第2話
私が貴族令嬢らしからぬ無作法な現れ方をしたこと、予想外ともいえる言葉を発したことに、私の目の前にいるレベラ様はやや驚きの表情を浮かべる。
けれど、それも最初の一瞬だけ。
すぐにその表情を穏やかでさわやかなものに戻すと、彼はそのまま自然な口調でこう言葉を発した。
「クスクス、あなたは本当に素敵な方ですね。そうやって僕の心をリラックスさせてくれようとしたのでしょう?将来を約束する、婚約者として」
「!!!!!!!!」
…素敵で素敵で素敵なその表情が、私の心をずきゅんを射抜いていく…。
こんな素敵な方からの思いに逆らおうだなんて、自分でもなかなか意味の分からないことをしていることは分かっている…。
けれど、それでも私は逆らわないといけないのだ…。
――――
私がこの世界に来た時、まずアリシラ・アーレントという自分について知りたいと思った。
それで私は、それとなく近しい人物たちに過去の私の言動について聞いて回ってみることにした。
幸いなことに、この世界で生きるだけの最低限の記憶や知識は頭の中に備わっていた。
私にとっては初対面の相手でも、過去にアリシラが話をしたことのある相手だったら、その名前や顔が頭の中に記憶として残っていたのだ。
私はその記憶を頼りにして、アリシラがどんな人物なのかを調べていった。
そしたら、全く予想もしていなかったことが次々に判明していった…。
私は前の世界で言うところの、大がつくほど性悪で意地汚い悪役令嬢だったのだった…。
「お嬢様、今日はおとなしいのですね。なにか心境の変化でもあったのですか?」
この世界に来て、執事であるターナーから一番多くかけられた言葉はそれだった。
「どうしてかって?だって今までだったら、朝から夜まで他の貴族令嬢の悪口を言ったり、そんなことありもしないのに貴族令息に口説かれたと言いふらしたり、その嘘がバレそうになったら他の貴族令嬢のせいにしたりしていたではありませんか。私はそれに付き合うのが生きがいだったというのに、最近は全くそう言う事をされていないので、おとなしいな、と…」
今の私を見るターナーの目は、それはそれはつまらなそうな様子だった。
私はこのターナーとコンビになって、これまで散々自分が気に入らない他の人物たちにあの手この手で嫌がらせを行っていたらしい。
それくらいに過去の私はターナーにとって、非常に攻撃的で刺激的な性格をしていたのだろう。
その事を肌で感じた私は、こう思わずにはいられなかった。
私はこの世界における、バッドエンド確定の悪役令嬢ではないか、と…。
私は前世……と言っていいのかどうかはわからないけれど、前の世界にいるときはファンタジー恋愛本が大好きでよく読んでいた。
そういった本の中でよく見た展開というのが、性悪でいけ好かない悪役令嬢が最初は自分の思い通りに事を進めているものの、後に必ず現れるヒロインの救世主のような人物によって立場を逆転させられ、最後には誰からもざまぁみろと言われるような展開になるというものだった。
…今の私は、完全にその物語の中に登場する悪役令嬢そのものなのだ…。
――――
今私の目の前には、キラキラとした表情を浮かべるレベラ様の姿がある。
ターナーから聞いた話によると、私のお父様とレベラ様のお父様がかねてから親密な仲にあるために、私たちは半ば両方の親公認の、事実上の将来を約束した関係にあるのだという。
…私の両親は大貴族の長とその夫人というだけあって、貴族家同士の付き合いか何かでしばらく家を空けているのだけれど、その二人もまた悪役令嬢の親にふさわしい良い性格をしていた……でもこの話は長くなりそうなのでまた今度に…。
「大丈夫ですかアリシラ様?どこか体調でもすぐれないのですか?」
…あぁもう、その上品な声を聞くだけで脳が溶けてしまいそう…。
私の婚約者はこんなにもすごい男なんだぞと、他の女たちに言って回りたくて仕方がない…。
マウントをとりたい欲が出てきて仕方がない…。
でも、その誘惑に負けてこのまま素直に婚約関係になったって、絶対に私はハッピーエンドになりはしない。
だって、これはあとから絶対に気づくやつだもの。
今は私との関係を期待させているレベラ様にこれから先、やたらピンチになりやすくてやたら事件に巻き込まれやすい冴えない女が現れるんだもの。
それで、最初は私との関係があるから君の思いにはこたえられないとか言いって、私もそれに乗っかってその女を煽って煽りまくるのだけれど、そのうち私はぼろを出してレベラ様から愛想を尽かされることになるんだもの。
そうやって私の存在がすべてひっくり返されて行って、最後にはこの人こそが僕の運命の相手だったんだって気づいて二人が結ばれるエンディングになるんだもの。
そんなの、私は絶対に見たくないもの!!
だから私はレベラ様の前からどんな手を使ってでも消えなければいけないんだもの!!
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