三十二、毒の正体④

***


 簡単なことだった。右大臣リバオは、庭で毒草を育てていた。リバオは罪を認め、そのなかには、チョリエイを脅すために朝鮮朝顔を接ぎ木した苗を渡したことも含まれる。

 リバオとともに、左大臣のシュンメイも厳罰はまぬかれないだろう。

 リバオは、帝を暗殺し、次期帝に皇弟をすえようとしていたのだ。チョリエイが皇宮で見たのは、リバオと帝の弟だったのだ。

 そしてこの暗殺計画は、帝に直接触れる機会がある、帝の生誕の宴だからこそ可能だった。

 しかし、本来なら今年の宴で毒を盛る計画はなかった。昨年の件は、東宮の廃位、もしくは処刑することが目的だったからだ。

 計算外だったのは、帝が頑なに皇弟を東宮の座に据えないことだった。それはそうだ、東宮は生きていたのだから。

 一時期は気力が衰えた帝だったが、ホンファという料理人が帝の容態を持ち直させたことで、リバオは焦りを見せる。リバオは帝を引きずり下ろしたかったから、不都合だっただろう。

 さらに悪いことは重なり、シュンリエンにことの真相がばれる。ゆえにリバオは新たにシュンリエンに毒を盛っのだ。その際、運悪く帝の弟とリバオの会話をチョリエイに聞かれたことで、チョリエイを脅すために食中毒を起こさせる。

 しかし、シュンメイが投獄されたこと、秘密を知るシュンリエンが毒から回復したことで、リバオは今度こそ帝の命を狙った毒殺を計画する。帝に毒が盛られたとなれば、華鳳の乱の生き残りの料理人――ハクメイやチョリエイも始末できる。

 そもそも、リバオは血筋をなによりも重んじる。自殺したとされたユーチェン妃の下女の言動からも、東宮への偏見は見て取れた。東宮は穢れている、ゆえに華鳳の乱で排除したのだ。

 華鳳の乱で帝を殺さなかったのは、帝の弟を東宮に据える勅書を出させるためだ。

 王室にとって反乱ののちに帝が即位することは珍しくない。しかし、代わりに民からの支持は得られなくなる。だから、華鳳の乱では帝を弱らせ、なおかつ東宮を排除することを目的とした。

 帝は天子であらせられる。それはこの国の誰もが知っている。

 しかしリバオにとって、すでに帝は天子ではなくなったのだ。東宮が生まれたせいで。下賎な亥の宮の妃とかかわったことで。

 東宮は下賎な民を母に持った忌み子だ。ゆえにリバオは、ためらいなく東宮を陥れた。帝の気力を削ぐのも目的のひとつであったため、一石二鳥だった。


「わたしはただ、正当な東宮を据えて、王族の血筋を守りたかったのだ……!」


 リバオいわく、今回の件も殺す気はなかったらしい。少し気力を削いで、譲位させる予定だったと。

 それが本当だとしても、主上に二度も毒を盛るとは、死罪はまぬかれぬだろう。


「亥の宮の妃をめとった主上はご乱心――元東宮を喪った主上はご乱心だった。ゆえにその座を退くべきだったのだ!」


 最終的に、ホンファとシュエが昨年の華鳳の乱の真相を暴いたことで、リバオの企みは全て無に帰したのだ。

 忠誠心がゆがんで、帝を天子と思えなくなった。リバオは、歪んだ信念に従って、帝の弟を新しい帝に据えたかった。そうして正当な王族の血筋を残し、この王室の反映を願っていた。



 真相が暴かれ、晴れてユイユイが釈放される。


「ホンファー! 信じてたよ~!」

「長いこと待たせちゃってごめん」

「いいの。だってシュエさま――じゃない。今は東宮さまか。東宮さまは、それは良くしてくださったんだもの」


 尋問もなく、なに不自由なく暮らしていたのだそうだ。三食昼寝付きだったとユイユイは笑った。

 それでも、心細かっただろう。つらかっただろう。

 いくら待遇がよくても、一日中部屋に閉じ込められて、それがみつき。

 誰とも話をしないと、頭がおかしくなりそうになる。ホンファはそれを、経験済みだ。それを救ってくれたのが、ユイユイだった。だからこそ、絶対にすくいたかった。


「ユイユイ。それにしても、多少肉がついた気はするね」

「なに。ホンファも冗談言えるようになった?」

「まあ、いろいろあったからね」


 本当に、いろいろ。

 もうこんな生活はごめんだと思った。シュエ――東宮にこき使われる生活なんて。

 しかし現状、まだリンリン妃やユーチェン妃の女官としての仕事は残っている――と思っていいのだろうか。

 右大臣は投獄された。その罪状には、ユーチェン妃の下女を殺したものも含まれている。

 少し考えれば分かるだろうに。右大臣は自宅で毒草を育てることを趣味としている。その中にはトリカブトなどかなり危険なものもあり、そもそも、あの下女が右大臣の家の毒草を服毒して自殺したと聞いていたのだから、チョリエイの朝鮮朝顔の接ぎ木だって、右大臣を真っ先に疑うべきだったのに。


「わ、東宮さま!」


 冕冠をシャラシャラと揺らしながら、東宮が帝国厨房に足を踏み入れる。

 お香の匂いに、ホンファはうげっと舌を出した。


「ホンファという女官はいるか?」

「と、東宮さま。あちらにおります」

「東宮さま、こちらです!」

「ユイユイ!? 私を売るの?」

「だって、東宮さま直々のお通いだよ? もしかしたら妃になれるかもしれないじゃん!?」


 そのときは、私を女官にしてね! なんて、ユイユイは少しお気楽なのではないかと思う。


「東宮さま……」

「ソナタ……来い」


 東宮がホンファの手を取り歩き出す。本当は走り出したかったのをこらえて、東宮はホンファを引っ張って、懐かしい部屋に歩いていく。

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