04 聖女の泉
「あ!」
私は、小声で驚いた。
中庭の植木の陰に隠れるようにして覗き見していた第二王子を、見つけてしまったから。
私たちと同じく学園の制服を身に着け、ぼう然と立ち尽くしていた。
学園の制服には金糸で派手な刺しゅうが施され……そうだ、コイツも、第一王子と同じクズ野郎だった。
第二王子であるマズルカは、クリ毛でブラウンの瞳、まぁまぁのイケメンであり、彼も学園の同級生である。
次の婚約契約書へのサインとは、第二王子と筆頭侯爵令嬢のことらしい。
「わたくしは聖女ですから、第二王子と婚約するのは義務です。でも、タロス様と婚約するのは、真実の愛なのです」
筆頭侯爵令嬢のイザベラ嬢が言いだした。どういう理屈なんだろう?
聖女様がここに居たら、きっとあきれていると思う。
あ、第二王子が、青白い顔で走り去った。その背中は泣いているようだ。
「筆頭侯爵令嬢の聖女判定は、行われていない」
王弟殿下が、ボソッと事実をつぶやく。彼らしい……私のハートが、少しドキッとした。
顔色を見られないよう、うつむく。
「王弟殿下! 聖女を狙って独身でいるそうですが、わたくしを狙っているのですね。デートしたいのなら、ハッキリと言ってください。王弟殿下とデートして差し上げますから」
イライザ嬢……王族に向かって、それは無いだろ、不敬罪だ。
王弟殿下は、王国の安定を考え、独身を貫いているのだ……きっと、そうに違いない。
「僕は、いずれ国王になる。王弟殿下よりも偉いのだ」
いや、次の王太子を定める法案が、貴族院の承認を得ていない現在、王位継承権第一位は王弟殿下である。
それすらも分かっていないのか、このクズ野郎は……
「その偉い僕が、イライザの紫色の瞳を信じると言っている。紫の瞳は、聖女の証だ」
第一王子が誇らしげに言った。そうなのだ、イライザが高慢ちきなのは、爵位が高いだけではなく、聖女の証と言われる貴重な紫の瞳を授かったからだ。
「それに比べて、フランソワーズはどうだ。時代遅れの青緑の瞳じゃないか」
急に、第一王子が話を私に戻した。
瞳の色は生まれつきで、変えることが出来ないのだから、瞳の色で女性を評価しないようにと、学園で習っただろうが! 少しイラつく。
「しかも『魔力ゼロ』だ!」
私は、学園の魔力測定で、学園で初めての『魔力ゼロ』を記録した。
これは「剣と魔法の世界」なのに魔法が使えない、つまり落ちこぼれであることを意味する。実は、誤解なのだが、私は言い訳する気はない。
ピエールヒゲ、いや筆頭侯爵が、困っている。
「第一王子……青緑の瞳は、王国で唯一、フランソワーズ嬢が有している色で、正妃様が好きなエネラルドの輝きであります」
へぇー、私を擁護するんだ。それほどまでに、私を第一王子と婚約させたい理由があるのか。
「ここは、なんとか予定どおり婚約誓約書にサインして頂けませんでしょうか」
司会進行の筆頭侯爵が、自分の仕事を思い出し、サインを催促した。しかし、聖書台にあった「婚約契約書」は無くなっている。
「あれ、風に飛ばされたか?」
なんだ、この茶番は! 私は、この腐ったヤツらをぶっ飛ばしたいけど……私にそんな力など無い。
「僕は、こんな女とは婚約しない!」
第一王子が、侯爵令嬢である私の肩を、ドンと強く押した。予想外のことに、私はよろめき、数歩ほど後ろに下がった。
「あっ!」
聖女の泉の縁につまずき、ゆっくりと体が倒れる。
「まずい」
私は、冷たい水に触れると、体が硬直する!
全身に冷たい水が襲って来た……もうダメだ、この世界でも、私は溺れる……
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