異世界に転移したら『調教師』とかいう変態扱いの最低最悪職だった件

おさない

第1話 調教師、追放される


 俺の名前は雨ヶ崎あめがさき恭矢きょうや。ほとんど学校に通っていない引きこもりである点を除けば、ごくごく普通の男子高校生だ。


 ひょんなことから異世界に転移した俺は、たった今、無一文で人気ひとけのない森に放り出されてしまった。追放というやつである。


「ふん! 貴様のような変態異界人いかいじんは森の魔物に襲われて死ね!」

「生き物を大切にしない奴に人権はない! 死刑に反対した勇者様に感謝することだな!」


 王の命令によって俺を辺境の森へと追放した二人の兵士は、去り際にそう吐き捨てていく。


「まったく……」


 そこそこ気に入っていた制服はボロボロになり、最悪な気分だ。おまけに殴られて全身が痛い。


「やはり、学校に行くべきではなかったか……!」


 少し長くなるが、こうなるまでの経緯をより詳しく説明しよう。


 *


 ――先日、珍しく学校へ登校した俺は、授業中に召喚魔法でクラスごと異世界に呼び出される「クラス転移」に巻き込まれてしまった。


 突如として、足元に巨大な魔方陣が描かれた玉座の間に召喚された俺たちは、正面に立っていたローブ姿の魔術師みたいな爺さんに事情を説明される。


「実を言うと、皆様にはお願いしたいことがございます……」


 爺さんの話によると、セントリティアという名のこの国は、王都付近のダンジョンに住み着いた混沌の邪竜『ヴォルナール』によっておびやかされているらしく、俺達に討伐をお願いしたいそうだ。


 邪竜を討伐すれば、好きな望みを一つ叶えたうえで元の世界へ帰してくれるらしい。実に一方的である。


「そんなこと……私達にはできませんっ!」


 一通り話を聞き、クラスの委員長である眼鏡の女――式宮しきみや四季乃しきのが青ざめた顔で抗議する。もっともな反応である。


「うぇーいwww異世界きちゃったwww」

「ていうかこれドッキリじゃんwwwミーチューバーの企画でしょwww」

「ここまで大掛かりなのはテレビじゃねwwwカメラさんどこーwww」


 などと現実を受け入れられずに騒いでいるクラスメイトも大勢居たが、このクラスが動物園みたいなのは今に始まったことではない。


「ご安心ください。あなた方のように異界から召喚された者には、≪職業ジョブ≫という特殊な力が与えられます。訓練を積めば、海を割ったり山を平らにしたりすることも可能になるでしょう」


 魔術師の爺さんがそう言うと、クラスメイトどもは更に盛り上がる。

 

「俺つえーきたあああああああああ! 俺また何かやっちゃいましたかああああ?!」

「オレ、ドスケベ巨乳ダークエルフのハーレム希望!」

「よく分かんないけどおもしろそーじゃん! うえーいwww」


 このノリについていけなかったので俺は不登校になった。


「これより、職業の鑑定を行いますので皆様どうぞお並びください」

「…………」


 盛り上がるクラスメイト達の勢いに押されて黙り込んでしまう委員長。


 次にクラスから不登校が出るとしたら、おそらくそれは彼女だろう。


 ――ともかく、そんなこんなで職業の鑑定が始まったわけだが、問題が起きたのはここからである。


「ええと、よろしくお願いします……」


 一番最初に鑑定を行ったのは、委員長の式宮だ。


「……なるほど。あなたは≪大魔導師ハイウィザード≫ですね」

「は、はい……?」

「様々な魔法を扱える万能な職業です。この職業が与えられる方は――豊富な知識を持ち、理性的で、素晴らしい判断力を持った優秀な人物である――という特徴があります」


 どうやら、与えられる職業は本人の気質によって決まるらしい。


「あ、ありがとうございます……」


 唐突に人間性をベタ褒めされて恥ずかしそうに俯く委員長。


 他のクラスメイト達は、


「流石委員長だぜ!」

「シキノらしいじゃない!」

「俺も魔法使いてええええ!」


 概ね好意的な反応をしていた。委員長はクラスで浮いているが、俺と違って人望があるのだ。


 ――その後もクラスメイトどもの職業鑑定は続いていき、


「あなたは≪聖騎士パラディン≫ですね。聖なる盾で仲間を守る偉大な職業です。この職業が与えられる方は――心優しく、臆病さと勇敢さを兼ね備え、屈強な肉体と慈愛の精神を併せ持った素晴らしい人物である――という特徴があります」

