第1話「招かれざる来訪者」(2)

「う……動けない人はいますか!?」


 ユウキは髪の下を血で濡らしながら叫ぶ。


 膝と両手をついて、なんとか立ち上がる。


 あちこちで悲鳴や助けを呼ぶ声があった。


 ユウキは叫んだ。


 熱かったが焼けるように。


 真っ赤な炭を押し付けられたように。


 薙ぎ払われた人達や彷徨う人がいた。


「大丈夫?」


 呆けていたアオの意識が帰ってきた。


 ユウキはゆっくり視線をうごかした。


 大破したバス。


 完全に破壊されていて、中にいたとして生きているのが不思議なほど破壊されていた。


 それに、断続的な爆発音が響く。


 それに、火薬とは違う兵器の音。


 巨大な人型ロボット兵器が立っていた。


 ティラノサウルスの前腕みたいな貧弱な手が、巨大ロボットと比べれば小さく見えるライフルを手当たり次第に撃つ。


 空薬莢が次々と放たれ道路に降り注ぐ。


 重力加速のまま落ちた薬莢が車を潰す。


 熱を帯びた薬莢はアスファルトを割りながら、蜃気楼じみて空気を歪めていた。


「戦いだ。どこの誰だかわからないけど……すぐに離れないと!」と、ユウキはキャスケット帽子の女の子の手を引いた。


 ユウキは女の子を大破したバスから押し出し、自分も外に這い出る。町で暴れている巨大ロボットは目の前にいた。


 ユウキは見上げる。


 巨大な人型兵器だ。


 ユウキの知らないロボ。


 ニホン国防軍じゃない。


「国防軍の即応部隊が来る! ここは戦場になるんだ。逃げよう!」


 ユウキは女の子と一緒に走る。


 道路の先からは、即応部隊に所属する16式戦闘車が飛び出し、急制動をかけた。ホイールが車体を激しく揺らしながら105mm戦車砲の砲塔が旋回する。


「まずいッ!」


 ユウキは女の子を抱きしめて伏せさせる。


 ユウキは女の子の頭を守るよう腕で隠す。


 105mm砲の砲身から発砲炎が光る。


 装薬の激しい燃焼が砲口から複雑にガスを噴射、HEAT-MP(多目的成形炸薬弾)の、二段階の段差がある円柱という特徴的な弾頭が安定翼を広げていた。


 巨大ロボットは大推力のジェットによる短距離ジャンプで成形炸薬弾をかわした。外れたHEAT-MPが畳屋の引き戸を突き破り屋内で爆発した。爆風と破片が店内から噴きだす。


 巨大ロボが空中で砲口を向け……16式戦闘車に向けてライフル弾をセミオートの単発射撃で反撃する。


 遅い、しかし重い打楽器のビートを刻むような砲声が響く前に16式はエンジンをリバースに切り替え後退に入っていたが、巨大ロボットのライフル弾が前側二つのホイールと車体を貫通して破壊した。


 手動装填された105mmのHEAT-MPが姿勢の変化のせいで巨大ロボットからまたしても外れて、明後日の方向にある山肌を吹き飛ばす。


 16式は砲塔上のRWSを使い50口径機関銃を巨大ロボに向けて連射するも、次の瞬間には巨大ロボの“蹴り”によってRWSを蹴り飛ばされ、完全に横転して無力化された。


 もう一両の16式が飛び出して、車体が安定次第、発砲しようとするも、戦車砲が火を吹く前に巨大ロボのライフルに蜂の巣にされ、金属を貫かれる甲高い音と火華が立て続いた直後にハッチから火柱をあげて大破した。


「あのパイロット……手練れだな」


 ユウキは顔だけ持ち上げて、一部始終、16式を二両、瞬く間に破壊した巨大ロボを見る。


 今なら逃げられるか?


 ユウキは巨大ロボを観察した。


 巨大ロボは、複合センサ兼用RWSである頭部と腰の二重のターレットを器用に併用しながら周囲を素早く走査する。


 ベテランの動きだ。


 そのセンサが、低床トレーラで止まる。


 車高が著しく低く、長い積荷を載せたトレーラはちょうどユウキ達のバスの前にいたようだが大破していて、空き店舗になっていた場所へ頭から突っ込んでいた。


 低床トレーラには、単なる事故とは違う、高角度からの大口径機関砲弾による損傷の痕が明確に刻まれていた。


 巨大ロボの標的はこの低床トレーラだ。


 トレーラの積荷にはシートが被っていて中身はわからない。だがユウキには何でも良い情報だ。ユウキは女の子の手を引いて、巨大ロボが背中を向けて離れていくのを見ながら、巨大ロボとは逆の方向に逃げようとした。


