九、曼陀羅華(ちょうせんあさがお)②

 リンユー妃付きの女官は、なんでも右大臣の家から遣わされたものだったらしい。だからこそ、あのような高慢な態度をとれたのだ。


「いやあ、申し訳ありません、シュエさま」

「なに。この件はこの娘が解決した」


 リンリン妃の茶会のあと、この騒ぎが高官たちの間で噂になり、仕方なくといった感じで右大臣が直々にシュエに謝りに来たのだ。その席に、ホンファも同席させられた。ホンファは席を外すと申し出たのだが、シュエが引き止めた。

 肥えた体は、腹が出張っていて醜い。腹が出ているのは、偏った食生活の証だ。

 大方、脂っこい高級食材ばかり食べているのだろうと、ホンファはこうべを垂れながら内心で舌を出した。


「あの下女は厳罰に処するゆえに、シュエさま、穏便に済ませてくれませんか?」

「厳罰? あの下女をどうするのですか?」


 口を出したのはホンファだった。シュエに対する態度とは打って変わって、右大臣がぞんざいな目をホンファに向けた。


「死罪でしょうな」

「な……しかし、命を奪うほどでは」

「なぜだ? ソナタが断罪したのだろう? 位の高い妃を愚弄したとなれば、死んで当然」

「……では、その命、私が貰い受けるというのは?」

「は?」


 右大臣の顔がゆがむ。


「オマエの下に――下女の下女にすると? はっ、そうだな、それならばお似合いだろう。下女よりも下の、人間でもない、ケダモノだ」


 ホンファは別に、このような扱いは慣れていたのだが、怒ったのはシュエである。

 がたた、と椅子を立ち上がり、右大臣を見下ろしすごんでいる。


「このものは、わたしのものゆえ。いくら右大臣殿でも、悪く言うことは許しませぬぞ?」

「あ、はは……そうでしたね。シュエさま。では、例の下女はのちのちこちらによこしますゆえ、どうぞ煮るなり焼くなりお好きにしてくださいませ」


 悔しそうに唇をかみ、右大臣がシュエの部屋を去る。


「はあ、シュエさま。右大臣さまに対してなんて口のきき方ですか」

「いや。右大臣は摂政を任されているからと、少々図に乗りすぎだ」

「なんだか、シュエさま。主上にでもなったかのようなもの言いですね」

「な、なんだ。別にわたしだって、ひとをかばうことくらいある」

「そうですか。ですが、私は右大臣さまの言う通り、一介の下女にしかすぎませんので」


 その命は、その辺の雑草以下なのだ。

 ホンファのそういうところだけは、シュエは好きになれない。下女だろうが帝だろうが、同じ人間なのだと、この国の人間はなぜ気づかない。



 右大臣との約束は、しかし、果たされなかった。


「なん……下女が死んだ?」

「はい。どうやら自殺したそうです」

「自殺、とは」


 ハクシュウが息を切らせて知らせに来た時、傍にはホンファもいた。ホンファに聞かれないように、ハクシュウはシュエに耳打ちする。しかし、ホンファはハクシュウに責めより、


「私にも、詳しくお聞かせください」

「ホンファ殿……下女は既に火葬されたらしく……」

「死因は!?」

「毒……服毒したそうです。右大臣さまのご自宅で育てている、毒草を摂取して」


 がん、っとホンファが机を叩いた。これはおそらく、服毒ではない。毒草は、一般的に消化機能の抑制のために、致死量を摂取することは難しい。ならばあの下女は、先に毒を盛られた状態で毒草を口にねじ込まれたか、気絶させられた状態で、致死量に至る毒草をねじ込まれたか。


「……こんなことになるのなら、私はリンリン妃さまのもとに行くべきではありませんでしたね」

「いや……そう落ち込むな。この件はうやむやにされたが……しかし、リンリン妃の命が、ソナタによって救われたのも事実だ」


 シュエの慰めが、今日だけはありがたかった。


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