「そうか……。俺のこの力、みんなの役に立つだろうか……?」


「あなたは≪剣聖ソードマスター≫ですね。神の如き剣技で敵を斬る強力な職業です。この職業が与えられる方は――勇敢で、修練を積み成長することに喜びを感じ、強靭な精神と肉体を併せ持った精悍な人物である――という特徴があります」

「こんなに褒められると悪い気はしないな! 邪竜もオレが斬ってやるよ!」


 といった感じに、次々と強そうな職業ジョブであることが判明し人格まで褒めちぎられていく。


 ――そしてついに、イケメンでクラスのリーダー的な存在である叉院さいんアツトの番が回って来た。


「次は僕の番ですね。――よろしくお願いします」

「あなたは……おおッ! なんと≪勇者≫ですね! 魔法と剣の両方を高いレベルで扱える伝説の職業ですッ!」


 案の定、すごそうな職業であることが判明し皆が歓声を上げる。


 結局のところ、異世界に転移しても主人公になるのは待っている奴ということか。


「流石はアツトだ!」

「きゃーッ! アツトくんカッコいいっ!」

「イケメンで勉強もスポーツもできて勇者とか……死角なしかよ!」

「へっ、頼りにしてるぜ!」


 まったく、やれやれだな。


「この職業が与えられる方は――天賦の才とも言える英雄の資質を持ち、ありとあらゆる分野において偉大な功績を残します。人々は貴方に付き従い、貴方の言葉を聞いて勇気を貰うことでしょう。卓越した才能を持ち、誠実さと高潔さを備えた非の打ち所がない完璧な人物である――という特徴があります!」

「そこまで言われるとちょっと恥ずかしいな」


 かくして、玉座の間は盛大な拍手と歓声に包み込まれるのであった。


「やりづらい……」


 ちなみに、その次が俺の番である。


 皆が一通りアツトのことを称え終わった様子だったので爺さんの前に進むと、周囲が一気に静かになる。


 俺は場の空気を一瞬にして醒めさせる才能タレント持ちなのかもしれない。


「よろしく頼む」

「……分かりました」


 爺さんは何故か一瞬だけ眉をひそめた後、今までの同じように職業の鑑定を始める。


「あなたは……なるほど、調教師テイマーですか。調教師ちょうきょうしとも呼ばれていて、生き物を調教して従わせることができる職業です」


 その瞬間、黙っていたクラスメイト達が急にざわつき始める。


「調教って……なんかヤバくない……?」

「キモ……。ただでさえ何考えてるのか分かんないのに……」

「アツトの後だと落差がやべーな」

「絶対変態じゃんwww」


 やれやれ。俺はただ職業を鑑定されただけであるというのに、酷い言われようである。


「それで、調教師はどんな人間に与えられる職業なんだ?」


 汚名を返上するため、いつものベタ褒め性格診断をするよう爺さんに促す。


 動物が好きとか、根気があるとか真面目とか、とにかく何か良いことを言え。この終わっている空気を変えるために。


「はい。調教師という職業が与えられる方は――」


 爺さんは一呼吸おいた後、こう続けた。


「冷酷かつ利己的。自分本位。他人を虫けらだと思ってるクズ。ひ弱で根性なし。平気で動物虐待とかしてそう。ゴミ。人の心がない。一生日陰者。加虐性変態性欲者。単純に性格が悪い。偉そう。存在が犯罪。敬語使えボケ、シャバ僧が! ――といった特徴があります」

