伝説の剣が折れました

月ノ輪球磨

第1話 伝説の剣が折れた!

 かつて伝説の勇者が使っていたと言う伝説の剣、それを引き抜いた者こそ真の勇者だというしきたりが出来てから1000年。

 世の勇者達は伝説の剣を引き抜くのではなく、自分の剣で魔王を倒そうという考えが一般的となり、伝説の剣を引き抜こうと言う者はほとんどいなくなった。

 そんな時代、1人の勇者を目指す、長い黒髪に赤い眼の少女『イヴ』が伝説の剣の前に立っていた。

 イヴは固唾を飲み、緊張した面持ちで伝説の剣の柄を握る。


「よし…いくぞ」


 イヴが力一杯引き抜こうとした瞬間、バキンッと大きな音を立てて剣が真ん中から折れた。


「え?……えぇ!?お、折れ、折れた!?」


 イヴは驚き、折れた剣と台座に刺さったままの切先を交互に見て慌てる。


「ど、どうしよう!?折れちゃったんだけど!?ええぇぇ!!?」


 イヴは頭を抱え、慌てふためいていると、台座に刺さっていた切先が台座から転げ落ちる。


「自然に抜けたぁ!?」


 次々と経年劣化した伝説を前に驚愕と落胆の感情を爆発させたイヴは、しばらくして落ち着き、折れた剣と切先を回収して魔王討伐の旅に出ることにした。

 元々、剣が抜けなくて魔王討伐に出るつもりだったが、まさかこんなことになるとは思わず、イヴはもういっそ折れた伝説の剣で魔王を倒そうと半ばヤケクソ気味に、夜逃げのようにそそくさと旅に出るのだった。

 このご時世、伝説の剣を抜こうとする者は居ないが、イヴは願掛けとして伝説の剣に挑み、ある意味勝利して伝説の剣を倒した。


(どうしようコレ)


 普通の剣の鞘に切先が無い折れた剣を入れ、切先は荷物の中に布でぐるぐる巻きにして入れた。


(はぁ、折れたのって私のせいかな?経年劣化だよね?むしろ1000年も朽ち果てなかっただけ凄いよ)


 少々不貞腐れつつ、魔王城を目指して旅に出たイヴは幸先どころか一歩先すら見えない絶望的な状況に頭を抱える。








 旅に出たイヴは、他の勇者達と同様に村々を巡り、装備を整えつつ魔王城を目指す。

 最初にやって来たのは、活気あふれる商業都市『グリコール』。

 グリコールには傷薬や旅に役立つアイテムが買える、旅の準備にはうってつけの大きな都市。


(まあ、それらのアイテムが買えればの話だけどね)


 買う人が多く、商業が発展していると言う事もあり、物価は高い。

 イヴは有り金で最低限のアイテムを購入して出発しようかとも考えたが、武器が伝説の剣(刃折れ)なので、万全の状態で出ようと街で働き、お金を貯めてからアイテムを買って出発することにした。

 幸い、働き口はいくらでもあり、稼ぐのも問題なかった。

 問題があるとすれば、イヴの方である。


(美味しい物が多すぎる!)


 飲食に関する仕事も多く、働き、美味しいモノを食べて、生活水準の高い暮らしにより堕落する。

 勇者になりたての者のほとんどが、ここで脱落する。

 最初の壁となるのは魔族や魔物、自然の脅威など全く関係ない安定した快適な暮らしである。

 結局、イヴの1年ほど水準の高い普通の暮らしをして、酒場のコンパニオンをして暮らしていた。

 そんなある日、酒場に1人の客が訪れる。


「君」

「はい?」


 褐色の肌、金色の目で長い銀髪の女性に声をかけられたイヴはいつものように仕事としてお酒を注いだり、話し相手になる。


「君のその剣、伝説の剣では?」

「あはは……実は」


 コンパニオンの仕事中も剣は手放しておらず、話のネタなどになっていた。

 そして、その女性にも折れた剣の話をする。


「お、折れた?」

「折れちゃいました、それはもうポッキリと」


 その話を本気にする客はおらず、もはや形骸化した伝説の剣を望むものも居ないので、意外と客ウケは良かった。

 まさか伝説の剣がイヴのような見た目が弱そうな少女によってへし折られるとは、誰も思っていないのだ。本人も折れるとは思っていなかったので、当事者ではない人間は絶対に信じない。


