クラスの訳あり女子の悩みを溶かしたら、甘々彼女になった。 旧十章、十一章 保管箱
あすれい
涼の覚悟
電車の乗り換えの際に一度栞を起こしたけれど、まだ眠そうでフラフラしていた。別の路線で帰る遥達と分かれた後も、電車に乗り座席に腰を下ろすと栞はまたすぐに寝てしまった。
俺の隣で無防備に眠る栞を見ていると、またどうしようもなく愛おしくなる。
やっぱりそろそろ言うべきだよなぁ……。
俺はナンパ男達から栞を助けた時のことを思い出していた。あんなふうに啖呵を切ったくせに、俺は栞にまだちゃんとした言葉を伝えられていないのだ。
栞の柔らかい髪を撫でながら、俺は一人決意を固めた。家に帰ったら俺の覚悟を栞に伝えよう、と。
うちの最寄り駅に着いたので栞を起こすと、朝から言っていたように、当たり前の顔をして一緒に電車を降りる。
栞はまだ眠そうにしているが、乗り換えの時よりかは幾分足取りはしっかりしている。
「一人で寝ちゃってごめんね。涼も疲れてるのに……」
「大丈夫だよ。それより今日は楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
「そっか、良かった」
途中アクシデントもあったので、イヤな思い出になっていなければと思って確認したのだが、栞の言葉を聞く限りでは大丈夫そうだ。俺の手を握って肩にスリっと頬ずりしてくる様子からもそれが伺えたように思う。
栞の歩幅に合わせて、いつもよりゆっくりと歩いて。やがて我が家が見えてくると、明かりがついていないことに気付いた。
「あれ? 母さんいないのかな?」
普段ならこんな時間に出かけていることもないので不思議に思う。
「え、涼は水希さんから聞いてなかったの?」
栞はそう言うと、コテンと小首を傾げた。
「……なにを?」
「水希さんとお母さん、今日は一緒にご飯食べに行くって言ってたよ」
「えっ、そうなの?」
「本当に聞いてなかったんだ……。私には晩ご飯作っておくから涼と一緒に帰ってきなさいって連絡がきてたし、お母さんからも言われてたんだよ」
「えぇ……」
俺達に気を遣ってくれているのだろうけど、そういうことなら初めから言っておいてほしかった。母さんと文乃さんが仲良くしてくれるのは喜ばしいことなのだろうけど。
おかげで朝のこととか、栞が脚をつった時のお礼の話なんかを思い出して、ついついよからぬ方へと考えがいってしまう。栞は母さんが不在なことをわかったうえで言っていたということになるのだから。
ドキドキと心臓が暴れ出して、家の前に着いたというのに鞄の中の鍵がなかなか見つけられない。
「涼? おうち入らないの?」
「いや、鍵が見つからなくてさ……」
「私が開けようか?」
「へっ?」
驚く俺を尻目に栞は自分のバッグから鍵を取り出して、我が家の玄関をなんなく開けてしまう。そしてそのまま中へと入っていく。
「ちょっと待って! なんで栞がうちの鍵持ってるの?!」
「ん? 今朝水希さんからもらったんだよ。なんかね、栞ちゃんはもううちの娘みたいなものだからって」
ますます俺に何も伝えてこない母さんに呆れてしまう。俺が行動するよりも早く外堀ばかり埋めないでほしい。母さんがこれなのだから、栞もそろそろ待ちくたびれていることだろう。
不甲斐ない自分が情けなくなる。こんなにも先延ばしにしてしまったツケなのだろうが……。
まぁでも、それも今日までだ。俺はもう今日言うと決めているのだ。
先に塩素臭い身体を流したいと栞が言うので、まずは交代で風呂に入ることに。それが終わると母さんが用意してくれていた夕飯を温めて二人で食べた。
食事と後片付けが終わって落ち着いたところで、ようやく話を切り出すことにした。
