第8話 スーパーキンタマクラ
月曜日の放課後。授業が終わり生徒が各々の活動に取り組み始める中、
部屋全体を見渡すとスサノオやジャンジャンの姿は見えず、数歩進み周りをもう一度見渡す。すると、奥のキッチンに料理を作っている者がいた。フライパンで炒められる玉ねぎなどの様々な野菜と複雑な調味料が混ざり合って香ばしい臭いが部屋中に広がっている。隣のコンロには伏せられたフライパンが温められている。遠目で見る限りおそらく餃子などの類だと推測できる。料理に気になるのもそうだが、目的のスサノオの行方を知るためにキッチンいる者に近づく。
いよいよ近くまでくると冷蔵庫の下の段が空いており、そこではつらつらと会話をする大の大人が二人見えた。近くに立つ一人は白人、しゃがんで冷蔵庫を漁るもう一人は黒人と対照的な肌の色をしている者で、外国人にあまりなじみのない優気はおもわず1歩引いた状態で、会話の内容を大人しく聞いていた。普段の学校生活では色々な人と交流しているが、それまで年月が経っており、いざ自分から話しかけるとなると緊張してしまう。元々人見知りという性格を持ち合わせているため、近づいたのはいいが話しかけられないという妙なジレンマに引っかかっていた。
「ウォックだな?俺が楽しみにとっておいた最後のこんにゃくゼリー、期間限定カシスオレンジ味を勝手に食べたのは」
「なに言ってんだよ。フィルセルのモン俺が勝手に食うわけないだろ?」「お前が前に冷やしておいたチョコ食ったから言ってるんだろうが。今回は分かりやすいように『MINE!』ってふたに書いておいたのに」
冷たいまなざしでギロリとウォックの顔を見る。冷蔵庫の中を必死に探すフィルセルという者が黒人で、丁寧に手入れされた坊主頭が確認できた。傍に立つウォックという者が白人で、金色の短髪で青い瞳の男性と判明したが、優気の脳内では『ここは本当に日本なのか』と疑問が頭を駆け巡る。そもそも、このアジトが海外にあるのではないかと考察もできたが、グローバル化が進む中、日本にも多数の外国人が入国している現状が想起され、安易にそう決めつけるのは違う解答だと、すぐに自身の考えを撤回する。そうこうしているうちに二人のやり取りが再び始まった。
「あたかも俺が犯人みてぇじゃねぇかよ。勘違いもいい加減にしとけよクソニガーが。うんこがついてもわかんねぇような汚ねぇ肌しやがってよ」
「だから、前回もそう言って俺のチョコを食ったのはプアホワイトであるお前だよな??ちなみに言っとくが、俺の体にうんこがついてもバレねぇが、お前はしっかりとバレる。しかも常時クセェお前の体にハエが止まると、そいつがハッキリと見えちまう。あぁ~白い肌が羨ましいよ。多様な注目の的に慣れて羨ましいなぁ~そんな君はさぞ、心も潔白なんだろうな~?ア゛ァ?」
優気の目の前で途轍もない罵詈雑言の嵐が巻き起こる。人生十八年間生きてきた中で、ここまで皮肉と汚い言葉で満ちた会話は聞いたことがなかったため、必然的に口が半開きとなり呆然となる。暫く言い合いが続いた後に取っ組み合いとなり慌てて止めに入ろうとするが、奥で料理をしていた者が「デキタ!!」と大声を出した瞬間、二人の取っ組み合いは即座に終了し、盛り付け皿を出し始めた。
あまりの切り替えの早さに困惑し、おもわず「えぇ…」と声が漏れてしまう。その声に反応するように外国人両名がようやくこちらに気付き、目を見開く。
「新入りだ!!」「YEEEEEEEEEEES!!」突如大声を出し、リアクションを取る前に二人が嬉しそうに肩を組んでくる。
「噂には聞いてたが、本当に高校生だったとはな」
「けど、スサノオ曰くこれから頼りになるって言ってたぜ」
「Oh!それは楽しみだな。まだ田植えをしたての『サクラ』みたいなものか」
