9:アヤメの奥の手 後編
「なんだこれ?」
状況がわからず、俺は点在している円陣の一つを見た。
それをよくよく見ると、見覚えのある文字が書き記されていることに気づく。
一体これは何なんだ?
そんなことを思っていると大きな爆発音が聞こえてきた。
振り返るとそこには、黒煙に包まれた西鬼さんと舞うように踊るアヤメの姿があった。
「〈無双なる夢想〉〈詩を想いを詠み記す〉〈ゆえに私は【詠姫】なり〉」
〈キターーーーー!!!!!〉〈キターーーーー!!!!!!!〉
〈詠姫モードだぁぁぁぁぁ!!!〉〈キタキタキターーーーー!!!!!〉
〈おいおいおいマジかよ!〉〈すっげー運いいじゃん!〉〈詠姫だぁぁぁぁぁ!!!!!〉
スキルを発動しているためか、アヤメの姿が変化していた。
白い魔女の衣装を着ていたはずなのに、その背中には幻想的な羽がある。
それは銀色に輝いており、形を表現するならば蝶みたいに広がっていた。
「なるほど、全てはこのためですか」
「〈夢は続く〉〈想いは途切れない〉〈目覚めはまだ早い〉」
「これはなかなかの隠し玉ですね。なるほど、これがあなたのスキルですか」
西鬼さんはまた床を蹴る。
点在している円陣を踏まないようにしながら一気にアヤメとの距離を詰めていく。
その時間は一秒あるかどうか。
圧倒的なスピードで、西鬼さんはアヤメを追い詰めようとした。
だが、西鬼さんが攻撃しようとした瞬間にアヤメが手を振る。
直後、目の前に円陣が出現し、西鬼さんの身体を跳ね返した。
「くぅっ」
〈やっぱつえーーー!!!〉〈詠姫モードは無敵なんだよ!!!!!〉
〈無双だ無双!!!〉〈アヤメちゃん、やっちまえ!〉
〈いっけーーーーー!!!!!!〉〈いっけぇぇぇぇぇ!!!!!!〉
攻撃を跳ね返された西鬼さんはそのまま体勢を崩し、床へ落ちていく。
その着地点には円陣があり、まるで西鬼さんがそこに落ちることをわかっていたかように待ち受けていた。
西鬼さんはどうしようもなくそこへ落ちる。
そして踏んだ瞬間、円陣からトゲが飛び出した。
「おっと」
だが、西鬼さんは円陣から飛び出したトゲを難なく躱す。
そのまま立ち上がるものの、先ほどのトラップによってトンファーの先が欠けていた。
その壊れたトンファーを違う円陣に放り投げると、今度は大きな爆発が起きた。
「なるほど、これはとんでもないトラップですね」
どんな身体能力をしているんだよ。
というか瞬時に分析するってどんな思考しているんだよ。
そんなツッコミつつも俺は走った。
〈はぁッ?〉〈嘘だろ!〉〈どんな身体能力してるんだよ!〉
〈これが星七つかよ〉〈バケモノじゃねーか!!!〉〈いやアヤメが強い!〉
〈アヤメが負ける訳がない〉〈負けるなアヤメーーーーー!!!〉
アヤメはこの状況を作り出したかったんだ。
西鬼さんがどうしても俺に注意を向けられなくなる状況を。
それに気づいた俺は、タクティクスを握って駆ける。
円陣を踏まないように、できるだけ早く西鬼さんに攻撃を与えるために。
決着をつけるためにも、俺は全力でアヤメの元へ走っていく。
「〈終わりは近い〉〈終わりは遠い〉〈望む未来は掴まれる〉」
「なら、私が勝利を掴みましょう!」
西鬼さんが突撃する。
トンファーを盾にしてアヤメへ飛び込んでいく。
アヤメはそれを見て、文字を書くように手を動かすとまた円陣が出現する。
ダメージ覚悟の特攻だ。
大した覚悟だよ、西鬼さん。
だけど、その覚悟のおかげで俺達はあなたに勝てる。
「西鬼さんをぶっ飛ばせ、タクティクス!」
俺は完全に西鬼さんの不意をついた。
西鬼さんは反射的に振り返り、俺の姿を確認する。
その瞬間、俺はタクティクスを棍へと変えた。
〈!?〉〈!!!?〉〈クソガキ!!!〉〈クソガキいつの間に!!!〉
〈マジか〉〈すげー〉〈いけえええええ!!!!!〉
〈そのままやっちまえええええ!!!〉〈ぶっとばせーーーーー!!!!!〉
俺がタクティクスに呼びかけるとそれは一気に伸びた。
「ぐおっ」
「こなくそぉぉぉぉぉッッッ」
如意棒のように伸びたタクティクスは西鬼さんの胴体に食い込む。
俺はそれを確認することなく、ただ力いっぱいにタクティクスを振り切った。
すると西鬼さんは後ろへぶっ飛び、転がっていく。
だが、西鬼さんは滑りながらもすぐに体勢を立て直し、立ち上がる。
その姿はピンピンとしているが、装備しているプロテクターには大きな亀裂が入っていた。
「やった……!」
〈おおおおお!!!!!〉〈やったぞ!!!〉〈マジッ!!??〉
〈やりやがったよ!!!!!〉〈アヤメちゃんやった!〉
〈クソガキよく頑張った!〉〈マジかよマジかよ!〉
装備の完全破壊はできなかった。
だけど、試験合格の条件は達成できたぞ。
そう思っていると、試験を見守っていた支部長が俺達に声をかけてきた。
「そこまで。試験終了だ」
直後、白い空間に包まれていた部屋が元に戻る。
途端に俺の身体が重たくなり、腰が抜けてしまった。
「ハ、ハハハッ……」
一撃を入れるだけで俺達はこんなに苦労した。
一撃を入れたのに、西鬼さんはピンピンとしている。
これが俺達の力。
これが星七つの探索者。
すごいな、西鬼さんは本物のバケモノだよ。
「クロノくん! 大丈夫?」
スキルの発動が終わったアヤメが駆け寄ってくる。
まさか、前衛をアヤメに任せることになるなんて。
俺って弱いな。
「ああ、大丈夫だよ」
だけど、アヤメのおかげで西鬼さんの装備に亀裂を入れることができた。
もしアヤメがいなかったら、俺は何もできないまま終わっていただろうな。
「いやはや、ちょっとした油断でやられてしまいましたよ」
そんなことを思っていると西鬼さんが近づいてきた。
そして、へたり込んでいる俺に手を差し出す。
とても清々しく笑いながら、だけどちょっと悔しそうな顔をしながら。
「第一歩、おめでとう。次は、本気を出しますよ」
西鬼さんはスキルを使っていない。
つまり、俺達は本気の彼と戦っていないんだ。
「ふふ、君は頑張り屋さんだね。そうだね、また試験官をしようかな」
「それは勘弁してほしいです」
「なら、試験を受けないかい?」
その質問は何を意図しているのか。
俺はその挑発的な言葉を受け、挑戦者として返す。
本気の彼に勝つ、という想いを抱きながら――
「いえ、次も絶対に受かりますから」
「ならもっと腕を磨いてね、黒野くん」
俺は西鬼さんの手を握り、立ち上がる。
こうして俺とアヤメの試験は、見事合格という形で幕を下ろしたのだった。
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