ep:9 ディラード達の崩壊とロウの慧眼

「剣聖アルカナート様と同じなのだ……奴が放ったあの光は……」

「な、なんですって?!」


 ディラードがあまりの驚愕に目を見開く中、母親も驚愕を禁じ得ない顔をしている。


「アナタ、本当なの?! アルカナート様と言えば、この国の伝説の英雄じゃない!」

「そうだ。私も元冒険者の端くれ。見間違うハズが無いのだ。全冒険者の憧れだった、あの方の光を!!」


 それを聞いたディラードは、あまりにも大きな怒りと恐れでガタガタと全身を震わせた。

 そして、同時に聞こえてくる。

 自らの醜いプライドに、ピシピシと大きな亀裂が走っていく崩壊の音が。


「あ……あっ……ウ、ウソだ。そんな事……そんな事ある訳がないっ!!!」


 ディラードが全身に汗をかきながら叫ぶ中、両親はドサッとその場に両膝を着いた。

 絶望に染まった顔で天を仰ぎながら。


「な、な、なんという事だ……まさか、奴があの光を持っていたとは……」

「ウ、ウソよ……だったら私達は……」

「そうだ……俺達は逃してしまったのだ……いや、自ら切り捨ててしまった……勇者になるべき男を!!!」

「いや……いやよ……いやぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

「うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 醜い後悔からくる二人の叫びが、広間一帯に広がってゆく。

 ディラードはそれを怒りと蔑みに満ちた眼差しで見下ろすと、二人にクルッと背を向け睨みつけた。

 楽しそうに話しながら歩いている、ノーティスとルミの事を。


───お前ら……絶対に、絶対に許さないっ!! ノーティス、お前は地べたで這いつくばって俺を見上げるべきなんだ……!!


