第15話「第三王妃ルイーサ」




「陛下のお話は終わったかしら?

 謁見の間に入るわよ!」


扉の外が急に騒がしくなった。


「ルイーサ様お待ち下さい!

 今は陛下が人払いされている最中ですので……」


「私は第三王妃よ!

 私抜きでなんの話があると言うの?

 そこをどきなさい!」


扉が開き、ダークブロンドの豪華なドレスを纏った女性が入ってきた。


あの顔には見覚えがある。


第三王妃ルイーサだ。


彼女はダークブロンドの髪と、水色の大きな目を持っていた。


美少年であるエアネストの母親なので美人だ。


彼女はエアネストと顔の作りが似ていた。


どうやらエアネストは母親似らしい。


ルイーサはヴァイス子爵家の次女として生を受けた。


ヴァイス子爵家は王家の傍系ぼうけいに当たる。


遠い先祖に王族がいたので、ルイーサは貴重なダークブロンドの髪と水色の瞳を持って生まれた。


その稀少性を買われ、第三王妃にまで上り詰めた。


あんな騒々しい人が、自分の母親だと思うと恥ずかしい。


「病気を患って塔に隔離されてたヴォルフリックが、外に出てきたって?

 ティオ、奴がどんな顔に成長したか拝んでやろぜ!

 エアネストが茶髪に灰色の目になったってのも気になるしよ!」


「ワルフリート兄上、今謁見の間に入るのはまずいですよ。

 父上が人払いをしている最中です」


「良い子ちゃんぶるなよ、ティオ。

 お前だってエアネストの落ちぶれた姿をみたいだろ?

 俺達は王子だ。

 多少ルールを破ったって、父上だって本気で怒りはしねぇよ!」


第三王妃に続いて、二人の若い男が部屋に入ってきた。


あの顔には見覚えがある。


第一王子のワルフリートと、第二王子のティオだ。


二人共、ローズブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳の持ち主だ。


第一王子のワルフリートは、短髪に切れ長の目を持つワイルド系のイケメン。


性格は粗野で乱暴。


感情が言葉や態度に出やすい人だ。


彼は敵のデバフに百パーセントかかり、一緒に旅する仲間を何度も棺桶にぶち込む通称味方キラー。


当初彼の声はベテラン声優が担当する事になっていたが、その声優が不倫疑惑で降板。


代役に選ばれたのが、素人に毛の生えたような役者だったので、声も今ひとつだ。


なので彼ルートは外れと言われている。


第二王子のティオはサラサラなショートカットで、前髪を七三分けにしている。


いつも銀縁メガネをかけている。


インテリメガネ枠だ。


ティオはとても優秀で博識なのだが、ちょっとだけ口が悪いのが玉にキズ。


皮肉屋な美青年好きには人気のあるキャラだ。


エアネストの記憶にあるルイーサもワルフリートもティオも、とても親切で愛情深い人達だった。


だけど部屋に入ってきたこの人達が僕に向ける視線は、とても冷たく、落胆と蔑みの色が混じっていた。


彼らが僕に優しくしてくれたのは、僕がプラチナブロンドの髪と、瑠璃色の瞳を持つ、王太子の最有力候補だったから。


その色を失った僕は、彼らにとって侮蔑ぶべつの対象らしい。


その時、ヴォルフリック兄様が僕の前にすっと立ってくれた。


もしかして、あの三人の視線から庇ってくれたのかな?


僕にはヴォルフリック兄様がいる。


そう思うと心が暖かくなった。


ヴォルフリック兄様がいてくれるから大丈夫。


他の人にどんな視線を視線を向けられても、どんな冷たい言葉を浴びせられても絶えられる。


「騒がしいぞ。

 ルイーサ、ワルフリート、ティオ、余は人払いをすると伝えたはずだ。

 聞いていなかったのか?」


ドカドカと謁見の間に入ってきた三人を、国王が威圧的な目で睨みつけた。


「申し訳ございません、陛下!

