「よそはよそ、うちはうち」の罠

 作画はいい、音楽も許される。




 —————だが、主人公のデザインも野暮ったい上に、ストーリーがあまりにも悪い。それがアラフィフママの言葉だった。




 必死に学問に励む、成績ナンバーワンの完璧超人が、そのご褒美として学校の保健室の先生から「あなたならば大丈夫」と言う事で力を授かる。

 そしてその力に悩んでいるといきなり「タリキーズ」を名乗る悪党が町に現れ、次々に手先を送り出して学校を破壊しようとする。

 主人公は、その「タリキーズ」に立ち向かうために「スマイルレディー」に変身、タリキーズを魔法で封じ込め、暴力を振るった彼らをどこか遠くの島へと飛ばす。

 最後に主人公は元の姿に戻り、戦うヒロインとしてみんなからもてはやされるようになる。


 


「努力は報われるって感じでいいと思いますけど」

「奥さん、そんなに毎日余裕がない訳?」

「でもああいうのは癒されると思いますけど」

「癒されるって……」

「え?そのためにアニメってあるんじゃないですか?」

「言っちゃ悪いけど、あれは正直つまんないわよ」

「ええ……??」


 だが彼女にとってはそれが最高傑作に映っていたから素直に驚き、アラフィフママたちの目を丸くしていた。


「あのね、誰か言ってたけど名作のそれと同じぐらい駄作の話って盛り上がるのよ。人間なんてそんな物よ」


 アラフィフママは、ボーっと安心して見ていた彼女に対し丁重に内容を説明する。



 唐突な力に悩んでいると悪党が町に現れ学校を破壊しようとする。

 これはまだいい。

 主人公が敵に立ち向かうために「スマイルレディー」に変身する。

 それもいい。

「でもねえ…」

 だがその力を与えられ乃が必死に学問に励む成績ナンバーワンの完璧超人だと言う時点で、一般人が感情移入するのは難しい。

 その力を与えるのも学校の保健室の教師と言う、あまりにも近すぎる存在。

 

 で、タリキーズを魔法で封じ込め、暴力を振るった彼らをどこか遠くの島へと飛ばすと言うのは、どうにも爽快感に欠ける。

 さらに言えば、彼らが何の打撃も受けず安らかそうに眠る姿は、とても敗者であり破壊者である存在のそれには見えないと言う。

 そして彼女が正体をいきなり明かすと言うのも、まるで最終回ではないか—————。




「あれでも精魂込めて作ったらしいけどね。悪いけどあれはダメね。ま、蓼食う虫も好き好きかもしれないけど」

「そういう業界にお勤めだったんですか」

「まさか。私だって今あなたの子と同い年の子が四番目でね、それこそ三人の子どもと一緒にずーっとアニメなんか見て来たんだから、面白いとかつまらないとかぐらいわかるわよ。眠くなる方が先。なんて言うか当たり前を外しすぎて誰にも当たらなくなっちゃったって感じで、これもうなんて言うか…アハハハハ……」


 最後には笑い出してしまったアラフィフママを止める存在は、誰もいない。

 

 どうやら、あの「スマイルレディー」はたった一話、三十分の段階でとんでもない駄作と言う事で確定しているらしい。

 無論人の好みなどそれぞれだが、少なくともここにいる女性たちにとっては完全な駄作、それこそ時間を割くのも無駄な代物で確定らしい。


「ねえあなた、息子さんにこれ見せたの?まあそれは別にいいけど、うちの子が言ってたわよ、まるでとんでもない名作を見たみたいにキラキラしながらしゃべってたって」

「ですけど」

「あなたの息子さん、その日から何て言われてるか知ってます?」

「女っぽいとかですか?」

「SL息子って言われてるらしいけど、息子さんから聞いてないの?」




 そして彼女の息子はのあだ名は、SL息子になっていた。


SmileLadyスマイルレディー」の頭文字を取った上に、SLのように古臭いと言う意味も込められている、悪質ながら言い得て妙なあだ名だった。

 と言うか、虐待すら疑われてしまっている息子の環境自体が現代に対応できない古臭いそれであると思われているとも言える。


「皆さん本当に平気なんですか」

「平気よ。それとも何、あなたまさか今度のPTAとかであれは害毒だって騒ぎたいの?」

「……………………」


 アラフィフママの問いに対し沈黙をもって肯定に変えると、喫茶店に深いため息が飛んだ。


「あのね、そんなにビクビクしてどうするの。と言うかね、あなたの場合仮に見せてもこんな事しちゃダメよって三十分どころか四六時中ずーっと言い聞かせてそうで楽しめないんじゃないかしら」

「………………」

「男の子が怖いの?」

「………………」

「恥ずかしがらないで言っちゃいなさいよ」

「怖いです。あんな、あんなみっともない真似をするのが……自分の子どもがあんなになったらと思うともう二度と外を歩けないぐらい……だから、だから嫌なんです。皆さんだってそうでしょう、ねえ、ねえ!」


 ようやく自分の危惧を吐き出してみたが、視線は冷たいまんまだった。親として、一番大事な事のはずなのに。なぜだ、なぜわかってくれないのか。

 その困惑がいら立ちに変わる間際、アラフィフママはまた口を開いた。




「あんたねえ、何威張りくさってるんだよ」

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