29 疑心暗鬼


「フラン、前! 危ない」


「ゴン!」けっこう大きな音だ。


 体調不良で、廊下に出た私は、壁に頭をぶつけ、正気に戻った。

 サクラが横に来て心配してくれている。


「痛い……」


 おでこが痛い。赤くなったかも……


 サクラの侍女を兼務する王弟殿下の……紫の瞳を持つ侍女が、治癒魔法をかけてくれた。優秀な侍女だ、でも……



「どうした? 午後からおかしいぞ」


 サクラが心配してくれる。


「下校の時刻だ。一般寮まで帰れるか?」


「私、もうダメかも」


 力のない声だ。



「侍女様は……王弟殿下の聖女ハーレムの、お一人なんですか?」


「「え!」」


 サクラと、侍女の目が見開いた。これは、本当だという証拠かもしれない。


 この侍女は、金髪に紫色の瞳を持っている美人だ。王弟殿下が、彼女が聖女だと、好きになってもおかしくはない。


「違う! 違うから。マズルカのざれ言など信じるな」


 サクラは慌てて否定した。これは本当のことを隠そうとしてるんだ、きっと。


「もしかして、サクラは王弟殿下の隠し子?」


 驚きと悲しみが私を襲い、心に仕舞っていた疑問を口に出してしまった。



 侍女は……腹を抱えて笑っている。なんで?


「あぁ面白い。これは、私からお話しした方が良いようですね」


 侍女が、話し始めた……


 王弟殿下の侍女は6名いる。王都にある6ヶ所の聖堂から一人ずつ、聖女の素質のある女性を見つけたのだ。


 しかし、6名の女性たちは、治癒魔法などの光属性または闇属性の魔法は使えたが、十年ほど前の聖女判定で、聖女とは認められなかった。


 王弟殿下は、6名の女性たちの才能を評価し、自分の専属侍女に採用し、今に至る。



「つまり、聖女ハーレムを作ろうとして、失敗したのですね」


 私が要約した。


「違うって!」


 サクラが力いっぱい否定した。


 私は、少し落ち着いてきたが、まだ心の整理がつかない。


「私たちは、王弟殿下の恩に応えるため、侍女として、誠心誠意、務めているのです。まだ、誤解は解けませんか?」


 侍女たちは、女神に生涯をささげるため聖堂で祈りを捧げていたところを、王弟殿下に見出されたって事らしい。


 私も、王国に生涯を捧げようと、政略結婚を選んだ……王弟殿下は、私を見出してくれるだろうか。



「王弟殿下に会いたい……」


 私の、今の正直な願いだ。幼い頃のように、優しく抱きしめてもらいたい。


「王弟殿下はどこですか? 今も聖女ハーレムで浮気をしているのですか?」


「クロガネ様は、おひとりで、呪いと戦っています」


 この侍女も、王弟殿下を名前で呼んだ……え! 呪いと戦っている?



「呪い……聖女ハーレムの失敗のことですか?」


「私たち侍女は、クロガネ様を尊敬していますが、男性としては見ていませんよ」


 男性と見ていない……パンイチの王弟殿下を見ても動揺しないってこと?

 分からない。悲しみと怒りが混じった苦い気持ちだ。



「内緒ですが、王弟殿下には好きな女性がいるのですよ」


 侍女の暴露話に、サクラの顔が青ざめた。


「フラれた相手を、まだ好きなのですか?」


 王弟殿下がフラれたことは聞いている。未だに引きずっているのなら、辛い。


「これ以上は、侍女の私からは言えません」


 聖女ハーレムのこと、フラれた相手に未練があること、心がぐちゃぐちゃだ。


 突然胸が苦しく……息を吸っても治まらず……目の前が暗くなっていく……



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