 静止したのですが……聞き入れて貰えず……」


謁見の間の扉の警備を任されていた衛兵が申し訳無さそうに謝罪をした。


「よい、下がれ。

 今度こそ誰もいれるな」


「御意!」


国王にそう言われ、衛兵は敬礼してから扉を閉めた。


「それで、ルイーサ、ワルフリート、ティオ、余になんの用だ?」


「陛下、押し入るようなことをして申し訳ございません。

 わたくしは息子が謁見の間に呼ばれたと聞いて、

 いても立ってもいられず駆けつけたのです」


「父上、俺も弟が心配で飛んできたんです。

 水臭いじゃないですか、ヴォルフリックが全開して塔から出たことも、

 エアネストの髪と瞳の色が変わった事も、

 俺達には内緒にするなんて」


「父上、勝手に押し入って申し訳ございません。

 どうかお許し下さい。

 弟達のことが気がかりだったのは、僕も同じです」


ルイーサ、ワルフリート、ティオがそれぞれ釈明した。


「使用人からエアネストの髪が茶色に変わったと聞いて飛んできたけど、

 噂は本当だったようね。

 しかも目の色が灰色だなんて……みっともない。

 どうやら魔力も失っているようね。

 これがわたくしの息子だとは、お思いたくもないわ」


ルイーサが僕の前まで歩いてきて、僕の顔をじろじろと見た。


彼女が僕を見る目は蔑みの色で満ちていた。


「教えて貰えるかしらどうして髪と瞳の色が変わったのか?

 謁見の間で陛下からなんと言われたのか?

 母親であるわたくしには、息子の身に起きたことを知る権利があるわ」


「髪と瞳の色が変わった理由は僕にもわかりません」


ヴォルフリック兄様を助ける為に魔力を譲渡したとは絶対に言えない。


言ったら兄様が魔族の血を引いてることが知られてしまうから。


「陛下からは、王位継承権を剥奪されました。

 この度シュタイン侯爵に封じられたので、これからシュタイン侯爵領へ向かいます」


「まぁ!

 王位継承権を剥奪されたですって!

 大公位でも、公爵位でもなく、侯爵位を与えられたですって!

 恥知らずも良いところだわ!」


ルイーサが拳を振り上げた。


叩かれると察した僕は、ぎゅっと目を瞑った。


だけどいつまで経っても衝撃は来ない。


そっと目を開けると、ヴォルフリック兄様がルイーサの手を掴んでいた。


「王妃殿下、言葉が過ぎますよ」


ヴォルフリックがルイーサを睨めつける。


兄様はルイーサの手を離し、僕を自分の背中の後ろに庇った。


「どなたかと思えば、第三王子のヴォルフリックではない。

 しばらく見ない間に生意気になったこと。

 義理の母親に対して良い態度ね」


「私の母親は亡き第二王妃だけですので」


ルイーサがヴォルフリック兄様をギロリと睨みつける。


兄様、庇ってくれるのは嬉しいけど、これ以上煽らないで。


「僕はヴォルフリック兄様と共にシュタイン侯爵領に行きます。

 もう王都の地を踏むことはないと思います。

 母様にはお別れのご挨拶をしたく……」


こんな人でも僕の母親だ。


王都を離れる前に挨拶ぐらいしておかないと。


「フン、どうでもいいわ。

 どこにでも行きなさい。

 金髪と青い目を失ったあなたを息子だとは思いません。

 あなたもわたくしを母とは呼ばないように。

 いいわね」


「はい、王妃殿下。

 これまで大変お世話になり、心より感謝申し上げます。

 王妃殿下のご健勝をお祈り申し上げます」


僕はルイーサに丁寧にお辞儀をした。


その時、ヴォルフリック兄様の肩がぷるぷると震えていることに気づいた。


彼の顔を見ると、額に青筋を浮かべていた。


「ヴォルフリック兄様、落ち着いて下さい。

 僕は大丈夫ですから」


「わかっている。

 あんなのでもそなたの産みの親だ。

 殴ったりはせぬ」


兄様の言葉を聞いてホッと息を吐く。

 

「エアネスト、美しい顔に生まれると得ね。

 魔力も金髪も青い目も失っても、こうして守ってくれる男を垂らし込めるのだから。

 せいぜいシュタイン侯爵領で、二人で仲良くおままごとでもしてなさい」


ルイーサはそう言って、踵を返し、国王の前に進み出た。




◇◇◇◇◇




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