ep:8 ノーティスの光とルミの愛

「ウ、ウソだ……そんな事あるワケがないっ!!」


 ディラードは、思わずバッと身を乗り出して叫んでしまった。

 体温が一気に上がり汗がジワッと滲む。

 また、それは両親も同じだった。

 悪夢でも見たように目を見開き、顔を引きつらせている。


「バカなっ! アレがノーティスだと!!」

「あ、あの子は浄化されたハズよ……!!」


 両親が震えて見つめる中、ディラードは怒りを燃えたぎらせながらズカズカとノーティスに近づいた。


「お兄様っ!!」

「ディラード……!」


 ハッとした顔で見つめるノーティスを、ディラードは卑らしい笑みを浮かべ見下ろした。


「お久しぶりですね……てっきり、浄化されたのかと思ってました」

「まぁ、あれから色々あってさ」

「……そうですか」


 ディラードとノーティスの瞳が交叉し、あの日の事が互いの脳裏に浮かぶ。


「どんな汚い手を使ったのか知りませんが、ご無事だったようですね」

「いや、汚い事はしてないけど……」

「ククッ……それに、ここがどこだか知ってますか?」

「ん? ギルド検定試験会場だろ」


 ノーティスが当たり前のように答えると、ディラードは胸の前でパンッと両手を叩いた。


「そうです! ここは合格率1%のギルド検定試験会場! 強き魔力を持つ者が、最高の指導者からの修行を受けて始めて立てる場所!」

「うん、知ってるよ……」

「ほおっ……ではさぞかし優秀な指導者から、修行を授けてもらったのでしょうね♪」

「あぁ、俺は……」


 ノーティスはそこまで言いかけて、ピタッと言葉を止めた。

 アルカナートから言われていた事を、ハッと思い出したからだ。


『ノーティス、その光は私利私欲に使うのはもちろん、滅多やたらに使うなよ』

『はい』

『お前も知っての通り、白輝びゃっきの魔力クリスタルの力は最強の力。イザという時や、お前の大切な者を守る為に使え』

『分かりました師匠っ!』

『あぁそれと、俺が師匠である事は極力バラすなよ』

『はい。でも、なんでですか……?』

『めんどくせぇからに決まってんだろ。せっかく身を引いてんのに、押しかけてこられたらウザってぇんだよ』

『あっ、はい……』


 その光景を脳裏に浮かべたノーティスは、とっさに言葉を変えた。


「我流……」

「はい? 今なんと?」

「だから、我流だって……」


 ノーティスからそれを聞いたディラードは、ニヤアッと醜い笑みを浮かべた。


「我流?! ハッ……ハハッ……ハーッハッハッ! 我流って、あーーーーーーーーーなんて、面白いんだ!」

「ディラード……」

「いや、安心しましたよ。どうやら、浄化されたようですね♪ 頭だけは。クククッ……アッハッハッハッハッ!」


 ノーティスを嘲笑うディラードを、ルミはキッと睨んでいる。

 アルカナートからの言伝ことづてを、ルミも聞いて知っているがムカつくからだ。


───こんのおっ……! 本当はアナタなんかより遥かに……!


 そんなルミをよそに、ディラードは嘲笑いながらノーティスを見下ろしている。


「ただどちらにせよ、お兄様にその服装も車も、何よりその子は似合わないと思うのですが、いかがでしょうか」


 ディラードがイヤミたっぷりにそう告げると、両親もズカズカとこちらに近づいてきた。


「その通りだっ! 廃棄物に等しいクセに、なんだその格好は!!」

「そうよ! それにそんな子まで連れて、恥を知りなさいっ!!」


 両親はムカついて堪らないのだ。

 自分達が罵倒し追い出したノーティスが、あまりにも立派な姿になっているから。


「ゴミはゴミらしい格好をしてろっ!!」

「アンタなんか、一人で野垂れ死ぬのがお似合いよっ!!」


 昔と変わらず暴言を投げつける両親。

 それを側で見ていたルミはもう我慢できず、両腕をバッと広げて両親の前に立ちはだかった。


「なんなんですかアナタ達は! バカにするのもいい加減にしてくださいっ!! ノーティス様が……お優しいノーティス様が、アナタ達に一体何をしたっていうんです!!!」


 ルミの可愛い瞳は、激しい怒りに燃えている。

 大好きなノーティスをボロクソに言われたからだ。

 けれど、そんなルミの肩に、ノーティスは後から片手をポンと乗せて軽く微笑んだ。


「ルミ、ありがとう。でもいいんだよ」

「ノ、ノーティス様……」


 切ない顔で振り向いたルミを見つめると、ノーティスはコクンと頷き前に出た。


「父さん、母さん、ディラード……」


 ノーティスは決して怒る事も哀しむ事もなく、澄んだ瞳で彼らを見つめている。

 その瞳に見つめられた両親とディラードは、顔をしかめたまま何も言う事が出来なくなった。

 あまりにも深く澄んだ瞳に飲み込まれそうになるのを、必死に堪えるので精一杯だから。

 特にディラードは、それが許せない。


───クソッ、クソッ、クソッ! なぜだ? 何をどれだけくぐり抜けたら、こんな瞳が出来る!!