急な歓迎ムードで嬉しいは嬉しいのだが、二人の巨体からのしかかる途轍もない体重に耐えることは少し厳しい。キッチンに立つ人物を見るとそちらも笑顔を浮かべており、この状態から見ると魔の笑みのように感じてしまうのは、誰でも同じだろう。
「とりあえず、ご飯にシヨ!!!」魔物がそう口を開いて料理の準備が再開された。
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テーブルに目一杯に置かれた中華料理を味わいながら外国人三名とコミュニケーションを広げた。中華料理を振舞った男はリュウ・チャン・ユーという人物で自身でも料理店を出すほどの腕前を持っているため、箸が休むことはなかった。美味な手料理を堪能し、先程魔物と認識していた優気の判断が、神様のように変わっていった。三人とも十年以上の付き合いで、かなり良好な関係と言っていたが、先程の差別発言ののオンパレードから、とてもそうには見えないのは必然だろう。あまりにもよそよそしく二人を見ていたので、向こうから答えが返ってきた。
「あ~もしかして変に気を使ってる??」
「…はい。さっきのやり取りみてたらやっぱり、ちょっと、モヤってて」
「Jesus!!!これが日本人というものか!」困惑するウォックに笑ったフィルセルが軽く口を開いた。
「差別発言で相手を罵倒するのは日常茶飯事だから深く考えなくていいぜ。まぁジョークよ。ジョーク」「簡単に聞き流せばいいヨ!」一度納得を示すが、それにしてもジョークの度合いが異次元のように感じるのは優気だけだろうか。ジョークやネタなどの線引き判断は内輪ノリなら分かるが、第三者目線だととてもわかりにくいことを体感するいいきっかけとなる。
「ただ、こんにゃくゼリーを食ったのは許さないぞ。あれは少し値が張った代物だったし、オレが買った物だったんだからな」
「それ、ぼく食べたネ!!」
「『お前かよ!!』」と総ツッコミが入ったところでスサノオとジャンジャンがリビングへやってきた。スサノオはわりぃわりぃと先に待たせていた優気へジェスチャーで謝ってくる。近寄った際にテーブル中央に残っていたシュウマイを手で摘まみ口に入れると、周りを見渡した。
「あれ、色々バレたやつはいないのか?」
「
「まぁ、もう後には引き返せねぇわな。そりゃ誰だっておんなじだ」今度はジャンジャンがこちらに近づき、こちらは余ったシュウマイを楊枝で刺して口へ運んだ。
「元々スサの姿と動き見てたんだからこうなることは若干頭に入ってはいた。だけど、敢えて優気をハメて答えを知ったのだから頭が良さそうだな。雑務や単純作業の手はあった方が良い。正直仲間に入れることも考えてるんだが、どうだろうか??」
うーん、と皆が頭を悩ませる時間が空く。
「人員が多いと実験武器の手間も省けるし、新たな戦力にもなる。そして、思わぬ新武器や戦闘の兆しを見出すこともできるから賛成だな」フィルセルが手を挙げて自分の意見を述べた。それに続いてウォックは、「賑やかになるし、仕事減るから賛成!!」と天にも届きそうなほど大きく手を挙げた。フィルセルが小声で「それ言うなよ。おじゃんになっちまうだろうが」とフィルセルも作業を減らすことを念頭に置いている旨をこぼしていた。
「ぼくも賛成ネ!頭が良ければノウハウさえ叩き込めば力になるヨ!」次にジャンジャンはスサノオの方向みて確認の合図を取ったところで決議を示した。
「みんな賛成だな。もし明日にこちらに来た場合にはこの組織のことを話したうえで入会面接を行って決めるってことにしよう」皆が喜ぶ中で優気は浮かない顔を浮かべていた。親友たちにはあまり危ないことに首を突っ込ませたくはなかったこともあって内心あまり乗り気ではなかった。そうは言っても怜真が明日休まない限りここを訪れることは先週の金曜日の塾で確定しており、怜真の好奇心旺盛な性格から仕方なく賛成することにした。
