Touch-2
「ウルフ、無線は聞こえますか?」
「感度良好、どうぞ」
「まもなく、車列が国境に差し掛かる頃です。
対空レーダーには異常はありません。
そのまま地上を監視していてください」
「了解」
ドラケンからグリペンのコックピットに戻ったウルフは、機首のカメラで水平線を見渡す。
雪が積もる道を数十台のトラックと車列が猛然と突き進んでいる。
ヴァルハル島での戦闘から1か月。
ベルヌーイ内地で戦闘を繰り広げていた過激派は勢力を失い、活動を停止した。
戦争終結から3年余り、ようやく地平線の向こうに見えるベルヌーイの土地から黒煙は見えなくなった。
「こちら、第11飛行隊所属、アークエンジェル隊。
ATC部隊へ通達、我々はC空域の哨戒飛行を行う」
「了解しました。幸運を」
フォックスとコルサック空軍のパイロットが無線交信を行い、F-15の編隊が飛び去っていく。
二つの国の合同開発はATCと人民重工の企業間合意によるものだが、コルサック新大統領デイビッドはこれを不満に思った。
自分を差し置いて何様のつもりだと、自分の手柄にするため、監視役として軍を派遣したのだ。
ATCの上層部は表向きは納得しつつも、かなり不満のようだ。
ただ、警備が厳重になることは間違いないので、現場のウルフとしては悪い話というわけではないのだが。
「……傭兵が」
ノイズにまみれたコルサック空軍パイロットの嫌味が聞こえてくる。
彼らの中にはATCの存在が気に食わない人間もいるようだ。
「やめないか、任務に集中しろ!
部下が失礼した! こちらはレッドデビル隊クロックワイズ中佐だ。
待て、そのグリペン。君は白狼か?」
「……そう言われていたこともあるが」
ウルフが警戒しつつ、謙遜気味に答えると、クロックワイズという生真面目そうなパイロットは声を弾ませた。
彼は乗機であるF-15をグリペンに近づけてきた。
「やはりか!
レイラント包囲戦で同じ空にいたんだ。
軍からいなくなったと聞いてもしやと思ったが……」
「もしやと思った?」
「私の上官はPTSDで除隊したあと、職に就けず、行方不明となった。
君はそうではなかったようだな。
だが、新大統領はもっと酷い。奴の政策により、整備部隊の五分の一は解雇された。整備が行き届いていない機体は不安だし、私自身のクビも他人事ではないな」
自重気味に漏らす彼の言葉で、キーテの姿が思い浮かび、ウルフは何も返すことができたかった。
「いや、悪かったな。久しぶりに前の戦争のことを思い出し、つい愚痴を漏らしてしまった」
「前の戦争か。
俺の上司は、前の戦争ではその機体に乗っていたと言っていた」
ウルフの上司、ターンストンのことだ。
初対面の時、彼は誇らしげにイーグルドライバーだったということを語っていた。
だが、それを聞いたクロックワイズは疑問を呈した。
「ターンストン? そんなやつ知らないな」
「別の部隊だったんじゃないのか?」
「いや、このイーグルはコストが高い。コルサックじゃ全部で16機しか運用していないし、全員と顔見知りだった。だが、そんな名前……。おい、誰か知っているか?」
部隊の面々も首を捻っているようだ。
ウルフも疑問を感じ始めた時、遠方からの無線が入った。
<聞こえるかね、ウルフ>
「ターンストン主任、ちょうど今」
<カメラを動かし、私に国境を見せてくれ>
「あなたがイーグルドライバーだって話は」
<カメラを動かし、私に国境を見せてくれ>
全く同じ語句を、全く同じ声色で繰り返すターンストンに不気味さを感じ、ウルフは国境にカメラを向けた。
ベルヌーイの車列が、国境にバリケードと共に設置された検問に差し掛かろうとしている。
<ようやく、動くあの国境が。忌まわしきあの国境が。
素晴らしい仕事だ!ウルフ、感謝しよう、本当に、心から!>
「俺もあなたに機会をもらえて」
<だから、君の役目はおしまいだ>
直後、カメラに映し出されていた国境に差し掛かった先頭のトラックが爆発した。
検問は兵士ごと跡形もなく、消し飛んだ。
そして、後続のトラックの帆が勢いよく剥がれ、中から戦車や装甲車が現れた。
それらは次々の国境沿いのフェンスを突き破り、コルサックへと侵入した。
<さぁ、始めるぞ! 同志諸君!>
狂気を感じるほどに、興奮したターンストンの声はもはやウルフに向けられてはいなかった。
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