第17話「休息」*
*キスの描写有り
謁見の間を出ると、兄様が僕の手を掴んだまま早足で廊下を歩いた。
「エアネスト、疲れただろう?
部屋に戻って休もう」
「はい、兄様」
謁見の間にいた時間はそんなに長くはない。
だけど色んな事があったからものすごーく長く感じた。
色々と傷つくことを言われ、僕はとても疲弊していた。
ヴォルフリック兄様がいなかったら、きっと乗り越えられなかった。
兄様からは沢山勇気をもらった。
兄様が僕の手を握っていてくれたから乗り越えられたんだ。
部屋に戻ったら、兄様に沢山お礼を伝えよう。
自室に戻ると、どっと疲れが出た。
頭がくらくらして倒れそうになった僕を、兄様が支えてくれた。
兄様はそのまま僕をお姫様抱っこした。
「ちょっ……兄様!
自分で歩けますから……!」
「暴れるなエアネスト。
落としてしまう。
それにお姫様抱っこするのは二度目だ。
一度目は牢屋からこの部屋まで運んだ。
その時、大勢の者が私がそなたをお姫様抱っこしてるのを見ている。
だから今さら照れることもないだろう」
そ、そうなんだ……。
牢屋からここまで兄様にお姫様抱っこして運ばれたんだ……。
しかもそれを大勢の人に見られたんだ……。
あの時、ぼくはワンピース式のパジャマを着ていた。
お姫様抱っこされた時、僕の枝のようなヒョロヒョロした足がパジャマからのぞいていたはず。
それを皆に見られたんだ……。
嫌だな。
カッコ悪いな。
もう城内を歩きたくないなぁ……。
僕がそんなことを考えている間に、兄様は僕をベッドまで運んでくれた。
兄様が僕の体をベッドの上に下ろしてくれたので、僕はベッドの縁に腰を掛けた。兄様が僕の隣に座った。
「疲れただろ?
今日はもう着替えて休め」
「そういうわけにはいきません。
シュタイン侯爵領に行く準備をしなくてはいけませんから」
「そうだったな。
王妃やワルフリートが何をしてくるかわからない。
言質は取ったが、国王もいつ気が変わるかわかったものではない。
すぐにこの城を出よう。
明日ではどうだ?」
「明日はちょっと早すぎませんか?
荷造りもありますし、
シュタイン領に先触れを出さないといけませんし、
親しい使用人にお別れもしたいですし」
「では明後日ここを立とう」
明後日でも早い気がするけど、兄様は城にいたくないみたいだ。
兄様がそう望むのなら、早めに出立しよう。
「はい、明後日までに用意します」
これから忙しくなりそうだ。
「兄様、今は一分でも時間が惜しいのはわかります。
でも少しだけぎゅっとしてもらえませんか?」
謁見の間で色々あったから、兄様に甘やかしてもらいたい。
「そういう要求なら大歓迎だ」
ヴォルフリック兄様が僕の背に手を回してきた。僕も彼の背に手を回して返した。
こうしてると兄様の体温を感じる、彼の心臓の鼓動が聞こえる。
兄様は精霊の神子、僕が独り占めしていい存在じゃない。
でも今は、兄様のことを独占していたい。
「兄様が僕と一緒にシュタイン侯爵領に着いてきて下さるのはとても嬉しいです。
でもいいんでしょうか?
あなたには王宮で不自由なく暮らす生活も……」
兄様が僕の唇に手を当て、言葉を遮った。
「私の幸せは、エアネストの傍にいることだ。
先ほどもそう言っただろ?
そなたが行くところなら、私はどこへでも着いて行く。
深い森の奥でも、死の荒野でも、砂漠でも、どこへでもだ」
「兄様……」
僕の瞳から溢れた涙を、兄様が指で優しく拭った。
「エアネスト、愛している。
私を置いてどこかに行こうとしないでくれ」
「はい、兄様」
兄様の「愛している」が家族愛だってわかってる。
兄様の口づけが降ってきたけど、これは僕から魔力を奪ってしまった罪悪感からだとわかっている。
だから……勘違いしちゃ駄目だ。
僕が家族からの優しさを欲しているように、兄様も僕からの愛情を欲しているだけなのだから。
僕らは他の家族からは疎まれている。
僕には兄様しかいないし、兄様にも僕しかいない。二人で仲良く生きて行くしかないんだ。
……魔力を失った僕と違って、精霊の血を引く兄様には言い寄って来る人が大勢いるから……僕と兄様の関係が対等とはいえないけど。
兄様が僕に飽きて僕から離れる前に、僕は強くならなくてはいけない。
一人でも生きていけるくらい、強くならないと。
「エアネスト、このまま……最後までいたしてしまいたい」
キスのあと、兄様が愛おしいそうに僕を見つめてきた。
最後までとは……?
「だが、明後日には王都を立たねばならない。
シュタイン侯爵領は遠い。
馬車の旅は過酷だ。
王都から離れれば離れるほど、道も悪くなるだろう。
そなたの腰に負担をかけたくないので、
シュタイン侯爵領に着くまでは我慢するつもりだ」
最後までとか、我慢するとか、兄様はさっきから何を言ってるんだろう??
「だから……シュタイン侯爵領に着いたら、私とエアネストの寝室を一緒してはくれぬか?」
王位継承権を失い、魔力を失った僕は、シュタイン侯爵領で使用人に邪険にされるかもしれない。
兄様はそんな人達から僕のことを守りたいから、僕と同室にしてほしいと言ってるのだと思う、多分。
「兄様はそれで宜しいのですか?」
一日僕と一緒にいて、寝室まで一緒で兄様は疲れないかな?
「私は是非にと望んでいる」
兄様は過保護だな。
でも今はそんな過保護な兄様に甘えたい気分だ。
「兄様にそこまで望まれては、断る理由がありませんね」
「そうか、約束だぞ!
シュタイン侯爵領に着いたら、
共寝……? 添い寝の別の言い方かな?
兄様も知らない所で一人で寝るのは寂しいんだね。
「はい」
兄様は大柄な人だけど、大きめのベッドを用意すれば一緒に寝れるよね?
「早くシュタイン侯爵領に行きたい。
そなたと共寝が出来る日が楽しみだ」
兄様が僕の背に腕を回した。彼は苦しいくらい僕を強く抱きしめた。
◇◇◇◇◇
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