第5話 十歳 夏

 ヴィルヘルムが前世の記憶を頼りに試作した千歯扱きは、そのままでは実用に耐えなかった。早刈りの麦で試した結果、いくつかの問題点が洗い出された。

 まず、麦の穂を通す歯の間隔が狭すぎて、穂が途中で引っかかり、脱穀作業に支障が出た。加えて、木製の歯の強度が足りず、すぐに何本か折れてしまった。十歳のヴィルヘルムとアノーラが作ったものであるため、歯の並ぶ高さも大人の平均的な背丈に対して低すぎた。土台部分の重心にも難点があり、作業中に倒れやすかった。

 試用の結果を踏まえ、歯を鉄製にした上で間隔を三センチメートルほどに広げ、高さと土台部分の作りも改善した改良型の千歯扱きが作られた。フルーネフェルト家の御用職人にステファンが依頼して作らせたこの改良型は、領主家の所有農地で収穫された麦の脱穀作業に、数挺が試験的に投入された。

 結果、脱穀の効率は飛躍的に向上。ステファンは千歯扱きの有用性を認め、正式に量産に移して来年から領都や各農村で活用するように命じた。


「改良は加えたが、千歯扱きの発明者はヴィルヘルム、お前だ。私はこの地の領主として、そしてフルーネフェルト家の当主として、お前の功績を正式に認めよう」

「感謝します、閣下!」


 父の言葉に、ヴィルヘルムは貴族式の礼で応える。


「功績には褒賞をもって報いなければな。何か欲しいものはあるか? できる限り叶えよう」

「……それじゃあ、フルーネフェルト家の農地の一部を、少しの面積でいいので、僕に貸していただきたいです。それと、領外からクローバーを仕入れてほしいです。本で読んだ知識をもとに、農業で少し試してみたいことがあって」


 ヴィルヘルムが言うと、ステファンは意外そうに片眉を上げた。


「本当にそれが褒美でいいのか? お前は読書が好きだろう。領外の大都市へ連れて行って、十冊でも二十冊でも好きな本を買ってやっていいんだぞ」

「えっ……いえ、農地がいいです」


 ステファンの語った褒美には大いに惹かれながらも、ヴィルヘルムは首を横に振った。


「もちろん、うちに本が増えたら嬉しいですが、今回は我慢します。今はとにかく、新しい試みに挑戦する機会をいただきたいんです」


 その言葉を聞いたステファンは、思案する表情を見せた後にまた口を開く。


「そうか。そこまでこだわるということは、お前は農業に興味があったのか?」

「というわけでもないですが……あの、実は」


 意を決して、ヴィルヘルムは己の人生の目標を父に打ち明ける。

 千歯扱きと新しい試みの成果をもって領内の農業生産力を向上させ、領内社会を富ませ、フルーネフェルト家の収益を増やす。そうした貢献を成すことと引き換えに、領地運営の予算をいくらか割いてもらって劇場を開き、人々を楽しませながらこの地域の文化的発展に貢献しつつ、作家として自身の作品発表の場を作る。

 それが自分の夢なのだと語ると、真剣な顔で話を聞いていたステファンは頷いた。


「なるほど。夢を持つだけでなく、夢の実現のためにそこまで考えていたとは。お前が本気であることは認めよう。その上で、お前が夢を叶える機会を与えるとしよう……フルーネフェルト家が所有する農地の一部、春耕地と秋耕地と休閑地からそれぞれ適当な面積をお前に預ける。お前が自ら農作業を行うのは難しいだろうから、小作農も何人か貸してやる。期限は何年欲しい?」

「そ、それじゃあ、できれば六年ほど」


 あらかじめ考えていた年数を、ヴィルヘルムは答えた。

 ロベリア帝国東部の北側一帯では、三圃制が主流。この枠組みの中で新しい試みを行うには、三年周期の農業を二周する程度の時間が欲しい。

 そのような考えのもとでヴィルヘルムが求めた年数を聞いて、ステファンは特に反対を示すこともなかった。


「分かった。ひとまず六年の期限をやろう。お前の考える試みとやらが形を成し、収穫量に明確な増加が見られるようであれば、その成果を領内の農業にも徐々に取り入れる。そして、お前の夢の実現にフルーネフェルト家として手を貸す。劇場を建設し、役者を雇って運営を軌道に乗せるまでの初期費用を出してやる」

「ほ、ほんとうですか!? ありがとうございます! 僕、頑張りますっ!」


 瞳を輝かせながら、ヴィルヘルムは言った。

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