第1話「招かれざる来訪者」(3)
「こちら国連調停軍フラッシュロンド隊!」
六発ものエンジンを翼から下げた大型輸送機のカーゴベイから次々と巨大ロボたちが滑り落ちてくる。彼女達は歩兵のパラシュート降下のようにあるいはジャンプスーツのような、風の抵抗で姿勢を変えたり速度を緩めない。
巨大ロボのエンジンとウイングで飛ぶ。
クレーンに吊るされたような不恰好に足を垂らし、しかし、その脚の動きで翼の揚力の変化以上に不安定つまりは旋回が鋭い。
OCUの主力AIGS(装甲知能化歩兵システム)……ハヌマンだ。正確にはその日本自衛隊仕様のモデルだった。特別に目立つ特徴は多くはない。二本の脚部、下半身に比べて小型な上半身と、ガンマウントとしての機能のみに省略され退化している腕部、頭部は肩部と同じ高さに埋もれている。胸部と腰部には突き出した楔形装甲で、背面は平らであるが、そこにはジャンプユニットのガスタービンとウイングが一体化した装備を接続している。
4.5mの巨人らが戦場を旋回する。
太陽は下がり、血のように赤い陽は消えて夜が空へと染み広がりつつあった。
甲高いジェットの轟音が響く。
ハヌマンの編隊は、ユウキの上空でサークルを描くように飛んでいる。そして拡声器で電子的に増幅された言葉が地上へ届く。
『所属不明機へ告ぐ。こちらはフラッシュロンド隊、OCUおよび日本政府より介入許可をえている。降伏し、投降せよ。繰り返す……』
ユウキは呆然と空を見上げていた。
ハヌマンが鳥のように飛んでいた。
雲は赤、橙、紫、青、黒のグラデーションで、刻々と夜へと変化しているさなかで一秒も同じ空ではない。
風は冷たく、町の喧騒はない。
ユウキは腕を空へと伸ばした。
空を掴むように、指の中には、ユウキから見ればハヌマンが入っていた。
ユウキの伸ばした腕が吹き飛ぶ。
青々とした体液が、飛び散った。
ハヌマンの一機が、撃ったのだ。
『攻撃予兆を確認!』
『待て! まだだ!』
ハヌマンの動きが変わる。
ハヌマンの背負う翼にはロケット弾が詰まった円柱状のポッドがぶら下げられている。弾頭は地対空地対地両用の誘導徹甲弾で、ロケットで加速した後、タングステン合金の鏃が三本、超音速で貫くというものだ。
それが──ユウキを襲った。
ユウキの手足が、攻撃に破壊される。
ユウキは残る腕で顔を守ろうとするが、足が破壊されて膝をついた。ガードを失った体へとハヌマンからの熾烈な攻撃により、数秒と掛からずにそうなった。
骸にしか見えない物となったユウキだった物の周囲を、ハヌマンの各機が旋回する。
ハヌマンの一機が逆噴射をかけて地上へ降り立つ。着地の瞬間、巨大な着陸装置そのものでもある脚部の油圧シリンダーを深く縮めながらも、頭部センサはユウキから目を離さない。
ハヌマンは武器を向け続けていた。
「待ちなさい!」
人間というにはあまりに巨大な声量。
それは大破していたトレーラをさらに破壊しながら、巨大なコンテナの一端を『ただの足裏』で蹴り破りあらわれた。
人間と同じ形をしている。
しかし、立ちあがろうと地に足をつけた瞬間、地響きしていた。背を伸ばした高さはAIGSのハヌマンより更に大きな……『巨人』だ。
巨人の全身から血を流し重傷であるが、引きずる足でバラバラにされたユウキだった物の前へと立つ。
地上に降りたハヌマンが銃口を下ろす。
上空で旋回しながら警戒していたハヌマン達が、次々と着陸していく。ユウキと巨人の周囲をゆるく、取り囲むように展開した。
しかし挙動には一抹の不満が混じる。
信頼の欠如、未知との対峙そのもの。
ユウキの目が回転して見つめていた。
『こいつ動いたぞ!』
ハヌマンのジェットエンジン、タービンブレードが甲高く回転数をあげていく。同時に大口径ライフル弾の射線が、ユウキと繋がるが遮られた。
巨人の手によってだ。
「……」
ユウキは目を閉じた。
意識が保てなくなる。
ユウキは眠るように動かなくなった。
◇
「拘束のレベルは?」
「レベル4でロックされています。つまりは大気圏を突破する程の液体燃料ロケットを安定して拘束できるレベルです」
