第19話「おやすみのキス」*ヴォルフリック視点




――ヴォルフリック視点――




エアネストの部屋の前に着いた私は、コンコンコンコンと扉を四回ノックした。


少しして「はい」という可愛らしい声が聞こえ、鍵を外す音とほぼ同時に扉が開いた。


あれほど注意したのに、エアネストは尋ねてきた相手を確かめることなく扉を開けたのだ。


私は「はぁ……」と短く息を吐いた。


天真爛漫で人を疑うことを知らないのがエアネストの良いところだが、もう少し警戒心を持ってほしい。


エアネストは金色の髪と深い青い瞳を失った。


それと同時に彼は王の加護も、王妃の愛情も、王子としての地位も失ったのだ。


だから彼はとても危うい立場にいるというのに……本人に全く自覚がない。


「ヴォルフリック兄様、おかえりなさい」


私の顔を見たエアネストが、花が綻ぶように笑う。


彼の笑顔を見ると心が安らぐ。


この笑顔を曇らせたくない。


だからこそ彼にはもっと、警戒心を持たせなくては!


「ただいま、エアネスト」


抱き着いてきたエアネストを抱きしめ、彼の唇に自分の唇を重ねる。


このままずっと口づけを交わしていたいが、そうもいう訳にもいかない。


「エアネスト、私が部屋を出るとき注意したことを覚えているか?

 扉を開ける前に、相手の名前と声を確認しろと教えたはずだ。

 今回は尋ねて来たのが私だからよかったようなものの、相手が不審者だったらどうするつもりだ?」


「ごめんなさい」


エアネストがしゅんとうなだれる。


その姿がなんとも愛らしく、庇護欲をそそられる。


だが私は彼の兄として……いや、私とエアネストには血の繋がりはない。


なら伴侶か?


いや、まだ結婚はしていない。


だとすると婚約者が妥当なところか。


エアネストは「永遠にそなたの傍にいたい」という、私のプロポーズを受け入れ、口づけも受け入れてくれたのだから。


私は彼の婚約者として、心を鬼にして彼に警告しなければならない。


「良いか、ノックをされてもすぐに扉を開けない。  

 相手の声と名前を確認する。

 私以外のものが訪ねてきたら、決して扉を開けてはならない。

 相手が私の使いだと名乗ったとしてもそれは変わらない。

 わかったな?」


「はい、兄様」


「この決まりは旅先で宿駅に泊まったときも、

 シュタイン侯爵領の屋敷に着いてからも変わらない。

 私との約束だ。

 約束を守れるか?」


「はい」


エアネストはよくも悪くも素直な良い子だ。


これだけ言い聞かせたのだから大丈夫だろう。


私がエアネストの頭をよしよしと撫でると、弟が柔らかく微笑んだ。


その笑顔が愛おしい。


絶対に私がエアネストのこの笑顔を守る。


「ところで兄様、旅立ちまで兄様はどこのお部屋を使うのですか?」


自分の部屋のことを考えてなかった。


アデリーノに頼めば部屋ぐらい用意してくれるだろうが……。


エアネストを一人にするのは心配だ。


私が別室で寝ている間に、何者かに彼が襲われたら、取り返しがつかない。


「エアネストと同じ部屋では駄目か?

 もちろん私はソファーで眠る」


できればエアネストと添い寝したいが、添い寝だけで済む自信がない。


「兄様は体が大きいです。

 ソファーで眠るのは無理があります。

 兄様をソファーで寝かせるくらいなら、僕がソファーで寝ます」


「明後日には城を立つ。

 馬車での長時間の移動は辛いぞ。

 だからそなたには、城にいる間はベッドでしっかり休んでもらいたい」


「それなら僕だって同じ気持ちです。

 兄様にはしっかり休んでもらいたいです!」


エアネストも譲る気はないらしい。


どちらも譲らないので、アデリーノに頼んで、エアネストの部屋に簡易ベッドを運んでもらった。


「兄様と僕が一緒のベッドで寝れば、簡易ベッドはいりませんでしたね。

 僕ったらなんで気づかなかったんでしょう?」


夜、お休みの口づけを交わしたあと、彼は無邪気にそう言った。


私の気も知らず、よくそんなことが言えたものだ。




◇◇◇◇◇




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