「おい待て」


 俺だけ明らかにおかしいだろ。途中から完全に主観じゃないか。


「……これで全員の鑑定が終わりましたね」


 何故か即座に俺から距離を取り、そう宣言する爺さん。


「生き物を調教したいだなんて……人としてどうかしてるわ!」

「動物愛護的な観点からしても、お前の願望を見過ごすことはできんな!」

「動物だけじゃなくて……きっと人間も同じような目で見ているんだわ! キモいから近寄らないでっ! いやあああああッ!」

「調教とか流石に引くわー……」


 俺はクラスメイトからいわれのない誹謗中傷を受ける。


「なんだよ調教師ってwww弱そーwww」

「ド変態じゃんwww」

「っていうか能力しょぼすぎwwwざっこwww」

「きもw」

「カメラさんコイツにモザイクかけてくださーいwww歩く十八禁でぇーすwww」

「いやあああああああッ! あいつ私のこと変な目で見てるううううううッ!」


 ……まあ、この程度の罵倒であれば軽く受け流せたのだが、問題は異世界の愉快な住民どもの方だ。


「王……これは……」


 散々人のことを貶した爺さんが王に目配せをする。


「ふむ……この国は今、動物愛護の法令を出しておる。生き物をみだりに支配する調教師なぞ以ての外……死刑じゃな」

「は?」


 かくして、俺は何もしてないのに死刑判決を下された。あまりにも理不尽である。

 

「さあ、こっちだ! 俺について来い! 処刑は後日民衆の前で執り行う!」

「このうじ虫! 己の罪と向き合え!」


 どこからともなく現れた兵士たちに身柄を拘束され、牢屋へ連れて行かれそうになる俺。


 ――間違いない。この国は狂っている。


「へんたーいwww」

「オラッ、さっさと死ねッ!」

「あー、石があったら投げたかったなー! ここ日本じゃないから捕まらなさそうだし!」 

「生き物を大切に出来ないなら死ぬべきだな。これは仕方のないことだ……」


 俺のクラスメイトどもといい勝負だ。イカれた奴らは世界を越えてひかれ合うのかもしれないな。


 ……そんなこんなで、俺が無実の罪で死刑にされかかっていたその時、


「待ってくれみんな!」


 クラスのリーダー的な存在であるアツトが、突然大きな声を上げた。


「確かに……雨ヶ崎君はこの国で死刑にされても仕方のないことをした! おまけに学校でも不登校の問題児で、協調性がなくて、ボソボソした喋り方で、気持ち悪くて、性格が悪くて、友達が一人もいない! そのうえ加虐性変態性欲者とくれば、もう本当に死んだ方がいいと思う……っ!」


 言い過ぎだろ。


「でも……それでも僕達はクラスメイトで――大切な仲間なんだ! 彼が居てくれることで、みんなが下を見て安心することができる! だからッ! 例え王様の決定であったとしても、僕は雨ヶ崎君の死刑に反対する!」


 反対してくれるのはありがたいが、理由が酷すぎるぞ。コイツのどこが誠実さと高潔さを備えた完璧な人間なんだ。


「さ、流石はアツトだぜ……! こんな変態ゴミ野郎でも救おうとするだなんて……!」

「クズにも優しいなんて……素敵すぎるわアツトくん……!」

「お前がそう言うのであれば、俺も死刑には反対しよう!」


 こいつらには自分の意思というものがないのか? 俺が出るまでもなく、アツトによって調教済みだろ。


「死刑……反対! 死刑……反対! 死刑……反対!」


 巻き起こる死刑……反対のコール。微妙に葛藤が見える。


 気分的には最悪だが、この流れに身を任せておけば命だけは助かりそうだな。


 俺は何も言わずにじっとしていよう。


 持つべきものはカスのクラスメイトといったところか。


 そんなことを思っていると、唐突に王が拍手をし始めた。


「素晴らしい……! やはり勇者は違うのお……! 調教師のような大罪人でも救おうとするとは……感動の極みじゃ! 彼に免じて、特別に野外追放で手を打とう……! その後、不運にも魔物に食われてしまうかもしれんが……それは仕方のないことじゃよな?」

「それは仕方ありませんね!」


 沸き起こるクラスメイト達の歓声。


「うおおおおおおおッ! キョウヤ死ねえええ!」

「俺達の目につかないところで死んでくれキョウヤああああああ!」

「うぇーーーーいwww」


 かくして、俺は追放されることとなったのである。


「わしの知らないところで野垂れ死ぬことを祈っておるぞ、キョウヤ!」


 ……たぶんここ、俺の知らないゲームの世界だな。そうでなければこんなに頭のおかしい人間が王をしていて国家が成立するはずがない。


 ――俺はその時、現実逃避気味にそんなことを考えていたのだった。

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