「EEG(脳波)、MEG(脳磁図)、PET(陽電子放出断層撮影法)、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)……どれも完全に反応なし」
「石を測定しているようだということです」
「しかしこれは動いていたのだろう?」
「はい。ですが……完全に無機物である、あるいは死体のような状態です。既存の非侵襲脳機能計測では、ですが」
「侵襲式は?」
「外皮が破れません」
「それにどれが脳なのやら……内部の状態、どんな計測手段でも把握することは困難です。この場合、何も見えていないということです」
「……」
「しかし空間および時間分解能は、少なくとも人間のそれを遥かに上回っているのではないかと」
「どういう意味だ?」
「脳での反応が過密かつ速いんです。同じ思考パターンを持っているとは到底考えられません」
ユウキは声を聞いていた。
暗闇の中から話していた。
ユウキは暗闇を怖がる。
体の自由は許されない。
ユウキの恐怖を反映して、体が変化する。背中を中心に鰓蓋状の機関が精製され、更には刺々しく変化するし、魚のように水ではなく高熱を放ち始める。
「何が起きたッ!?」
「わかりません!!」
「こいつ聴覚が生きていたのか」
警報が鳴り響く。
それがユウキの恐怖心を増やした。
熱風が自然発火させていく。
拘束は解け、蒸発していく。
「なんというエネルギー量だ」
「施設からの脱出を!」
「間に合わんよ」
溶け落ちた拘束具が、ユウキの肌を雨水のように流れる。だがユウキが腕を振り上げようとしたとき、その腕は止められた。
「め、目を離さなくて正解だったわよ」
ユウキよりも大きな、巨人。
肌は青く、腕は一〇はある。
青い肌の顔から紫色の舌が覗いた。
「どうした? 人の子の坊や。泣くなり喚くなりというには、まだまだ静かすぎるじゃないか」
と、青肌の巨人はユウキを離す。
ユウキもそれ以上暴れる素振りは無い。
ユウキは、怒られた子供のようだった。
下手な発声器官でユウキは訊いていた。
「……タテ、シバ……さん……は? それ、にキャスケット、帽子の子も」
「その状態で言葉が喋れるのか!?」
と、防護服を着た、ユウキよりも遥かに小さい普通の人間が叫んでいた。
しかしユウキの質問に答えたのは青肌の巨人のほうだった。青肌の巨人は目を閉じる。
その間に、冷たい施設の警備用AIGSが対AIGS用スタンバトンを装備してにじり寄っていた。
青肌の巨人がまぶたをあげた。
宝石のアメジストに似た瞳だ。
「身内あるいは参考人として調査したが、タテシバ・ノルンと、例のキャスケット帽子は行方不明のままだ。先の事件で死者行方不明者は多数いる」
ユウキは一見動揺は微塵もなかった。
驚きが変化の数量として表現されるのであれば、少なくともユウキは、物理的にはまったくのフラットで変化はゼロだ。
だがユウキの内心はまったく違う。
酷く動揺していて最悪を想像した。
不安に包まれ、生きているという楽観的な思考は存在しない。死んでいる、その最悪の想像のみがユウキを支配していた。
タテシバ・ノルンも。
キャスケット帽子も。
ユウキは動くことを止めた。
ユウキの心を、ほとんどの人間には理解できない。硬い肉体は揺るがず、奥底のものだけが変化しているが、それはあまりにも厚い殻であり、装甲であり、意志で守っている。
ユウキは誰にも語らず停止した。
ただ一人、青肌の巨人だけが知ろうと触れる。ユウキから握られることのない手を、固く握る。
「キミは独りじゃない。我は人間よりは凄いぞ。ゆっくりとお互いの愛を語ろう、血と肉の皮にへだたられた弟よ」
と、青肌の巨人は、今にも離れてしまいそうなユウキの手を掴んで離さない。それを警備用AIGSが見守っている。
「我はシューターなり」
ユウキは何言ってんだコイツ、と、内心で青い巨人の神秘性をゼロに下げていた。
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