GO-1

「ああ……久しぶりだな」


「ええ、そうですね」


「演説はテレビで見た。その、凄かった」


 電話を通した二人の会話はたどたどしかった。

 まるで数年ぶりに再会した幼馴染のようだった。

 そんな重たい空気を、振り払うようにマリアンナは笑い声をあげた。


「そんな緊張しなくても、周りには誰もいません。

 私とあなただけです」


「それはわかってるが……」


「私はこのような身分で、対等な相手というのがいません。

 今、この瞬間だけは付き人もいません。

 だから、ね?」


 いつかとおんなじことを言われ、ウルフは苦笑を浮かべる。

 だが、すぐに顔を引き締めた。


「俺のせいで、迷惑をかけているみたいだ。

 世間からのバッシングも酷かっただろう」


「ええ。

 ですから、こうして何人もの人を頼って、あなたに文句を言いに来たのです」


 言葉と裏腹に、マリアンナの声は弾んでいた。

 声を弾ませたまま、彼女はウルフに語った。


「忘れないでください。

 この電話をあなたのもとにつなぐのに、コルサックやベルヌーイ、それから他の国の大勢の方々が協力をしてくださいました。

 私たちと同じ志を持つ人々は、少なくありません」


「……」


「私としては、大きなことをしているつもりはありません。

 あの日の、冒険のような日のあの日の続き。


 難しいことではないと思います、前と同じことをするだけ。

 私たちはあの日決められた運命を変えたのですから」


 偶然か、必然か、ウルフとマリアンヌは立ち上がり、窓辺へと向かった。

 夜空には大きな満月が昇っていた。


「少し距離は遠いかもしれませんが、空はつながっていますから。


 ふふ、ありきたりなの言葉ですが」

 

 月というワードに因縁があったウルフは、気恥ずかしさに顔をしかめた。


「忘れてくれ」


「忘れませんよ、一生」


 マリアンナは力強く、儚げに呟いた。

 そこには不安と葛藤も含まれていた。


「ウルフさん。

 月が綺麗ですね」


「……ああ、そうだな」


 ウルフは月を見上げながら、呟いた。


 ◇


 翌朝、廃飛行場には修復されたグリペンの姿があった。

 ATCの社員たちが企業を裏切り、予備パーツと共にウルフ側についたこともあったが、地元住民たちがグリペンの残骸を拾い集めていなかったら、パーツ不足で組みあがらないところだった。


 グリペンの最終確認が終われば、ウルフが乗り込み、決戦へと赴くことになる。


 愛機を遠くから見つめるウルフの傍らに、フォックスが来る。

 彼女は袖と袖が振れあうほど傍に立った。


「マリアンナ皇女殿下は私たちの立場の為に、力を尽くしてくれました。  

 でも、それでも……あの電話はずるいと思います。

 雰囲気ありすぎです」


「……聞いていたのか?」


 ウルフとマリアンナの関係は二人だけの秘密の筈だが……とウルフは思ったが、フォックスはそっぽを向いて、こう言った。


「アシアナ王国での一件の時、フライトレコーダーのデータ消し忘れていたでしょ?


 盗み聞きする気はなかったけど、あんなの残されていたら……」


「あ」


 ウルフは取り返しのつかないミスに天を仰いだ。

 そんなウルフの肩に、フォックスは身を寄せた。


「でも、彼女は自分の立場を危機にさらしてでも、迷うことなくあなたを庇った。


 私はあの時、あなたを庇えなかった」


「庇えなかったって、遠隔でAEWの管制機能を封じられたら誰だってどうしようもないだろう?」


「ううん、前から。

 前の戦争のころから、私はあなたを後ろから眩い英雄ヒーローとして、憧れの目で見ていました。


 でも、今日からは……!」


 フォックスはウルフから身を離すと、ふわりとしたクリーム色の髪をまとめ上げた。


「私はあなたと共に戦う。

 今日から、明日も」


 その時、エンジンの咆哮が鳴り響く。


「よし、行ける! 

 全員、機体に乗り込め! おっぱじめるぞ!」


 ジョーは我先にと、まるで犬のようにフルクラムに乗り込む。

 キーテは十字を切り、空を見上げた後、ゆっくりとフランカーに乗り込んだ。


 ウルフとフォックスは頷き合い、それぞれの乗機へと向かった。


 グリペンの操縦席は一部荒々しく修繕された個所もあったが、ほぼ元通り、見慣れたコックピットだった。

 一度、地面に触れて、また飛び立つ。


「Touch & Goか」


 ウルフは一人、呟いた。


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