02 第一王子の婚約者


「僕は、この優しいイライザと結ばれる」


 第一王子のタロスが、幸せそうな顔で言った。これまでいくつもの愚行を行なってきた彼だが、この発言は最大級の愚行だと思う。しかも、聖女の泉という、神聖な場所でだ。


 婚約する私たち二人を見守るのは、黒いエンビ服で立会人を務める王弟殿下、同じく黒いエンビ服で司会進行を務める筆頭侯爵の二人だけのはずだった。


 しかし、なぜか筆頭侯爵の令嬢、イライザも参加し、第一王子の横に寄り添っている。



「そうです、タロス様は、愛のない政略結婚に縛られず、わたくしと、真実の愛に目覚めたのです」


 イライザ嬢が、高圧的な態度で、言い放った。二人は名前で呼び合う仲なのか。


 彼女は、金髪で、まぁまぁの美人……特筆すべきは、貴重な紫色の瞳を持っていることだ。第一王子と同じく、王立学園の同級生であり、学園の制服を着ている。



 私と第一王子とは政略結婚である。そこは認めよう。

 私は第一王子を愛していない。そこも認めよう。


 しかし、政略結婚を命じたのは正妃である。彼女の機嫌を損なえば、処罰されるだろう。



「この政略結婚は、正妃様の命令です。第一王子様は、母親である正妃様の許可を得ているのですか?」


 第一王子は無類の女好きで、誰であっても婚約を迫ってくる。


 そんな第一王子を、私は初等部の頃から見てきて、嫌気がさし、なんとか婚約を破棄できないものかと、そう思ってきた。


 でも、無理だった……



 私の父であるエメラルティー侯爵は、貴族の派閥において中立派である。


 私と第一王子が結ばれることによって、筆頭侯爵の第一王子派と、父の中立派が合わさり、派閥の勢力が貴族院の過半数を超え、国政が安定するのだ。


 私の意見には全く耳を貸さない完全無欠な政略結婚である。侯爵の娘として、政略結婚は義務と言われている。王国の安定のため、国民のためなら、仕方ないと幼いながら私は諦めた。



「いずれ国王となる息子が、真実の愛に目覚めたのだ。母も喜ぶに違いない」


 これは、正妃には言ってないな……彼は自己中心的な男だった。



「ひどいです。私には、真実の愛がないと言われるのですか?」


 とっさに出た私のセリフは、少し芝居臭かった。恥ずかしい。


「オーホホ! そのとおり、わたくしの真実の愛に比べたら、足元にも及びませんわ」


 イライザ嬢が、高笑いしながら、乗ってきた。

 彼女の制服も、金糸でケバケバしい刺しゅうが施されているが、彼女の父は筆頭侯爵と爵位が高いため、誰も指摘できない。


 私は目を伏せた。



「フランソワーズ嬢の侯爵家は、領地からの収入が落ちて、身に着ける宝石は古い型遅ればかり、おまけに娘は魔力ゼロ判定で、瞳の色も聖女の証である紫色を授かっていない。エメラルティー家が無くなっても誰も困らないわ」


 悔しいけど、我が家の収入が落ちているのは、事実だ。鉱山から出るエメラルドが枯渇した。


 私が身に着ける宝石は年代物で古臭いが、それは由緒ある家柄であることを示している。何も恥ずかしいことではない。


 私が魔力ゼロ判定なのは、事実だ。剣と魔法の世界で、魔力ゼロは、落ちこぼれを意味する。しかし、ゼロなのは、人に言えない理由があるからで、魔法は使えるはずだ、たぶんだけど。



「わたくしは真実の愛を貫きます。フランソワーズ嬢は、そんなこともできないようね」


 私は、愛を貫けない……彼女の言葉に、身体が硬直した。そうだ、私は愛を捨てて、政略結婚を選んだ……古い不器用な令嬢だ。



「僕は、このイライザ嬢と婚約する」


 第一王子の婚約宣言など、私の耳に入ってこない。



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