友人のありがたさ

「おい、涼」


 名前を呼ばれて振り向くと、そこには遥が立っていた。


「あ、遥。おはよう……」


「おう。とりあえずちょっとこっち来いよ」


「え、なに……?」


「いいから来いって」


 腕を掴まれて廊下へと連れ出された。そして遥は俺の顔をじっと覗き込んでくる。


「なぁ、涼。お前と黒羽さん、何かあっただろ?」


「何かって……?」


「それは俺にはわかんねぇよ。でも様子がおかしいことくらいはわかるぞ。てっきり一緒に登校してくると思ってたら、黒羽さんだけ先に来るしさ。その時点でおかしいなって思ってたけど、さっきのぎこちなさを見たらな。なぁ、何があったんだよ?」


「……」


 真正面から見据えられて、直球すぎる問に言葉に詰まる。俺だって何がなんだかわからないのだ。


「……お前、今ひどい顔してるぞ?」


「そうだね……。わかってる……」


 それは今朝、自分でも目の当たりにして、ひどいと思ったばかりだ。


「言いたくないならいいけどさ、相談くらいはのってやるぞ?」


「うん、それなら……。実はさ──」


 遥の心配そうな顔と優しさが弱った心に沁みて、あの日に起こったことをありのまま話すことにした。経緯の説明のために話は婚約騒動にまで及んだ。


 俺が話し終わると、遥も腕を組んで考え込んでしまった。


「相変わらずお前らはすげぇな。この歳で婚約やらプロポーズやら、俺にはよくわかんねぇわ……。まぁそれはともかく、距離を置こうって言われた、と」


「うん……」


 俺が説明したことだけど、また栞に言われた時のことを思い出してズキンと胸が痛んだ。


「なぁ、黒羽さんはしばらくって言ってたんだろ? なら時間が経てば元に戻るんじゃねぇの?」


「時間って……、どれくらいなのさ……?」


「そんなの俺がわかるわけねぇだろ。でもさ、もし涼がそれじゃイヤだってんなら、ちゃんと話をしてみるべきだと俺は思うけどな」


「それができたら苦労しないんだけど……」


 俺がそう言うと、遥は呆れた顔をして大きなため息をついた。


「はぁ……。あのなぁ、涼が今のままでいいって言うなら俺は何も言わねぇよ。でもそうじゃねぇんだろ? そんなの顔見りゃわかるぞ」


「そりゃそうだけど……。でも……」


「でも、じゃねぇよ。お前、黒羽さんのことが好きなんだろ? 大事なんだろ? なら逃げずにちゃんと向き合ってやれよ。それができるのはお前しかいねぇだろうが。前はそれができたんだろ? それができたから今までがあったんだろ?」


「そんなことわかってるよ……」


 だけど、あの時は俺は当事者じゃなかったんだ。だからできた。でも今は……。


「まぁ、どうするかは涼しだいだけどな。でもこれだけは言っとくぞ。俺が気に入ったのはこないだまでのお前らだ。今の涼は痛々しくて見れたもんじゃねぇよ。だからさ、さっさと解決して、前みたいに暑苦しいくらいのバカップルっぷりを見せてくれよ」


 バシンと強めに背中を叩かれた。たぶん気合を入れてくれたのだと思う。心配してくれているのも、気にかけてくれているのもわかる。


 でも、俺は弱いんだ……。

 栞がいないだけでこんなにも……。

 強くなれたのは全部栞のおかげで、その栞は今……。


 俺がまたウジウジと考え始めていると、


「おーっす! 遥、高原!」


 廊下の向こうの方からやたらと明るく声をかけてきたのは、今しがた登校してきたらしい漣だった。


「はよ、日月。今日はゆっくりなんだな」


「いやー、夜にさっちゃんと電話してたら寝るの遅くなっちゃってさ、ちょっと寝坊した」


 漣はポリポリと頭を掻きながら、照れ笑いを浮かべた。


 確か漣は登校日に橘さんと付き合うことになったはずだから、さっちゃんというのはきっと橘さんのことなのだろう。


 漣の楽しげな声を聞くと、俺達は今こんな状態なのにと無性に胸がザワザワした。


「その橘さんはもうとっくに来てるけどな」


「まじで?! ってそれより高原!」


 漣は俺の両手をガシッと掴み、そして上下にブンブンと振って。


「へ……?」


「さっちゃんと付き合えたの、高原のおかげだからさ。おかげであれからすっごい楽しくてさ、お礼言いたかったんだよ。ありがとな!」


「あぁ、うん……。良かったね……」


 真っ直ぐお礼を言われたというのに素直に祝福してあげることもできない自分の小ささにもイヤになる。


「ん? どしたん、高原。具合でも悪いのか?」


 俺と遥の顔を交互に見比べる漣。そんな漣に遥はまたため息を漏らした。


「日月……。お前、もうちょい空気をだな……」


「え、俺なんかまずいこと言った……?」


「こいつ、黒羽さんと色々あったらしくてな。今は絶賛落ち込み中なんだよ」


「あっ……、なんかごめん……」


 しゅんとした顔を向けられる。漣のせいではないので別に責める気なんて全くないのだが。


「いやいいよ。気にしないで……」


「そう? まぁ、なんかあったら俺にも相談してくれよ。っても愚痴を聞くくらいしかできないだろうどさ」


「うん、ありがと……」


 友達というもののなんとありがたいことか。おかげで一人にならなくてすんだ。漣も、まだ付き合いはほとんどないというのに心配してくれて。


 遥に話したおかげで少しだけ楽になった気がする。漣の無邪気で明るいところにも助けられた。たぶんこの二人がいなかったら、俺はあっという間に潰れてしまっていたと思う。



 始業式を終えて、翌日から二日間にわたる実力テストを経て、通常の学校生活が始まった。


 実力テストの結果は散々だったけど、母さんからは何も言われなかった。


 始業式の日から俺は遥と漣の三人でよくつるむようになった。昔に比べれば俺の周りは随分と賑やかだ。遥の繋がりで他のクラスメイトと話すことも増えて。


 でも、その中には一番側にいてほしい人だけがいなかった。


 栞とは相変わらず、ほとんど話すことができないでいた。もちろん解決なんてしていない。


 基本的に栞は楓さんと橘さんの三人でいる。声をかける隙がなかった。栞に近付こうとすると、スイっとどこかへ消えてしまうのだ。


 避けられてると思うと悲しくなるのに、朝と帰る前だけはきっちり挨拶をしてくれて、わずかに笑顔を見せてくれる。


 その瞬間だけが俺の希望を繋いでいた。


 そんなもどかしい日々を送り、二学期の開始から二週間程が経ったある日。


 ──栞が学校を休んだ。



 ──────────◇──────────


 苦しい話ばかりで申し訳ございません。私も苦しいので必死で進めております。


 次話は栞さんがこうなってしまった原因についてのお話になります。


 その後、解決へと向かう予定です。

 の再登場、そして涼君が頑張りますので応援してあげてくださいませ。

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