ひとくち小説

折井 陣

#1「なくとも」

「そういや、もう夏か」

(いやー暑くてやんなっちゃうねぇ)

「たっちゃん言うほど外出てないでしょ」

(出てるよ!それはもうたっくさん!)


 木陰と日向。それはどちらに居ようと同じこと。


(覚えてる?私のこと。久しぶり過ぎて忘れちゃってない?)

「忘れるわけないよ」


 君の笑顔は目をそむけたくなるほど眩くて、君の涙は透き通るように綺麗だった。


「お、ーーじゃん久しぶり!」

「お前は…」


 高校の時の同級生。昔は一緒に馬鹿をやったそいつが、すっかり大人になって変わってしまった。取り残されたのは自分だけ。


「また、飲み会やるからよ!今度は来いよな!」


(大丈夫?)


「うん」


 池の近くには寺がある。住職さんに挨拶を済ませ桶に水を汲む。

 大きなトンボが肩にとまった。それを見て住職は言った。


「帰ってこられたんでしょうかね、雨の予報がここまで外れるなんて。

 まるで、今日晴れなきゃいけないみたいですよ。」

「…」


「長いこと住職やってると思うんです、神秘ってあるんだなぁと」

「----」


 墓の前に立つ。

(大丈夫。あなたは強いもの)


 誰が上げたか、線香はまだ灰になってもいない。

(私後悔してないよ、あの日よろけたあなたをかばった事)


(結婚指輪買ってくれようとしたんでしょ?それもすっごく高いやつ!)


 次第に視界が曇りだす。予報はやはり外れてなどいなかったようだ。


(仕事すっごく大変なのに、私をデートにまで連れてってくれて。無理を言った私が悪いんだよ)


 大粒の雨が頬を伝う。きっともう止まらない。


(後悔があるとしたら一つだけかな…)

(君のプロポーズを受けられなかったこと)


「会いたい…会いたいよ…」

(忘れろなんて寂しいことは言わないよ。)

(でも絶対に幸せになってほしいな)


 今年も夏が来る。変わらぬ自分に変わらぬ街。


「お、来た来た!よかったよ!すっかり元気になったみたいで」

「久しぶり」

 今でも忘れてなんかいない。夏になると思い出す。

 君との時間、君の声。


「もう一人来るとよかったんだけど、都合が合わなかったみたいで」

「おーそうなんか」


 彼はあの時のまま私の友達に変わりない。

 あの頃の私には自分も他人もよく見えていなかったんだろうか。


「その人によろしくって言っといて、またいつか会いましょうって」

「うんっ…」

 思わず少し涙ぐむ。


「ど、どうした!?嫌なことでもあったか!?」

「いんや、幸せだよ」


 君が居なくなってから、変えられないものがあると知った。

 君は僕に変わってなんて言ったけど、変わるつもりなんてない。

 失った悲しみはきっと君がいた証になるから。


「だから、君がいない不幸せを背負って幸せを目指すよ」


 真夏の空。照りつける太陽はもう影を写さない。

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