 己の醜さを映し出され、ディラードは心の中で地団駄を踏んでいる。

 ノーティスは、そんなディラードと両親を見つめながら静かに微笑んだ。


「ありがとう」


 その言葉を受けたディラード達は、物凄く不快そうに顔をしかめた。


「はあっ? な、何を言ってるんですか。お兄様にお礼を言われる筋合いなんてありませんよ……!」

「そ、そうだ! このゴミクズが! 意味不明な事を言うなっ!!」

「そうよ! ああっ、もう気持ち悪いっ!!」


 その光景をルミも謎めいた顔で見つめている。


───ノーティス様、なぜ彼らに礼を……


 そんな眼差しを受ける中、ノーティスは変わらず澄んだ瞳のままだ。


「あの日かくまってもらってたら、俺はきっと自分の本当の力に気づけなかった。それに……」


 ルミにスッと流し目を向け、軽く微笑んだ。


「俺を心から心配してくれるルミにも、決して出会える事はなかったから」


 その優しい眼差しと言葉を受けたルミの瞳が、ジワッと涙に滲む。


「うっ、ううっ……ノーティス様っ!」


 その光景を目の当たりにしたディラード達は、より顔をギリッとしかめて睨んだ。

 けれど、ノーティスは臆さず彼らを見つめている。

 哀しみの影が差す笑みを浮かべながら。


「父さん、母さん、ディラード……これでアナタ達と、心置きなくお別れ出来るよ。これが、その光です……!」


 そう零すと同時に、ノーティスは自らの魔力クリスタルを輝かせた。

 もちろん全力でではないが、白い大きな輝きがディラード達を強く照らす。


「うわっ!」

「うおっ!」

「きゃあっ!」


 三人とも、とっさに片腕を上げガードした。

 その光があまりに眩しすぎたから。

 また、広間にいる他の受験者達も、その光に目を細めている。

 ノーティスはディラード達にサッと背を向け、瞳を閉じた。


───さよなら……父さん、母さん、ディラード、みんな……せめて、ずっと元気でいてください……!


 最後まで受け入れてもらえなかったが、心で皆の幸せを願いながら試験会場に向かってゆく。

 どんなに哀しくても、前に進むために。

 そんな背中をジッと見つめていたルミは、ハッと我に返るとノーティスに後からタタッと駆け寄った。


「ノーティス様ーーー! 私も一緒に行きます!」

「ルミ……」


 スッと振り向いたノーティスを、ルミは軽く息を切らしながら見上げた。


「ダメじゃないですか、お一人で行かれたら」

「えっ、だって試験受けるの俺だしさ」

「確かにそれはその通りです。けど、お一人で行かせる訳にはいきません」

「なんでだよ?」


 軽くすねた顔をするノーティスを見上げたまま、ルミはニコッと微笑んだ。


「私は、ノーティス様の執事ですから♪」


 その笑顔はノーティスをどこまでも慕い、大切にするという愛が溢れている。

 それに当てられたノーティスは、照れを隠すように軽くため息を吐いて笑みを浮かべた。


「分かったよルミ、じゃ一緒に行こう」

「はいっ♪ ノーティス様」


 二人がそのままその場を後にするのを、ディラードは腹わたが煮え返るような怒りと共に睨みつけている。


────クソッ! クソッ! クソッ! クソッ! クッッッッッッッソォーーーーーーー!!!!!


 歪んだ憎しみと怒りをマグマのように燃やしているディラードは、バッと後ろへ振り返った。


「くっ……お父様お母様!! あんなのは何かの間違いに決まって……えっ?」


 そこまで言いい、ディラードは思わず言葉を止めてしまった。

 母親が心配するかたわらで、父親が真っ青な顔をして両手で頭を抱えていたからだ。


「お、お父様……?!」

「アナタ、どうしたの?!」


 二人から不安げに見つめられる中、父親は頭を抱えたままガタガタと震えている。


「あ、あの光は……間違いない、いや、そんなバカな……ありえない……ありえない……」


 意味不明なその姿にイラッとしたディラードは、思わず父親にグイッと身を乗り出した。

 こんな時だからこそ、なおさらだ。


「お父様、一体どうしたというのです!!」


 強く問われた父親は、震えながら話し始めた。

 驚愕の真実を。

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