「あのさ、栞に聞いてほしいことがあるんだ」
「うん、なぁに?」
いつになく真剣な様子の俺に、栞も居住まいを正して向き合ってくれる。きっと俺がこの後何を言おうとしているのかわかっているのだろう。
「まずは先延ばしにしててごめん。なんて言おうか言葉に悩んでてさ」
「うん、大丈夫だよ」
「俺、こんなに楽しい夏休みって初めてでさ、それはやっぱり栞がいてくれたからなんだと思う。だからね、栞にはこの先もずっと俺の側にいてほしい。栞のことが大好きだから。まだダメダメな俺だけどさ、栞と支え合って、寄り添って生きていきたいって思ってるんだ」
プロポーズというにはあまりに幼稚で、少し情けない言葉ではあるが、俺の想いは全て詰め込めたはず。あえて結婚というワードを入れなかったのは、実際に用意が整ったその時のために取っておきたいと思ったからだ。
「それって……、そういうこと、でいいんだよね……?」
「うん、そのつもり、だよ。まだ自立もできてないうちから言うことじゃないのはわかってるけどね。でも、気持ちだけは変わらないから」
俺がそう答えると、栞の瞳に涙が浮かぶ。それはやがて溢れ出し、頬を伝いポタリとテーブルへ落ちていった。
「嬉しい、嬉しいよ、涼……。私もね、同じ気持ちだよ。涼とずっと一緒にいたい……」
栞は涙を拭い、おもむろに立ち上がると俺の手を取った。
「ねぇ、涼。涼の部屋、行こ……?」
「うん」
なんとなく栞がどうしたいのかがわかった。俺も同じことを考えていたから。
俺の部屋につくなり、栞は服を脱ぎ捨て下着姿になる。
「涼……、して?」
「うん、俺もしたい……」
俺は栞をベッドに押し倒した。栞は涙を浮かべながら微笑んで。この時の俺は栞が俺の言葉を受け入れてくれたと思って浮かれていたんだ。
ゆっくりとキスを交わして、顔を離すと栞は真っ赤な顔をしていた。そして恥ずかしそうに消え入りそうな声で言う。
「ねぇ、涼。私の我儘聞いてくれる?」
「いいよ。何でも言って」
「じゃあ……。あのね、今日は優しくしてくれなくていいから。私のことめちゃくちゃにしていいから、涼がどれだけ私のことを好きなのか、教えて?」
「……いいの?」
「うん。今日は、今日だけはそうしてほしい……」
たぶんこれが栞の異変に気付く最後のチャンスだったんだと思う。普段の栞なら絶対にこんなこと言わないはずなのに、熱に浮かされた俺は気付くことができなかった。
栞の言葉で理性が焼き切れてしまった俺は、溢れんばかりの想いをぶつけた。もちろん優しくなんてできずに。栞も全力で俺を求めて受け止めてくれていた、そう思っていた。
でも、俺はこの時の栞が考えていたことなんて何も理解できていなかったんだ。
後になって冷静に振り返れば、俺はいくつものサインを見落としてきたとわかる。周りに流されたり、タイミングが悪かったり。中には俺も気付いていなかったこともあったけれど。
栞といるのが楽しくて幸せで、それだけしか見えていなかった。栞の不安そうな顔を一時的なものだと勘違いしていた。
俺の覚悟でさえ、この時ばかりは間が悪すぎた。きっと最後のきっかけはそれだったのだから。
だから、栞を苦しめたのは俺なんだ。栞を守りたいだとか、ずっと笑顔でいてほしいだとか、散々格好つけたことを思っていたくせに、気付いてあげられなかったのは俺の落ち度だ。
その時々で向き合っていれば、火種が小さいうちに対処していればこんなことにはならなかったはずなのに。
「ねぇ、涼。私達、しばらく距離、おこっか……」
事が終わって、呼吸の落ち着いた栞は寂しげな表情を浮かべながらそう言ったんだ。
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