外国人3人衆が料理の跡片付けに向かう中、優気はせめて怜真の入閣を後押しするためにジャンジャンに質問を投げかけた。
「怜真が面接するのに何か手伝える仕事とかってありますか?」
「いや、私は怜真という人間の意志と覚悟を本人から知りたい。今回は陰で見守っていてくれ。そして修業に勤しむことが優気の仕事だよ」
ジャンジャンの言う通り、これは厨二病の集いや心霊サークルの類ではなく、人類の存亡を賭けた組織だ。誰かの縁故や温情などで入閣するなど言語道断。全ては戦力になるかどうかを知るためのアクションに対して優気の行為は水を差すだけのものだった。
「確かにその通りですね。僕は怜真が入閣できることを陰ながら応援してます」
「あぁ、悪いがよろしくな」
全ての食事を平らげ、食器をシンクに移動させ終わるとスサノオが何かを思い出した様子で問いかけた。
「そういえばゆうき、神力トレーニングはどうした。成果は出てきてるか?」
「まだまだですけど、ようやく20分持つようになりましたよ。おかげで土日は大分ヘロヘロになりました」
「おお!熱心でよろしい。そんで今日も神力強化をするためにジャンジャンお手製の道具を使う」
説明している間にジャンジャンが自身の鞄から二つの黄色い物体を手に持ってきた。如何わしい見た目だが、優気にとってどのような物なのか見当がつかない。
「その名も『神力チューチューダンベル』だ!!」
「てってて~」奥で食器洗いに勤しむウォックから国民的アニメのひみつ道具を取り出す際の交換音を模した声が聞こえてくる。新たなトレーニング用具を出すというタイミングにピッタリと当てはまっており、脳内で再生されるのも自然な事柄だった。子供の頃に毎週視聴していた者であればこの瞬間には違和感を持たないだろう。
「違うだろ。てってててってて~ってて~でしょ」フィルセルのように時代によって交換音の相違があることに対して違和感を持つ者も少なくはない。
「いやいや、てってて~だって!」
「いやいやいや、てってててってて~ってて~だから!!」ウォックとフィルセルがひみつ道具の交換音で言い争いをしているが、どちらとも正しいし、何故こんなことで口喧嘩するのか優気は遠い目で見ていた。
「この『神力チューチューダンベル』は神力が流れると重さが軽くなって持ち上げられるようになる。要は多量の神力が必要となる。神力増加にもってこいのトレーニング道具よ」
「よくこんな凄いもの発明しましたね。色も黄色で可愛らしいくていいですね!」ジャンジャンが照れ笑いを浮かべながら頭を掻く。
「ただ、体に触れるだけで神力が吸収されるから移動する時とか取扱が面倒な時もある」
「まぁどんなものにも難しい取扱なんてありますよ」
「そして片方1トンだからただでさえ重いぞ」
「だから取扱が難s1トン!?えっ、今1トンって言いましたか??」あまりの桁の違いに困惑する。普段十キロのダンベルを上げられるか怪しい男が一トンのダンベルを持ち上げることなぞ百年中正座することと何ら変わらないものだ。
「俺からも聞きてぇんだけどさ、なんでこんな持ち手が短いんだ?」スサノオの指摘通り、ダンベルの持ち手が拳一つ分程度しかなく、圧迫感がありそうな形状である。
「これ以上大きくすると神力吸収率が高くなるからだな。下手したらスサも半日持ってられるかどうかになるとこだった」
「なるほどね~。汎用性は微妙っぽいな。あとなんで黄色にしたんだ?これじゃ横から見たら金玉にしか見えねぇぞ」
スサノオから唐突な下ネタが投下され、優気は噴き出した。悪びれる様子もなく、ただこの状況を楽しむかのような純粋さの上で発せられた言葉ということもあり、発言後は少し笑みを浮かべていた。
