第43話 会談②
「ちなみに、東と南東に友邦を据える目途は立っているとのことですが、詳細を伺っても?」
「構わない。まず東について、これは前々から予想されていたことだが、ブロムカンプ辺境伯家、ヴァザリア伯爵家、ララナス子爵家が手を結び、ルブニツァル王国に対抗するらしい。ブロムカンプ家を盟主とした、ロシュカ連合なるものを結成するつもりだそうだ……東に宿敵を抱えている以上、あの三家も西のルーデンベルク家と争う余裕はない。互いの支配域の境界さえ調整すれば、友好関係が成立し得る」
帝国東部の東端地域では、国境を守るブロムカンプ辺境伯家と、その後方を支えるヴァザリア伯爵家、ララナス子爵家が強い影響力を持っている。「東の果ての御三家」などと呼ばれているこの三家の領地だけでも、抱える人口を合計すれば小国に匹敵する。周辺の小貴族領も傘下に加えれば、十分に一国として成り立つ。
帝国東部の東端地域は、大昔はロシュカ地方と呼ばれていた。古い地名を連合名に冠するのは、所属する貴族領、特に中心となる御三家が名目上は対等であることを内外に示すためか。
ブロムカンプ辺境伯領の東にはルブニツァル王国があり、白龍山脈の途切れ目である小さな平原を挟んで両者は激しく対立している。ブロムカンプ辺境伯家は長年の宿敵であるルブニツァル王国と対峙し、ヴァザリア伯爵家とララナス子爵家は自領の盾である辺境伯家を援護する。政治的な状況を見ても、三家の連合は安定して持続し得る。
逆に、下手に一家が君主として他の二家を従えようとすれば争いが起こる。三家には内輪で争っている余裕はないであろうから、連合という形式を選ぶのも理解できる。
この連合も東と西の二正面で戦う事態は絶対に避けたいであろうから、ルーデンベルク家は友好的な姿勢を示して常識的な外交を行うだけで、東の国境の安寧を得ることができる。
「次に南東については、ガルシア侯爵家とラフマト伯爵家の対立が予想される。あの二家は仲が悪いからな。どちらかが勝利した上であの一帯の支配権を確立すれば、その後の最大の敵はヴィアンデン王国だ。やはり、反対側で国境を接する我がルーデンベルク家と対立する余裕はあるまい。友好的に接すれば、向こうも応えるはずだ」
帝国東部の南東地域で大家として知られるのが、ガルシア侯爵家とラフマト伯爵家。共にヴィアンデン王国との国境を守る二家は、しかし仲が悪い。この二家の他には中小貴族領しか存在しないため、係争に勝利した方がこの地域の覇権を握る見込み。
とはいえ、この地域の人口を考えればさして大きな国が生まれることはなく、加えてその国の宿敵はやはり国境紛争を続けてきた南のヴィアンデン王国。ルーデンベルク家にとって、南東地域も脅威にはなり得ない。
「確かに仰る通りですね。その上で私の築く国を西に置けば、ほとんど全方位において敵がいなくなる、ということですか……」
「なので私は、フルーネフェルト家が新勢力として台頭しようとしている現状を歓迎している。もちろん、卿の今後の出方によっては話は変わるが……卿はこれからどのように勢力を広げていくつもりだ? 我がルーデンベルク侯爵領にも進軍してくるのか?」
ジルヴィアは問いながら、底冷えのする視線を向けてきた。それに対し、ヴィルヘルムは努めて平静を保ちながら首を横に振る。
「元よりそのようなつもりはありません。そもそも私は、さして大きな国を築こうとは思っていませんので……南に勢力を広げながら、君主として支配が行き届く程度の領土を得た上で、以降は内政に注力し、国を発展させていくのが最善と考えていました。手に余るほどの領土を得ても国の安寧には繋がらないと、他ならぬ我らが故国が教えてくれましたので」
ヴィルヘルムが建国を目指すのは、運命を誰にも委ねることなく大切なものを守るだけの力を得たいから。権力欲に溺れているわけでも、世界征服などを望んでいるわけでもない。
今世の故国であるロベリア帝国の末路を見ても、前世の歴史を見ても、あまりに巨大な国を築き維持することは容易ではない。特にこの世界の文明レベルでは、明確に不可能と言っていい。無秩序な勢力拡大の先に、自分の求める未来はない。
自身の野望と社会の現実を踏まえた最適解は、安定して治められる中規模の国家を築いた上で、周辺諸国とはできるだけ友好的な関係を維持し、軍事力や経済力を高めて政治的な自立を維持すること。結果として、ジルヴィアの考えとは案外似た部分が多い。
「支配が行き届く程度の領土、か……賢い選択だな。そして、私の方針とも利害が一致する。卿がその考えを変えず、我がルーデンベルク家にとって今後も友好的な存在であり続ける限り、ルーデンベルク家はフルーネフェルト家と協力していくことを約束しよう」
ルーデンベルク家はフルーネフェルト家と協力する。その明確な宣言を得たことは、ヴィルヘルムにとって大きかった。元より味方につけたかったルーデンベルク家と、動乱の時代を乗り越えた後も共存していける見込みとなったことは、最良と呼べる結果だった。
「そのように仰っていただけたこと、心より嬉しく思います……正直に申し上げて、大きな安堵を覚えています」
「そうだろう。ルーデンベルク家と意見が合わずに対立するとなれば、卿の野望を叶えることはまず不可能になるだろうがな」
場合によってはルーデンベルク侯爵家と全面的に敵対し、ノルデンシア公爵家と一時的に手を組むつもりでいた内心をおくびにも出さず、ヴィルヘルムは人好きのする苦笑を作って首肯する。