──空から巨人が降ってきた。


 逆噴射のジェットで地上を焼きながら、定食屋の屋根を破壊しながら『二機め』の巨大ロボは着地に失敗して転ぶ。


 巨大ロボは定食屋を破壊しながら立った。


 巨大ロボの頭部センサがユウキを、見た。


 見逃される、とは、ユウキには思えない。


 ユウキは巨大ロボット越しに、不自然なほどに透明な、人間ではない作業的な殺意を感じとる。


「……ごめん」


 と、ユウキはキャスケット帽子の声を聞いた瞬間、チクリと指先が痛む。キャスケット帽子の女の子が指を伸ばして触れていた。そしてその子のおさえている脇からは『人間ではない明るい緑色の血』があふれていた。


「獣にはならないで……」


 キャスケット帽子の女の子は、緑の血溜まりに倒れる。だがユウキにはもはや気にかけている余裕はなかった。


 ユウキの体から、痛みを感じた指から黒い泥があふれる。どれほどおさえても、血ではありえない黒い泥は止まらず、ユウキの体を這い回り全身を包み込み焼けるような熱に閉じ込められる。


 蛹のようだ。


 ユウキがどれほど叫ぼうと痛みと熱の蛹の中で『何か』に作り変えられていく。黒い泥が固まり形を成したとき、ユウキは人間とは似ても似つかない人型になっていた。


「……」


 巨大ロボが、何かになったユウキに対してライフルを放つ。それはユウキの頭部に直撃して『ライフル弾を弾き』衝撃で倒れた。


 巨大ロボがさらに執拗に撃つ。


 ハラワタを揺さぶる重低音が立て続き、高熱を吸った薬莢がアスファルトの上へと降り注ぎ巨大な打楽器を奏でるように響く。


 ユウキに当たったあるいは外れたライフル弾の影響で砕けた破片や煙が舞い上がり、体を隠すほどたちこめる。


 視界不良。


 光学から赤外線。


 切り替えた瞬間。


 ユウキが、走る!


 巨大ロボがジェットを噴かせた。ため息のような赤い炎を吐き出した直後には青白い高温のジェットが突き出されて飛びあがろうとする。


 が、ユウキが巨大ロボの足に取り付いて引きずりおろす。加速しきる前の巨大ロボは、ユウキに落とされ叩きつけられた。


 倒れた巨大ロボに、ユウキの足が踏みこみ押さえつける。ユウキの拳が振り上げられるが、その腕が吹き飛ばされた。


 巨大ロボットが発砲する。


 ユウキは残る腕でライフルを撃つ巨大ロボの腕を押さえこんだ。ライフルの発砲は止まず、ユウキが腕ごとズラすほど、外した機関砲弾がどこかへと飛び、コンクリート建築の壁に大穴を開ける。


 ユウキの姿は人間ではなくなっていた。


 全高は4m強、異様に肥大した腕部と比較して逆に貧弱なほど小型な脚部、胴体より目立つ大きな頭部をした奇形な黒い鎧だ。


 巨大ロボの頭部センサが動く。


 僅かな隙をついて、巨大ロボは足を、ユウキとの間に入れることに成功して、巨大ロボの足裏がユウキを吹き飛ばした。


 ユウキの体は飛びキオスクを粉砕する。


 巨大ロボはあちこちから火花をあげていた。ユウキに掴まれていた腕は完全に握り潰されていて、肩からパージして道路へと捨てられる。


 巨大ロボの残る腕の指が揃えられる。


 指の間が開きなんらかの機構が出る。


 巨大ロボのセンサが動いた。


 巨大ロボの背中を狙い、重機関銃を装備した軽装甲の四輪駆動車が戦闘の余波で荒れた路面で跳ねながら撃ちまくる。


 巨大ロボはユウキにセンサを戻しつつ──跳んだ。横槍を入れてきた車両に指を揃えた手を伸ばし指先が触れた。手は爆発し、個体として崩壊したプレートがメタルジェットとして貫く。また巨大ロボの胸部も爆発して多積層自己鍛造弾が爆発の衝撃波で次々と成形されアラレのように降った。


 蜂の巣にされた車両は駆動装置まで叩き折られてアスファルトに腹を擦り火花をあげタンクからガソリンを撒き散らしながら炎上した。


 巨大ロボが炎で照らされた。


 巨大ロボのセンサが怪しく光っていた


 空を──センサが振り向く。


 唸るような音が空から響く。


 ジェットの轟音が聞こえた。

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