「お姉さんよくこれが伝説の剣だって分かりましたね?」

「その剣は特殊な魔力を帯びているからね」

「分かるものなんですね?1000年も放置されていたのに」

「ほとんど残っていないよ。今もほとんど残り香のような状態だしね」

「そうですか」


 イヴは既に十分なお金を貯めており、いつでも旅立てる状態にあった。

 そして、剣に残り香でも魔力がこもっているならば、すぐにでも旅立とうと思い至った。


「お姉さんありがとうございます!近いうちに再出発しようと思います!」

「…そうか。君は、なぜ魔王討伐に出たんだい」


 1000年前、魔王が世界を支配しようとした際、勇者が魔王討伐にあと一歩のところで敗れたものの、それを機に魔王も深傷を負い、魔王軍幹部達もそのほとんどがおとなしくなり、今となっては魔族は魔王城近辺に住む少数民族と化している。

 現代の勇者達が魔王の討伐を目指すのも、世界の為というものが全てではない。

 自分の力を誇示する為、魔王討伐により莫大な富を得る為、民衆からの名声を得る為などの理由から勇者をしている者もいる。


「私は……やっぱり、魔王が世界の脅威だからですかね」

「脅威?魔王はもう1000年も世界征服をしていないよ」

「そうですね。でも、勇者達が1000年戦い続けて倒せていない魔王が、また世界征服を始めたら、止められる人はもう居ないかも知れない。だから、私が魔王を倒すんです」


 女性はそれを聞いた上で、真剣な面持ちで質問をする。


「もしも、魔王が既に世界征服を諦め、平和を望んでいるとしたら?」


 イヴは悩み、答えを出す。


「本当に平和を望んでいるなら、討伐はしませんよ。やる意味無いし」

「そうか、分かったよ」

「?」


 女性は最後に景気付けとして店で1番高いお酒を注文した。







 女性は店を出て、路地裏に消えて行く。


「どうでしたか」

「どうやら、無理矢理封印を解いた訳じゃなさそうだよ」


 女性は路地裏で待機していたメイドのような衣装で、凛々しい顔立ちをした高身長でショートヘアの女性と合流し、話をする。


「さて、私はどうしようかな」

「帰るのでは」

「そのつもりだったんだけどね」

「……ダメですよ」

「まだ何も言ってないだろう?」

「考えている事が分かりやすいのですよ、ルイン様」

「もっと柔軟に考えようよ、シシィ」


 褐色女性、ルインはメイドの女性シシィの肩を叩き、歩いて行く。シシィは少し呆れてため息を吐くが、その後ろをついて行く。




 イヴはその月で仕事を辞め、旅に必要なアイテムを確保し、折れた剣が納められた鞘を腰に刺してグリコールの街のを出る。


(1年は流石に長かったかな。まあ良いか)


 イヴが街を出ると、ルインとシシィがイヴを待っていた。


「やあイヴちゃん」

「あ、ルインさん」


 ルインは結局、イヴが仕事を辞めるまで店に通い詰め、半ば太客のようになり、名前を教え合っていた。シシィもルインに連れられてイヴと話した。


「どうしてここに?」

「君が良ければ、旅のお供にと思ってね」

「サプライズがしたいからと1日ここで待たされましたけどね」

「旅の準備があるの忘れていたのは悪かったよ。それで、どうかな?」

「はい!嬉しいです!1人だとちょっと寂しかったので」


 イヴの旅にルインとシシィが加わり、女3人の旅が始まった。








 グリコールを出た一行は次の街を目指して何も無い平原を歩いていた。


「魔物の素材を換金して生計を立てて行くんだよね?」

「はい。街には魔物の素材の換金所が必ずあるので、道中で魔物を倒しつつ、次の街を目指すのがセオリーになります」

「イヴちゃんってどのくらい戦えるの?」

「それなりに……」

「自身無さげだね」


 そう話していると、一行の上を巨大な影が通過する。


「あれは?」

「フレイバードですね。捕まえた獲物を焼いて食べる賢い鳥です」

「へえ」

「2人とも、警戒を……」


 シシィがそう言うと、フレイバードは急旋回してから急降下し、一行に突撃してくる。


「それじゃあイヴちゃん、お手並み拝見!」

「が、頑張ります」


 イヴは飛んでくるフレイバードを受け止める。


「なに!?」

「……どこにあんなパワーが」


 ルインとシシィは驚く。

 自身無さげだったイヴからは想像も出来ないほどの怪力、しかも身体が微塵も後方に移動していない。ギリギリどころか、かなり余裕を持って質量の差をねじ伏せて見せた。

 イヴは受け止めたフレイバードの頭を捻り切る。


「討伐完了です」

「イヴちゃん……強いんだね」

「想像の100倍くらい強くて驚きました」

「固有スキルがちょっと特殊で……」


 勇者となる素質がある者は、生まれ付き固有のスキルを持っている。

 イヴの固有スキルは『パワーシフター』、簡単に言えば反射となるのだが、厳密には違う。

 正面から受けた力を真横に発散させたり、捻る際に発生する抵抗力すら操作する事が可能なので、掴まれたら基本即死か部位欠損となる。


「さすがは伝説の剣を持つ勇者だ。すごい固有スキルだ」

「剣折れてますけどね」

「そのスキルで自信が無い理由が分からないのですが」

「結構扱いが難しくて……」


 パワーシフターは力の操作のための副次効果として、視界内の力の向きと大きさを知覚出来る。

 それがとても負担になる。

 例えば、先ほどのフレイバードの突撃の際にイヴは当然フレイバードに関する力の向きと大きさが分かっていたが、直進してくる力だけで無く、飛んでいる関係で浮力、推力、抗力、重力が知覚されていた。

