第2話 残酷な両片想い
Side—純也
俺は今、なぜ夜道で、ましろを抱きしめながら、キスしてるんだ?
はっと我に返り、慌てて彼女から体を離した。
まただ!
あの夜も、俺の部屋で、気が付いたらましろに覆いかぶさり、胸を揉んでいた。
「ちが! 違う!!」
じーんと締め付けるような頭痛を訴える頭をグシャグシャっとかきまぜた。
ましろは少し怯えたような顔で、俺を凝視している。
「悪い。これにはわけがあって……そういうんじゃないんだ。勘違いしないで欲しい」
そして、彼女に背を向けた。
「勘違いって何?」
彼女の声が背後ではじけ飛んだ。
それについて、どう説明すればいいのか分からない。
病気の事はまだ誰にも知られたくない。
知られるわけにはいかない。
「わけって何よ!」
ましろの悲鳴にも似た声を聴き流して、逃げるように自宅へと足を速めた。
記憶が錯綜したのだ。
それはつまり、恋愛感情。
ましろに対して、確かに恋愛感情が芽生えている事を意味していた。
つまり俺は、彼女を……。
ダメだ! そんなの。許されるわけがない。
俺は教師で、彼女は生徒。
しかも未成年。
俺の教師人生は終わってしまう。
SMDSという厄介な病の発症に気付いたのは、1ヶ月ほど前だ。
最初は、集中力の低下や、注意力散漫。
国立大の教育学部にストレートで入学し、卒業した俺はなりを潜めるほどの記憶力低下。
特に厄介だったのは、性欲の事故処理後、記憶に空白がある事。
俺はたかがオナニーの刺激で、失神でもしてるんじゃないかと不安になり、ネットで情報を漁った。
そこで辿り着いたのが朝倉めぐみだ。
彼女は、脳外科医だがチャンネル登録者数10万人に満たない程度のインフルエンサーでもある。
医者にしては、随分と破天荒な女だと思ったが、藁にもすがる想いで彼女にDMを送った。
「その症状に思い当たる病がある。一度クリニックに来て欲しい」
そんな返信をもらい、俺は彼女のクリニックを訊ねたのだ。
症状だけなら、精神的な物かもしれないらしかったが、MRIにはわずかにアルツハイマーと思われる所見があった。
しかし、その所見は確かな物とは言い難い。
若年性アルツハイマーと診断するには早計だと、彼女は言った。
終始、神妙な顔つきで俺を診察した朝倉の提案は、実際にセックスをする様子を診察するという物だった。
できるだけ、日常に近い状態で、シンプルにナチュラルに性的興奮を誘発する。
「俺が、あなたとセックスするって事?」
「あら、不満?」
「いや、そんな事は……でも」
「心配しないで。避妊は私が責任もってやるわ。一度セックスしただけで恋愛感情や独占欲が芽生えるほど、かわいい女でもないから、安心して」
彼女は32歳、独身。恋人なし、セフレ有り。
そんな個人情報を開示され、俺はプライベートでの診察を受ける事にした。
日本国内で、この病を診れる医者は、恐らく彼女だけだろう。
俺は、彼女にこの身を任せるしかなかったのだ。
問題は、ましろに対するこの気持ちだ。
ましろを見ていると、胸がざわついて、高揚してくる。
自分が自分じゃなくなってしまうみたいに、無性に抱きしめたくなる。
まっすぐにこちらに突き刺さる彼女の想い。
全身で「好き」を表現して俺のテリトリーを侵食してくる。
この気持ちをどうにかしなくては。
わずかな期間であっても、俺は教師としての職務を全うしたい。
◆◆◆
Side—ましろ
部屋に戻ると、机の上に食事が乗せてあった。
「冷めても美味しいと思うけど、温かいのがよかったらレンジで1分ほどチンしてね」
メモが添えられている。
気に食わない女だけど、そんな風に思ってしまう自分に少しだけ嫌気が芽生えた。
食事には手を付けず、そのままベッドにダイブした。
純也君の言葉を脳内で反芻する。
――これにはわけがあるんだ。そういうんじゃないんだ。勘違いしないでほしい。
それってつまり、別にお前なんか好きなわけじゃないから、本気にするなって意味で合ってる?
真っ白な天井を眺めていると、彼の優しそうな笑顔が浮かんで来て、目尻から涙がこぼれた。
「言葉にすると残酷だね」
RRRRRR……
けたたましく鳴り響くスマホが、LINEの着信を知らせた。
机に手を伸ばして手繰り寄せ、スクリーンを確認すると『レイヤ』の文字が表示されている。
これは、遠山君だ。
受けるか拒否、二つのボタンが選択を迫る。
赤か緑か。
しばし悩んで、私は緑の通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『美月、俺』
「うん。遠山君でしょ。わかるよ。どうしたの?」
『どうしたのって聞かれると困るんだけど』
「え?」
『満月だったから、美月に教えようと思って』
「へぇ、遠山君って意外とロマンチストなんだね」
『意外とってなんだよ』
カーテンを開け、窓から空を見上げると、大きく丸い月がしっかりと見えた。
「本当だ。きれいだね」
『写真撮ったから、後で送ってやるよ』
「ありがとう。でも、どうして?」
『どうしてって、何が?』
「どうして私に? あ、そっか。他の女の子にもこうやって連絡してるのか」
『は? バカ言え! してないよ』
「え? そうなの?」
『もういいよ。おやすみ』
そう言って、通話は切れた。
その直後、再びスマホが鳴り
『レイヤが画像を送信しました』
という通知が表示された。
月を写した画像を送ってくれたんだ。そう思いながら通知をタップする。
しかし、そこに写っていたのは、ついさっきの、私と純也君だった。
生々しく唇を重ね合っている姿だ。
『ごめん、間違えた』
そのメッセージと共に、画像は消えて『レイヤが画像を削除しました』の文字が表示された。
『ごめん、気にしないで』
にわかに、胸がざわつく。
誤爆?
あの状況を遠山君に見られてた?
しかも、写真を撮られていたなんて――。
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