あの空へ-10

 10分後、島の至るところで爆発音が聞こえ、夜空には戦闘機の爆音が響いていた。

 ウルフはドラケンの駐機している飛行場まであと少しというところまで来ていたが、激しい銃撃戦に出くわし、建物の陰から身動きが取れなくなっていた。

 ベルヌーイの工作員と島の民達が争っているようだ。どうやら、ベルヌーイ側についている島民も少数いるようだ。


 当然、ウルフは銃を持っておらず、扱うスキルも持ってなかった。

 空ならば、大熊が作戦を立て、フォックスが導いてくれるのに、こういう時に一人の無力さを感じる。

 どうにかして自分が扱える武器ドラケンのところまで行かなくては。

 都市と空港の間の幅の広い大きな幹線道路を行かなくてはならない。

 闇の中なら滑走路まで走れば、なんとかなるだろうか?

 意を決してウルフが走り出そうとしたとき、誰かに後ろから襟首をつかまれた。


「待て、待て。

 連中は暗視装置持ちのプロだ。

 闇雲に出て行ったところで、蜂の巣にされるのがオチだ」


「シェフ? 」


 ウルフを止めたのは、シェフだった。

 こんな時だというのに、シェフは慣れた手つきでライフルを取り回し、ニヒルな笑みを浮かべていた。


「慣れているのか?」


「荒事なら4か月に一回ペースであるよ。 

 この規模は数年に一度だがな。


 にしても、あんたは馬鹿だな。

 あんな怪しい女にノコノコついて行って、こんな銃撃戦の中へと飛び出そうとするなんて。

 笑える、底なしの大馬鹿野郎だ」


「……言い過ぎだ」


「だが、同時に底なしにいい奴だ」


 シェフは物陰から身をひるがえし、ライフルを発砲していく。


「大体、俺達みたいな前科者の経歴を知った連中は、間違っているだの、気持ち悪いだの言ってくる。あとは黙って、遠ざかっていくやつらが大概だ。

 あんたみたく、さらっと受け入れる人間はそういないさ。


 マコヴィッキィ、アラバナ!」


 シェフが後ろの通路に向かって声を荒げると、陰からホテルの従業員たちが現れた。

 彼らは厚着の制服を脱ぎ捨て、代わりに防弾ベストを羽織り、腕にはライフルを構えていた。


「シェフか! ベルヌーイ人の連中と、奴らと手を組んだ中華街の連中が暴れやがっている!」


「前々から馬鹿な連中だと思っていたが、まぁいい。痛い目にあってもらおう。

 マコヴィッキィ、飛行場の西の大通りにカールグスタフを撃て。

 お前はミニミで援護射撃だ。

 大通りを横切って、飛行場へ行く。お前たち3人は俺についてこい」


「シェフ、こちらのお客様は?」


「ダチだ」


 シェフのその返事を受けると島民たちはなんの疑いもなく、素早く配置につく。


「よし、行くぞ」


 シェフたちに囲まれるようにして、ウルフは飛行場へと向かった。


 ◇


 幸い、格納庫の中のドラケンは無事だった。

 格納庫の周りをシェフの仲間が護衛する中、ウルフが急ピッチで機体を立ち上げる。


 ウルフが合図をすると、格納庫の扉が開け放たれる。

 だが、その時、夜目が効くシェフが滑走路上に陰に気づいた。


「待て、滑走路に何かいないか?」


「あれは、ペガサスか?」


「おとなしく守られてればよかったものの、VIPの連中勝手に逃げ出したようだ。

 しかも、仲間を見捨てて、我先にとな」


 ホテルの人間から話を聞いたシェフがコックピットによじ登り、ウルフに教えた。


「話してみる。

 ペガサス、こちらウルフだ。

 どうして、指示に従わずに勝手に逃げ出した」


「よ、傭兵か!? 丁度いい、我々の囮になれ!」


 あの機長は慌てた声でも、傲慢な態度は捨ててはいなかった。

 ウルフが眉を顰めていると、ペガサスのコックピットで言い争うような声が聞こえた後、無線の声の主が変わった。


「私だ、シエラだ。

 傭兵。 40万ドルだ。一括でこの額を渡す。

 私が率いる企業はコルサックに必要不可欠なものだ。

 貴様が本当に英雄だというのなら、私に証明して見せよ」


 シエラは傲慢な態度を崩すことはなかったが、一生遊んで暮らせるような大金を提示してきた。

 だが、ウルフはそれに首を縦に振ることができなかった。


「代わりの条件がある」


「まだ望むのか、卑しいやつ。言ってみろ」


「あなた達、資本家が推し進めた身勝手な政策によって、俺たち軍人は苦しめられた。

 今でも苦しんでいるのが大勢いる。


 そのことを頭を下げて、真摯に謝ってくれ」

 

「おい、ウルフ!?」


 シェフは驚いたように、ウルフを見やる。

 そんな安い条件で、と言いたげな様子だった。

 だが、無線機の向こうのシエラは怒気を孕んだ声で叫んだ。


「何をほざくか、一兵の分際で!

 奴隷階級ごときが、この私に頭を下げろだと!?

 万死に値する!


 貴様の薄汚れた、汚い前足など誰が手を取るか!?」


 ヒステリックに叫ぶシエラは、さぞ顔を真っ赤にさせているのだろう。

 シエラが積み上げた札束と同じく、それ以上に積み上げられたプライドは、生命の危機よりも自分の非を認めることを拒否した。


 それはキーテが言っていた歪んだ世界の縮図だった。


「機長、離陸させよ!」


「えっ!? しかし!?」


「構わん!

 無線をこの島にいる有象無象共につながるようにせよ!


 ベルヌーイの連中、どれぐらいの額が必要だ! 言って見せろ、この犬畜生共!」

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