 ディラードの全身から、歪んだ想いに満ちたドス黒いオーラが溢れ出していた。


◆◆◆


───受かるかなぁ……


 ノーティスは筆記試験の部屋で少し緊張している。

 大学の講堂のような場所に、大勢の受験者達が真剣な顔で座っているからだ。

 しかも、今日の試験官は特別に王宮魔道士である『アルカディア・ロウ』が担当。

 若くしてここまで登り詰めた天才軍師でもあるロウは、緑色の魔導衣をまとった姿で両手を教壇についている。

 額のエメラルドグリーン色の魔力クリスタルを、静かに煌めかせながら。


「まぁ、今日は担当が病欠で急遽僕が受け持つ事になったけど、試験の内容は変わらないから安心してくれ」


 サラッと流れる前髪の奥から周りを見渡し試験開始の合図をすると、皆一斉に問題を解き始めた。

 用紙をめくる音が、講堂内に静かに響く。

 また、合格率1%の試験だけあり内容は高度極まっているので、皆顔をしかめ取り組んでいる。

 ただそんな中、ノーティスは別の意味で困惑した顔を浮かべていた。


───これ、俺のだけ間違ってるよな……簡単すぎる。


 けど、間違ってはいなかった。

 ただ言ってみれば、アルカナートから受けた座学が超一流大学以上の内容だったので、この試験内容は高校受験レベルにしか感じなかったのだ。

 しかし、ノーティスはそんな事は全く思わず、首を傾げながらサラサラと問題を解いてゆく。


───どうしよう。もう終わったんだけど、当たり前だよな………あぁ、再試験受けれるのかなぁ……


 そう思い片手で不安そうに頬杖をついていると、ロウがそれに気づき近寄ってきた。


「キミ、どうした。具合でも悪いのか?」

「あっ、いえ、もう終わっちゃったんで……」

「おいおい、まだ開始10分だぞ」

「あのっ、俺に配られた問題間違ってるみたいで……」

「なんだと!」


 ロウは慌ててノーティスの問題用紙と解答用紙を手に取り、ジッと見つめた。

 もしその通りなら、大失態だからだ。


───やってしまったか……


 そう思いチェックしていくと、ロウは別の意味で目を見開いた。


「これは驚きだな……」

「ですよね……あの、再試験を」

「いや、必要ない」

「えっ?」

「問題用紙は合っている。そして……満点だ!」


 ロウがそう言った時、会場は一瞬でザワついた。

 もちろん、互いに話したりはしてないが、皆驚愕した顔を浮かべている。

 こんなの、ありえないからだ。


「キミ、名前は?」

「エデン・ノーティスです」

「フム……ノーティスか、覚えておくよ。ちなみに、どこでこんなに勉強した?」

「えっ?」

「僕が知る限り、この試験に満点で合格したのは、僕とキミを除けば二人しか知らない……もしかしてキミは……」


 ロウの慧眼な瞳が光に揺れる。

 直感的に分かったのだ。

 ノーティスの師匠が、あのアルカナートである事を。

 ただ、その瞬間、ガタッ! と、席から立ち上った男がいた。


「インチキだっ!! そいつが満点なんてありえないっ!!」


 それはあのディラードだ。

 怒りにまみれた顔で、こちらに向かい身を乗り出している。


「学校を退学させられた奴だぞ! 奴は、ここに来る資格なんて無いんだっ!!」


 もちろん、試験中にこんな事をしたら即失格だ。

 けれど、それすら忘れてしまうほどディラードは怒りを爆発させている。

 ロウはそんなディラードをチラッと一瞥いちべつすると、ノーティスに静かに問いかけてゆく。


「彼の言った事は本当なのか」

「はい。インチキはしてませんけど、学校を退学させられたのは本当です」

「そうか。しかし、キミのような者がなぜ? 僕が見た限り退学させられるような事をするようには……」


 ロウがそこまで言った時、ノーティスは前髪を片手でサッとかき上げた。


「それは……!」


 ハッとした顔を浮かべたロウを、ノーティスは静かに見つめている。


「俺は無色の魔力クリスタルだから浄化されそうになって……でもその後……」


 ノーティスは言葉を詰まらせた。

 ここでアルカナートに救ってもらった事を話せば、敬愛する師匠との約束を破ってしまうと思ったから。

 しかし、同時に脳裏によぎった。

 師匠であるアルカナートから言われた事が。


『いいかノーティス、お前は必ず勇者になれ。力だけでなく、その立場がより多くの奴を救えるようになるからだ』


 それを思い出したノーティスは一瞬瞳を閉じ、ロウを真っ直ぐ見つめた。

 皆から、おぞましいものを見るような眼差しを向けられる中で。


「けれど、今は光ります……!」


 そう言い放つと同時に、ノーティスは額の魔力クリスタルをほんのわずかに光らせた。

 けれど、ロウにとってはそれで充分だった。


───間違いない! 彼は……!


 ロウはあまりの興奮にドキドキするのを抑えながら、冷静な顔で皆の方へ振り向いた。


「昔はどうであれ、彼はもはや浄化の対象ではない!

この試験に満点で合格した素晴らしき冒険者の卵だ!」

 

 その言葉を聞いた皆は、軽く笑みを浮かべ再び試験に取り掛かってゆく。

 立ち尽くすディラードだけを残して。

 ロウはそれを満足気に見つめると、ディラードをサッと見据えた。


「さて、インチキでは無いと判明したが、この落とし前をキミはどうつけるつもりだ」


 精悍な瞳に見据えられ、ディラードはガタガタと震えている。

 王宮魔道士に向かってあんな事を言ってしまった以上、タダでは済まないのを分かっているからだ。

 ノーティスはそんなディラードが可哀想になり、ロウに訴えるような眼差しを向けた。


「あのっ……! 彼を責めないで下さい」

「なんだと?」

「彼が無礼をしたのは俺が謝ります」

「なぜキミが……」

「アイツは、ディラードは……俺の弟だからっ!」

「なっ……!」


 ロウは、目を大きく見開きノーティスを見つめている。

 

「彼がキミの弟だと?!」

「はい。訳あって離れちゃったけど、やっぱり……俺の大切な弟なんです! だから……許して、ください」


 必死な顔で訴えてくるノーティスを、ロウはジッと見つめフウッ……と、ため息を吐き微笑んだ。


「分かったよノーティス。彼は不問にする」

「あ、ありがとうございます!」

「だが……」


 ロウはディラードの方をスッと向いた。

 王宮魔道士であり聡明な天才魔導軍師でもあるロウは、これまでのやり取りで全てを見抜いだのだ。


「ディラードよ。ここにいる資格が無いのは、キミの方じゃないのか」

「な、なにを!」

「兄弟であるにも関わらず、愛の欠片もない愚かな言動。キミはここに相応しいとは、お世辞にもいえない」

「うぐっ……! あっ……ああっ……」


 顔面蒼白の状態でディラードは震えているが、ロウは許さない。

 精悍な眼差しで見据えたまま、ディラードに向かい魔導の杖をビュッ! と、振り向けた。

 ロウの瞳がキラリと光る。


「だが、キミの名前は覚えておくよ。偉大なるエデン・ノーティスの愚弟、エデン・ディラードとして……!」


 ロウがそう言い放った瞬間、ディラードはその場にドサッと両膝をつき両手で頭を抱えた。


「うわあああああああああああっ!!!!!」


 醜いプライドが粉々に砕け散ったディラードの、あまりにも悲壮な叫び声が構内に響き渡る。


「ディラード……」


 その姿を哀しく見つめるノーティスの肩に、ロウは斜め前からポンと片手を乗せた。


「彼が……ディラードがここからどう立ち上がるかは、彼次第だ。ノーティス、かつてキミがそうであったように」

「はい……」


 分かってはいても哀しみの拭いきれないノーティスに、ロウは優しく微笑んだ。


「先に出て休憩室で待っててくれ。後で、キミに話がある」

「分かりました……」


 ノーティスはそう答えるとロウに会釈をし、サッと背を向け出口に向かって歩いてゆく。

 揺れる背中のマントから哀しみを零しながら。

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