三好さんはおもしれー女

桐枝

第1話

 三好琴子さんというクラスメートがいる。

 三好さんはスラリと背が高く、スタイルも良く、腰など男子としては低身長の僕の腹より高いのではないかというくらいに足が長い。

 生まれつきだという明るめの色調の髪はサラリと長く、かといって長すぎず、括らずに下された髪は肩甲骨あたりで爽やかに揺れている。

 頭も良く、成績はいつもトップクラス。この学校は昔の漫画のように廊下に成績表が張り出されたりはしないのだが、先生たちが三好は今回も優秀な成績で云々とバラすので意味はない。アレは良くないと思うが、三好さんはいつも笑顔でいなしている。勿論、先生受けだって良いのだ。

 ここまででだいぶクラスの憧れ的な雰囲気は出ていると思うが、なんと三好さんは更に顔が良い上に性格も良い。

 黒目がちな目は髪色と同じく色素が薄めで、長いまつ毛に彩られている。鼻は小さめで高く、唇はふっくらと健康的な色味で微笑みを絶やさない。どの角度で見ても笑ってるように見えるのが本当にすごい。生きるトリックアートだ。

 キモかキモじゃないかといえば若干キモよりな僕のようなものにも分け隔てなく笑顔で接しつつ、直接的な接触は避け常に半径30センチほどの侵入不可な円を纏っている。たぶん鬼ごっこも強いと思う。

 さて、こんな三好さんは当然のようにモテる。モテてモテてモテまくる。なんなら週三くらいのペースで告白されているんじゃないだろうか。

 三好さんにアタックする人間は同じ高校の生徒に限らないし、男とも限らない。僕は先日、コンビニの女性店員さんが彼女に連絡先を渡そうとしているのを見た。その時も三好さんは捕まれそうになっていた手をふんわりと避けて「ごめんなさい」と笑顔で断っていた。

 だが、三好さんのすごいところはこれらの事実だけではない。三好さんが真にすごいのは、おもしれー女なところである。


 最近の事例から語ろう。ちょっと前、三好さんは登校中に足を挫いて動けなくなっていたお爺さんを助けた。とても良いことだ。

 そして、翌日にはその孫を名乗る男が転校してきた。ハイスピード転校である。

 転校生はなんちゃら財閥の後継だとかなんとかで、なんかめっちゃ背が高くて日本人離れした彫りの深い顔立ちで、ハイパー金持ちらしかった。

 ハイパー金持ちマンは転校初日に三好さんのところに来て、祖父が世話になったから御礼に俺の女にしてやるぜと言った。指をバキューン!!みたいな形にして、ウィンクまでしていた。

 なんか本当は三好さんの顎を掴んでクイってやろうとしてたっぽいけど、三好さんはさらりと躱していた。なんだろう、避けに特化した古武術とか学んでるのかな。

「ごめんなさい」

 三好さんはハイパー金持ちマン相手にも笑顔を崩さず、いつもの断り文句を言った。ハ金ンはヒュウ、と口笛を鳴らして「アンタ、おもしれー女だな」と言った。

 どう見ても面白いのは彼なのだが、彼は己の言動に一切の恥じるところはないらしく、また来るぜと言い残して教室から出て行った。

 なお、ハ金ンはこのプロポーズ?か何かのために転校してきたらしく、翌日また転校して行った。編入した意味はあったのだろうか。うちの制服まで着ていたけど、三好さんがオッケーしていたらそのまま通っていたのかもしれない。

 なんでそんなに詳しく知ってるかって、僕は三好さんの隣の席だからである。


 こんなこともあった。サッカー部のキャプテンとバスケ部のキャプテンが、三好さんを賭けて決闘をすることになったのだ。しかも三好さん不在で。本人の許可もなく。賭けられる本人が承知していない決闘に何の意味があるのだろうか。

 幸い、決闘が行われる直前に三好さんが現場に間に合ったお陰で二人の勝負自体が無効となり、キャプテンたちは無事に三好さんからのごめんなさいを貰っていた。

 その時にも、キャプテンたちは三好さんのことを「本当におもしれー女だ」「アンタほどのおもしれー女はいないさ」と言い合っていた。

 面白いのは本人不在で勝手に賭けをして、結局ダブルで振られた二人である。決闘罪に問われることなく終われて本当に良かった、と警察を呼びに行こうか迷っていた僕は思った。令和の時代に河原で決闘て。ヤンキーでもないのに。うちはそこそこ進学校なのに。


 他にも、こんなことがあった。教師相手に迫られているのだ。絶対ダメである。絶対ダメなのに化学教諭の小柳先生は放課後に三好さんを呼び出し、君を一人の生徒として以上の感情で見ていると告白した。

 三好さんはやはり先生のハグ攻撃をさりげないステップで躱し、私は先生を先生として尊敬しておりますと答えていた。

 授業内容もわかりやすく教育熱心で、イケメンと名高く、男女問わず人気のある小柳先生。彼は三好さんのいつと変わらぬ笑みを見て、あのセリフを吐いた。

「君は、本当におもしろいね」

 面白いだろうか。だいぶ怖いと思うし、ダメだと思う。放課後に教師が女生徒を一人で呼び出して告白って本当にダメだと思う。客観的に見て面白いことになっているのは先生の方だし、今この瞬間に自嘲気味に笑って「今はまだ、待つよ」とか言ってるのもかなりヤバかった。

 ちなみに、僕がどうして一部始終を知っていたかといえば、たまたま掃除用ロッカーに挟まっていたからである。モップを片付けていたら挟まっちゃったのである。挟まっちゃってたらなんか始まっちゃって、終わったところで三好さんが助けてくれた。良かった、そのままロッカーで夜を明かすことになるかと思った。

 恩人である美良さんのために僕は僕にやれることをしておきたかったので、ちゃんと校長先生にチクった。小柳先生はしばらくお休みしたのち、体調を崩されて退職した。どっか別の学校に行ってまだ三好さんを待つのかもしれない。怖い。


 もうわかったと思うが、三好さんという人はおもしれー女なのである。いやむしろ、面白すぎる女と言ってもいい。何故なら彼女は週三ペースで告白され、ほぼ毎回相手から「おもしれー女」と称されているからである。こんなに面白がられている人、僕は今まで生きてきて見たことがない。本当にすごい。

 なのに。なのに、だ。僕には三好さんの面白さがわからないのだ。普通にめちゃくちゃ良い人だし、めちゃくちゃ美人で頭も良くてすごいなと思う。でも面白くはない。面白さで言えば普通だと思っている。

 だって明らかにおもしれーのは周りなのだ。別に面白くもない三好さんを毎回、おもしれーと面白がっている周りの方がおかしい。わからない。三好さんは何がそんなに面白いのだろう。


 悔しい。僕も面白がりたい。僕も三好さんをおもしれー女って言う方のチームに入りたい。そっちに行きたい。だって楽しそうだし。

 僕だって三好さんの面白さを誰かと共有して、アイツは本当におもしれー女だよって言いたい。なんかすごく仲間っぽい。いっそ三好さんに告白すればわかるのかもしれないが、別に好きでもない相手に告白するほど僕は不誠実ではない。自分の誠実さが憎い。


 今日も三好さんは誰かに告白されている。そして決して掴ませずに微笑みながら「ごめんなさい」と言っている。相手はまた、三好さんをおもしれー女と評するのだろう。ああ、僕もその感覚がわかりたい。



 教室に残されたノートを捲り、三好琴子は短く息を吐いた。

「田中くんって、本当に面白い子」

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三好さんはおもしれー女 桐枝 @kirie_hinoe

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