第二回 神学者たちの怒り
女性しか生まれないそれ
人口数百万の大きな市の中の、小さな町。
都会とも田舎とも言い難いような町の中にある、小さな教会。
そこの神父は、一時有名人になっていた。
私が出会った彼は頭は白くなっていたが目付きは変わらず、宗教家と言うよりジャーナリストか政治家のような顔をしていたはずだったのに宗教家に戻っていた。
「最近どうですか、ずいぶんと静かになったんでしょ」
「私はあくまでも神に仕える者です」
往時の事をやんわりと聞いてみるが、本人はそれ以上何も言わない。自分なりに使命を果たしたとして満足したのか、それとも過去の行いを振り返りたくないのか。
とか言う邪推を起こすには、彼の顔はずいぶんと穏やかだった。
それはおそらく、長年の戦いに疲れた顔。
終戦を素直に受け止め、戦いの中で封じ込めていた笑顔を吐き出しているかのような切ない笑顔。
宗教家としてのアイデンティティを全て賭けたはずの戦いの、あまりにもあまりな結果。
かつて面会するのにもアポを取ってひと月ふた月町当たり前だったはずの彼は、もはやすぐにでも会いに行ける気軽な町の神父さんと化してしまっていた。
「女性だけの町」に反対する勢力として大きな力を持っていたのが、宗教界の人間だった。
より正確に言えば、その女性だけの町のアイデンティティのひとつにだ。
女性が雇用に当たって差別される理由の一つが、出産だった。
いくら育児を男女平等にした所で、妊娠・出産の痛みは平等にできない。
それから出産即仕事復帰なんてもってのほかだし、どうしてもキャリアはぶった切られてしまう。
そのために開発されたのが、「産婦人科」のシステムだった。
女性しか産まないように調整された受精卵、16の16乗の通りのそれを用意し、必要を感じた時に「出産」と言う形を取る。さすれば妊娠中と言う名のキャリアが途切れる事はないし、その痛みも生じない。しかも「女性だけの町」の最終的問題である「子ども」もできるし、ほぼ同時に作られた「夫婦」ならぬ「婦婦」と相まって家族の形成も可能となる。
文字通りの究極のシステムであり、女性だけの町を望む人間にとって悲願とも言える研究だった。
だがその研究が進むにつれ、反対の声を上げた勢力があった。
その筆頭が、この神父だったのだ。
曰く、まったく自然の摂理に反している。
クローンでさえも問題なのに人間の受精卵を作って保存する事自体人間と言うか幼児を家畜と同じかそれ以下の扱いをしている。
子どもはちょっとジュース買って来るかのノリで作れる存在ではない。
女性だけの町は子どもにとって決して永住の地ではなく、外の世界へと出て行く事もある。その際に子どもが生まれたらどうなるのか。「息子」をちゃんと育てられるのか、と言うか生物的に産めるのか。
そんな宗教家であると同時に科学者としての視点も入った彼の言葉から始まった論争は、一時期相当に話題になった。
「もっとも女性だけの町の住人たちは第二次大戦と言う名の町の作成に熱心であり我関せず状態が続き、外の世界で勝手に騒がれているきらいがありました」
と当時彼の事を取り上げていた編集者さんは言っていたが、実際女性だけの町の住民はそれほど彼の訴えに熱心に対応していなかった。
専門の窓口と言うか対応役を一人置き、丸投げまでは行かないが窓口として任せきっていた。その女性は後に女性だけの町の町長になったから確かに信頼はされていたのだろうが、自分たちのアイデンティティを脅かす存在に対するに当たってはずいぶんな対応だったとも言える。
—————アダムとイブの話をする気もないが、生物にはオスとメスがある。
神がわざわざそうやって数を増やせるように作ったと言うのに、なぜそれを破棄するのか。
人類の傲慢の極みであり、科学万能と言っても限度と言う物がある。
人類が楽園を離れるに当たり恐怖を覚えたのは確かだが、その恐怖の行きつく先に繫殖さえ拒むなど種としての自滅でしかない—————。
この牧師の言葉にも、
自分たちはただ安全を求めたいだけ。
誰にも脅かされる事のない安定を求めたいだけ。
そのための楽園を作るに当たり、この存在は決して譲れない。
とか言う言葉を繰り返すのみ。
その楽園を作る事に集中しているんだから放っておいてくれと言う、拒否と言うより無視と言うべき回答。
だが楽園創生とか言う神職にある者からして相当傲慢を極めたそれを口にした彼女の目は、不思議なほど澄み切っていたらしい。
そしてその時から今まで、女性だけの町には宗教施設はない。
最近宝くじと言う名のギャンブルすら取り入れようと言う案すらあるのにだ。
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