ひとくち小説

#2 「日差し」

「そういや、もう夏か」

（いやー暑くてやんなっちゃうねぇ）

「たっちゃん外出ないじゃん」

（出てるよ！それはもうたっくさん！）

木陰と日向。それはどちらに居ようと同じこと。

（覚えてる？私のこと。久しぶり過ぎて忘れちゃってない？）

「忘れるわけないよ」

君の笑顔は目をそむけたくなるほど眩くて、君の涙は透き通るように綺麗だった。

むせ帰るような暑さも、照り付ける日差しも、もううんざりだ。

「お、リョウじゃん久しぶり！」

「お前は…」

高校の時の同級生。昔は一緒に馬鹿をやった奴らもすっかり見違えた。

取り残されたのは自分だけ。

「また、飲み会やるからよ！今度は来いよな！」

（大丈夫？）

「…うん」

三珠池。お寺が管理しているだけあって今も昔も綺麗なまま。

その池の鯉をひたすら眺める時間。

鯉たちは餌が来たかと時折口をパクパクさせたりもして。

そんな退屈もなかなかどうして幸せで、心地よかった。

池の前を通り過ぎようとしたとき住職と目が合った。挨拶を済ませる。

他愛もない世間話。

「雨の予報だったのに珍しいこともあるもんですね。雨雲がここだけ避けたみたいでしたよ」

「ははは…」

「長いこと住職やってると思うんです、神秘ってあるんだなぁと」

「ないですよ…そんなもの」

「どうでしょう？」

「ーーーーーーー」

足取りは重く。大した傾斜でもないのに息が上がる。

（大丈夫。あなたは強いもの）

誰が上げたか、線香はまだ灰になってもいない。

（私後悔してないよ、あの日よろけたあなたをかばった事）

あまりの重みに体が沈む。もう立ち上がれそうにない。

（結婚指輪買ってくれようとしたんでしょ？それもすっごく高いやつ！）

視界が暗く滲む。ほら、雲は私を避けやしないじゃないか。

（私はずっと入院してばかりで家事も仕事もずっと任せきりだった）

（あの日、デートをしたいなんて無理を言った私が悪いんだよ）

大粒の雨が頬を伝う。きっともう止まらない。

（後悔があるとしたら一つだけ…）

（君のプロポーズを受けられなかったこと）

「会いたい…会いたいよ…」

（忘れろなんて寂しいことは言わないよ。）

（でもね…絶対に幸せになってほしいなって…！そう思うよ）

今年も夏が来る。変わらぬ自分に変わらぬ街。

「お、来た来た！よかったよ！すっかり元気になったみたいで」

今でも忘れてなんかいない。夏になると思い出す。君との時間、君の声。

「もう一人…連れてきたい人が居たんだけどね…」

「おーそうなんか」

君が居れば、この時、この場所でどんなふうに笑っていただろうか。

私は未だ君を抱えている。

「じゃあ、その人によろしく言っといて。またいつか会いましょうって」

彼の返答に思わず少し涙ぐむ。

「うんっ…」

「ど、どうした急に！？なんか嫌なことでもあったのか！？」

「いんや、幸せだよ」

君が居なくなってから、変えられないものがあると知った。

僕はこれからも変わるつもりなんてない。

この悲しみはきっと君がいた証になるから。

「だから、君がいない不幸を背負って幸せを目指すよ」

真夏の空。照りつける太陽はもう影を写さない。