「そんなこと言わないでくださいよ、僕もだんだん金玉にしか見えなくなっちゃうじゃないですか!!けど確かにこれは金玉に見えますね。いや、もうこれ金玉ですね。とても持ち上げられませんわ」
「ブゥッハハハハハハ!!!!やっぱりそうだよな!!では改名しよう。これは『キンタマダンベル』に改名!!」
「異議なし賛成可決!!けど、スサノオさん。聞いて驚かないでくださいよ。実は金玉の色ってのは…白なんですよ!!」
途中で含みを持たし、間を空けるなどこの場において最上級に無駄な表現をしたため、スサノオが通常よりもさらに驚いていた。まさに驚愕という言葉がピッタリと当てはまる。
「じゃあ今から白に塗らないとダメだな!!残念!!」様々なクレームとデザインの煽りが飛び交い、これを聞いているジャンジャンに怒りが芽生えないはずはなかった。
「もういい!もうなんも作んねぇ!作るのやーめっる!!」そう言葉を残すとテーブルを拭いていたリュウを半ば強引に引き連れて試作品の武器を試しに誘った。それに抵抗することはなく、雰囲気を察し、一旦距離を作り出そうとリュウはジャンジャンについていく。二階に上がる二人の足音が早いリズムでアジト全体に響き渡った。
「ジャンジャンさん怒らせちゃいましたかね…」
「まぁ、これもいつものことだから。気にしなくていいぞ」
「えぇ…ということは、何か発明品ができたらああやってからかってるんですか?」
「そう!!いっつもからかってる。だからいつものことよ」笑いながらスサノオはそう言うが、優気はちょっかいが積み重なって怒りに変わったことに少し反省する。一方でスサノオは反省する様子もなく、寧ろこれからも煽り続ける様子で笑顔を浮かべていた。「いつもの」という言葉をよく聞くな。そう感じながら発明品のチューチューダンベルをじっと見つめた。
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とりあえず前回の修業部屋に移動してこれを使った修業をすることになった。四神化し、まずは五回上げることを目標にしてダンベルトレーニングを開始した。すると、一回持ち上げるだけ二日間寝ずに事務作業をこなすようなかなりの疲労が優気の身体を襲った。
「これは無理です」優気の口からおもわず早々にギブアップ宣言が漏れてしまう。だが、スサノオは声援で鼓舞し、何とか続行を推し進め、四回目に差し掛かったところでピクリとも腕が上がらず、限界を迎えたが、筋トレとはそこにプラスワンを積み重ねることによって正当な対価を得られるものである。もう優気の表情が去勢手術を受け無表情になる動物の顔となっていたが、スサノオが何を思ったのかはわからないが、倒立状態で後ろから腕を支えて何とか上がらせようとした。
後押しもあって四回目は何とかクリアし、最後の一セットでダンベルを上げた際に「もう、無理、だ」と声を上げ、遂に優気が気を失い後ろに倒れこむ。そこをスサノオが優気のダンベルを握りしめた手を足で支え、頭を股間で支えた。とても不思議な構図となり、何故か少しノスタルジックな気分となる。
「これが『スーパーキンタマクラ』か」この体制にそう名を付けた。暫く体制が崩れないように立ち腕立て伏せを行っていたところ、ジャンジャンが部屋に入るとよくわからない状況を整理できず、点のような目で周りを見渡す。
ジャンジャンは優気の体制に目を当てると、泡をぶくぶくと吹き出しており慌てて止めに行く。症状を確認したところ、原因は急激な神力低下による気絶で特に大事には至らずに済んだ。また、立ち腕立て伏せをしていたスサノオは案の定こっぴどく怒られた。
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