 それだけで無く、この星が出している引力や遠心力、空気の流れによる風力、太陽からの光力、草花が風に揺れる際に発生する抗力など、フレイバードとは関係ないこの世に存在する全ての力を掌握してしまう為、イヴにかかる負担があまりにも大きい。


「基本無敵ですし、飛べたり、攻撃力を上げたり、色々出来るんですけど、すっっっごい疲れるんですよね。目で知覚してる訳じゃないので、目を閉じても強制的に知覚してしまいますしね」


 ルインとシシィは、固有スキル発動中は文字通り無敵どころか不意打ちすら不可能、尚且つ力の位置を変えられるという事は関係ないところで発生している力を使うところに持って来たり、要らない力は適当なところに配置して発散させたり、空間を完全に掌握する力だと知り、驚愕する。


「固有スキルの持続可能時間は?」

「10秒ですね」

「10秒使うと?」

「脳が完全に機能停止します。10秒連続で使えばですけどね」


 大体、1秒使うたびに6秒の脳の休息が必要で、その時間感覚は自力なので使い過ぎて機能停止する事もしばしば。

 その為、イヴはあまり自信が無い。ただ、特定の固有スキルを持つ者との戦闘にだけは自信がある。


「何はともあれ、フレイバードの素材を回収して次の街で売りましょう」

「敬語使わなくて良いんだよ?」

「分かったじゃあ使わない」

「う〜んキッパリ」


 元々、仕事で敬語を覚えたがイヴ的には敬語に気を使うと疲れるので、そんなに使いたくない。


「まあ良いか。しかし、素材を回収って言ったって、このサイズだし、全部持って行く事は出来ないよね?」

「そんな時のための、旅の必需品だよ!」


 イヴは荷物からポーチを取り出す。


「収納の魔法が組み込まれた魔法のポーチ!1番高いの買ったから、内容量は20ヘクタール!基本いっぱいになる事が無い!」

「へぇ、確かに便利だね」

「しかも、取り出す時は取り出すモノをイメージすれば、そのモノを狙って取り出せる」


 イヴはフレイバードを伝説のジャックナイフで解体し、素材を次々とポーチに入れて行く。


「値段で内容量とか仕様が色々と違うけど、このポーチは1番高いのだから、内容物の時間が止まって腐る事もない」

「便利だなぁ」

「1番高いのとは言いますが、値段は」

「金貨9000枚」

「……」

「イヴちゃん、今お金持ってるの?」

「……ない」


 イヴはこれを買うためにあんな仕事を1年間頑張り、客に大量に金を落としてもらっていた。うまくいき過ぎてこの仕事向いてると思いつつ、いつか刺されそうだと思いながら暮らしていた。

 ちなみに、日本円で金貨1枚3万強である。イヴは1年で3億ほど稼いだ事になる。


「沢山狩らないと、街に着く度に働いたりしないといけないのか」

「そうなる」

「フレイバード1頭丸ごと換金してどのくらいになるのですか」

「銀貨5枚くらいかな?」


 銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨のなるので、結構少ない。大体1660円くらいなので、常人だと割に合わない。


「宿に1人1泊も出来ないんですね」

「沢山狩らないと最悪野宿だから頑張ろう!」


 その後、イヴは固有スキル無しでフレイバード1頭を伝説の剣(半分)で倒し、ルイン達に能力無くても普通に強いじゃないかと驚かれつつ、ルインは魔物を素手で殴り倒し、シシィは魔法で魔物を倒したり、イヴとルインのサポートをする。

 

「ルインって素手なんだね」

「魔法使いだけどね」

「素手でも戦える魔法使いかぁ、ルインが勇者した方が良い気がする」


 素手でも勇者のイヴより強く、魔法を使えば更にその差は開く事になる。

 イヴはルイン1人でどうとでもなりそうと思いつつ、フレアバード6羽、大型の大狼であるロード・ウルフ2頭、ロード・ウルフの取り巻きのシルバーウルフを46頭倒した。

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伝説の剣が折れました 月ノ輪球磨 @TukinohaKUMA

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