こしゃくな歩き方

砂のサンダル

1

特によろしくとも交わさぬまま同じ目的地へと向かっていく。時間が流れていく。どこに視線を向けていいものかわからず、私は空気椅子をしてみたり吊り革に捕まっているフリをして実際のところは一センチほどの隙間を手と吊り革の間に開けてみたりと、そんな誰にも届くはずのないメッセージを送信しながら時間を潰している。20分足らずの着席にも関わらず、足が腫れていく感覚がある。こんなことなら、暇つぶしにグミやポップコーンでも持ち込んでしまった方が少しは時間というものに華を添えられたのではないだろうか。揺られながらそんなことを考えていると、ふと隣に座っている人のうちわに目が止まった。エアコンの広告が裏面に書かれているが、表にどんな文字が刻まれているのか角度的に見ることができない。見せてくださいとでも頼んでやろうかと考えたが、そうこうしているうちに電車は目的の駅へと到着していた。うちわの持ち主に多少の腹を立てながら改札を通り、階段を上がっていく。もう少し私に興味を持ってくれてもいいとは思うのだが。いや、切り替えよう。今日は区民ホールで学生らのピアノ演奏を聴きに来たのだ。一人一人が目的も曖昧なままに胸を高鳴らせピアノの前に腰掛けるあの瞬間がどうにも馬鹿らしく見え、そんなことに嘲笑の目を向けるだけでも今の私の心は随分と静かになったのである。辟易としそうな湿気とインドカレーの匂いとが混ざった街道を一歩一歩進んでいく。疲労に歓喜する足裏は私の不安を少しずつ取り払ってくれた。そうだ、今日はピアノの演奏会に来たのだ。

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