒正しき家々が並ぶ大通り。

その通行の要である道は全てレンガが敷き詰めてあり、街路樹や夜には闇を照らす街灯も多数見える。


遠くを望めば巨大で重厚な城や、視点を変えれば霞んで見える山脈、反対側には綺麗な海まで見える。



ここはビルデン王国の首都、ビルデン城下街の一角だ。



よく晴れた朝、心地よい眠りから呼び起こす罵声が響く。


「おーい! ルヴェーン! いつまで寝てるんだ? おいてくぞ!」


いつものように友に呼び起こされて、軽く目をこすりながらルヴェンと呼ばれた少年は寝室から繋がる大きなバルコニーまで移動すると、寝起きで意識がはっきりとしないのか、目元を擦りながら先程の声の主への返事。



「あれ? おはようオルス……」


「たー! 何でそんなにふぬけてるんだよー……。今日は認証試験だろ? ほんっとヤル気ないなぁあ」


オルスと呼ばれた少年は肩を落としながら言い返し、さらに付け加えた。


「今日騎士になれるかどうかなんだぜ? ビルデンの誇り高き 騎 士 ! ったく……。名将『金剛獅子』エーウディア=エスメラルダ様の息子で、『白銀狼』セイセル=マス=エスメラルダ様の弟様、ルヴェン=カロース=エスメラルダ様がなんたる失態……。なさけねー……」



「父様と兄様は厳しすぎるんだよ、ボクはそこまでなれないよ、オルス=ド=ヴァイア=ゼディアーク様?」


と、ルヴェンが意地の悪い笑みを浮かべた。



すると、遠くから可愛らしく少し舌足らずな発声の声が聞こえる。



「早く行かないと本当に遅れちゃいますよ? ルヴェン兄様、オルス兄様?」


声の主はルヴェンの妹のコリアだ。



肩少し下まで伸びるサラサラの金髪、幼い顔立ちに愛らしいコバルトブルーの瞳が光る。身長は130㎝後半、まだ12歳で、性格はおっとり者。筋金入りの箱入り娘だ。




「あ!! 本当だ、ヤバイ! さっさと行くぞルヴェン! って、コリアちゃんおはよ! じゃね!」



オルスは朝の準備をゆっくりと終えたルヴェンを引きつれ、彼の寝ぼけた顔を何度か叩きながらエスメラルダ邸を駆け出した。




 耳にかかる位の綺麗な金髪に、晴天の青空を思い浮かべられそうなコバルトブルーの優しい瞳、その体つきは、騎士の家系とはかけ離れた華奢な体、身長は140㎝後半で、14歳の男子にしては、あまりにも繊細で美しいルヴェン。



一方幼なじみのオルスは、情熱的に燃え上がる、炎のように逆立つ真紅の短髪、その黒い瞳は活気に満ち溢れ、常に気を惹かれる物を探している。


体つきは身長160㎝前半、巨大な槍を扱う彼の父譲りの骨格と筋肉を持ち合わせ、大柄な体格だ。

そして彼自身も身の丈程ありそうな大剣を扱う修行中である。


そのためか、両手には剣の質量で皮膚が傷まない様、拳ごとを保護できるグローブをいつも身に付けている。




エスメラルダ家とゼディアーク家は父の代からの友人関係にあり、この三人も兄弟の様に育ってきた。



 息巻き走るルヴェンとオルス、逸る気持ちを抑えきれず、オルスは言葉にする。


「おい! 今戦時中だろ? コレ受かったら早速活躍できるかな?」


意気揚々のオルスにルヴェンは自信なく、



「うわ……。ボクは争いは嫌いだな……」



細々とした声は徐々に尻すぼみになり、最後の方は上手く聞き取れない程だ。



全く対極の二人だったが、お互い走りながら目を合わせ、共にはにかんだ。









――これが全ての始まり朝だった――

 

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