「必修科目」

 —————少しでも、敵視と言うそれをすればすぐさま息子にそっぽを向かれる。



 土曜日六時半は、彼女にとって戦場だった。



「始まるわよ」



 言葉がどうしても平板になる。

 情報を事前に調べる限り、間違いなく自分が子どもの時のそれと比べても過激化している気がする演出。実際には先祖返りらしいが、それでも自分より上の世代がそんなレベルのそれを見ているのかと思うと正直それだけで痩せられる気がする。




 始まった。母親として言える事は、アニメキャラが言っているのと同じ事だけ。


 部屋を明るくして、離れて見ろ。


 そんな内容とはびた一文関係ない言葉を言い聞かせる事で必死に息子にマウントを取る自分が嫌ではあったが、同時に嫌いではなかったのも事実だった。だがすぐ、嫌いになった。


 なぜ、自分はこんなのと戦わねばならないのか。

 なぜ、こんなののせいでやる気にならねばならないのか。

 どうしてもその感想が頭に浮かんでしまうのが良くないのはわかっているが、どうにも消えない。

「えっと、あ、始まったわ…ほらちゃんと離れて」

 雑念を取り除きかつ自然な顔をしようとする。それだけでそれなりに疲れてしまう。


 スマイルレディーの時には、そんな事はなかったのにだ。


 子どもからしてみれば楽しいはずのアニメが、自分にとってはこんなにも重くなるだなんて。大人になると時間の進み方が早くなるとか言うのは嘘だなとか思いながら、じーっと画面に向き合わされる事十分余り。

 コマーシャルが出ると同時に息子はトイレに行き、そして一人になった彼女は気付いた。




 —————これは、大人の「必修科目」なのだと。




 どの程度まで許し、どの程度まで抑え込むべきか。それを見極めさせられている。

 少なくとも本人がダメと言うまでは、そのままでいいのかもしれない。


「しかしチン○見せるまでやるか?」

「確かに立ちシ○ンまではそのままとしてもさ」

「これも昔だったら全カットだったろうな、あ、その前に放送がねえか」

「なんか史実とリメイク版の混合って感じ。Bパートはどうなる?」


 それでもスマホを見てネットのトレンドを注目してしまうのは、よそ様の意見と言う名の味方を探してしまいたいと言う切迫した心理だった。


 だがその中に混ざる1つのコメントに、思わず息を吐いてしまう。

「まだCM?」

「大丈夫だから」

 CMの間に戻って来た息子に合わせるようにスマホから目を離し、テレビに目をやる。

 主人公の暴れぶりもさることながらゲストキャラらしいそのキャラの肌色はやたら多くなっており、ネット上で言われているようにそこまで増やす必要があったのかさえ思えて来る。ただでさえ露出とか以前に主人公の無敵ぶりを利用した生身の人間ならばグロテスクな事になるのが想像できるような趣味のよろしくないギャグがあったと言うのに、ほとんど反応している声はなかった。



 —————もし原作かそれ以上に過激な演出の原因が、あれだとしたら。




(邪魔者が消えてくれてせいせいした、って……)




 子どもの事なんか構わなくていい人間が、自分自身の思想信条に基づいてだけ動けるようになったら。それこそ、自分自身の幸福のためにのみ動くのではないか。その結果今まで抑制されてしまっていたそれが浮かび上がりもしそれらの抑制がなかった時のそれよりも過激になっていると言うのであれば、「彼女たち」は実にばかばかしい存在であると言う烙印を押されてしまう。


 ただそれは、より原作に忠実である演出を楽しめるのと自分たちの思想信条を叶えられているという点ではWin-Winなのだろう。だがそのWin-Winは両者だけであり、それら以外の存在を置き去りにしているのではないか。


 そしてそれは、一体誰の責任なのか。



「やっぱりダメなの」

「そんな事はないわ、みんなも面白いって言ってるし……!ってかごめんね、私何にも知らなくて……」


 そんな事を考えている間に時間は経ち、いつのまにかエンディングテーマになっていた。

 長いか短いかわからない三十分の終了と共に、彼女はゆっくりと腰を上げた。




※※※※※※




 これらの話は、全て彼女本人に取材を取り付けた結果得た情報だ。


 近所の居酒屋で二人して静かに酒ばかり呑む迷惑客である我々に対し、店員たちは寛容だった。

 もちろんより迷惑なのは私だっただろう。お酒の飲む量が1:5だったのだから。


 しかし1:5の1であったはずの彼女は、かなり酔っていた。


「親って大変ですよね、まあ今の方が昔より大変かもしれないしそうでないかもしれませんが。でも少なくとも、今の親は技術の進歩について行かなきゃいけないんですよね、その点は損かもしれませんけどね……」


 私は女だが、親ではない。別に嫁の貰い手がない仕事でもないはずだが、なぜか出会いとも縁のないままここまで来てしまった。

 その事を、私は別にどうとも思っていない。だが世の中にはそれをひどく軽蔑する存在もいるし、親もある時までは親になれと言って来ていたが、今ではもう匙を投げたのだろうか。


 もし女性だけの町があろうとなかろうと、こんな問題は起きたのだろう。


 形が変わっただけで、親は悩まされ続けるのだろう。


 ただそれが旧来のそれと類似しているのは少しはましかもしれないと言うのは、筆者も年を食ってしまった証拠かもしれないが。 


 とりあえず、今度新作映画をやるあの国民的アニメの原作本でも買い、露出の多さでも確認してみようとは思っている。

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