「ですが閣下。畏れながら、未だ弱小の身としては、ひとつ懸念を持たざるを得ません」
「私が途中で手のひらを返し、フルーネフェルト家に牙を剥くことへの懸念だろう」
ジルヴィアの言葉に、ヴィルヘルムは正直に頷く。
ルーデンベルク家とは少し前まで婚約関係にあり、ジルヴィアは対話のできる人物だが、それでも動乱の時代を迎えるにあたり、密室の口約束だけで強大な隣人を信用することはできない。
「友好関係の保障として最も手っ取り早いのは血縁関係だが……確か、卿は既に結婚しているのだったな?」
「はい。フルーネフェルト家の側近家より、昨年に妻を迎えました」
ユーフォリア教の教義では、離婚も重婚も禁じられている。愛人を作る貴族は多いが、正式な伴侶は一人しか持つことができない。
ロベリア帝国において宗教勢力の力は小さいが、だからといって人々の生活や精神に深く根づいている国教の教義を平然と踏みにじるわけにはいかない。非倫理的で危険な人間と見なされ、統治においても他貴族との交流においても多大な悪影響が出る。
なので、例えばエーリクの婚約者であったカルラ・ルーデンベルクを、亡き兄に代わってヴィルヘルムが伴侶に迎えるという手はもはや使えない。
ヴィルヘルムとしては、結果的に不本意な政略結婚をせずアノーラと夫婦でいられるため、昨年のうちに結婚してしまったことはむしろ僥倖だった。
「ならば仕方あるまい。姪のカルラには、別の嫁入り先を探すとしよう……では、私の孫、そして卿の子の代に両家が姻戚関係を結ぶのはどうだ? 卿も早いうちに子を作るつもりだろう?」
「はい。来年にも第一子が生まれればと思い、励んでいます」
一刻も早く世継ぎを残すべき立場となった今、ヴィルヘルムとアノーラは二人きりの甘い新婚生活に区切りをつけ、真剣に子作りに臨んでいる。
「我が嫡男には四歳の長男と二歳の長女、そして生まれて間もない次男がいる。卿に世継ぎが生まれれば、我が継嗣の長女か次男を婚約者として定めればいい。正式な婚約は何年か先になるだろうが、家同士で決めておくことはできる……そして、我がルーデンベルク家は、将来的にフルーネフェルト家と姻戚関係を結ぶつもりであることを公言する。この公言にはそれなりの重みがあるはずだ」
正式な婚約前とはいえ、姻戚関係を結ぶつもりであると公言した上でフルーネフェルト家の領地に攻め入れば、ジルヴィアの言葉は軽くなる。言葉の軽い人間が語る友好は容易には信用を得られず、周囲諸国と強い友好関係を築くのは一段難しくなる。ジルヴィアはそのような事態を避けたいはずであり、ルーデンベルク家が敵対しない一定の保障となる。
「その上で、さらに両家の友好関係を補強したい。具体的には、卿がリシュリュー伯爵領を併合して自らを伯爵を名乗り、建国を目指すことを私が公に支持する。そうすれば、ルーデンベルク家によるリシュリュー伯爵家への報復にもなる」
「報復……フルーネフェルト家がリシュリュー伯爵家から全てを奪った事実を支持することで、リシュリュー伯爵家の面子を完膚なきまでに叩き潰す、ということですね」
「そうだ。報復としては少し弱いが、フルーネフェルト家が独力でリシュリュー伯爵家を消滅に追い込んだ以上はそれで足りるだろう」
ルーデンベルク家は実質的に何も手を下すことなく、後追いでリシュリュー伯爵家の名誉を踏み躙って報復を為す。ついでに、フルーネフェルト家との友好関係を補強できる。
支援ではなく支持、というところが絶妙だった。ただ支持を表明するだけであれば、ルーデンベルク家はフルーネフェルト家に対して何らの責任を負わない。ジルヴィアはヴィルヘルムの勢力拡大を助ける必要もなく、ヴィルヘルムが道半ばで倒れたところで何らの損失も被らない。よくできている。
ヴィルヘルムとしても、自身が伯爵を名乗る正当性を高めるために、ルーデンベルク侯爵家かノルデンシア公爵家と手を結んだ上で支持を求めるつもりだった。結果として狙い通りになった。
「以上をもって、ルーデンベルク侯爵家とフルーネフェルト伯爵家の友好関係の保障とする。納得してくれるか?」
「十分です。感謝します」
前世と今世、どちらの歴史を見ても、家同士の約束に絶対の保障はない。安心を求めればきりがない。ルーデンベルク侯爵家の方から友好的に接近してきた上に、こうして一定の保障まで示された以上、あまり欲張ってジルヴィアの機嫌を損ねるわけにはいかない。
今は納得しておき、そして究極的には、いざとなればルーデンベルク家と戦えるだけの力をできるだけ早く得るしかない。
第一、帝国中央部に対する防壁として、ジルヴィアがこちらを一方的に利用し続けるつもりであることも気に食わない。フルーネフェルト家だけを帝国の残党と睨み合わせ、ルーデンベルク家は背後をとった上で仲良くするようこちらに強いるというのは、平等な友好関係とは言えない。
自分だけ都合のいい立場に収まることは許さない。ルーデンベルク家にも相応のリスクを負ってもらう。動乱の時代が終わり、支配域が固まった後は、ロシュカ連合や南東地域の勝者と接触し、ルーデンベルク家が調子に乗り出したら直ちに包囲網を敷けるよう誓約でも交わしてやろう。
そのような考えをめぐらせながら、ヴィルヘルムは笑顔でジルヴィアと握手を交わした。
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