27 それは大事件だね
吹き抜ける強い風にほんのりと暖かさの混じるようになった、春のある日のことだった。
私の研究室にやってきたブルーは、片膝をついて頭を下げる。出禁を解除されてから、以前にも増してやる気が漲ってる感じだね。今日はどうしたんだろう。
「ナターシャ様」
「どうしたの、ブルー。そんな険しい顔して」
「曲者を捕らえましたので、ご報告に。帝都で見知った顔の騎士ですが……どうやら、アーサー様の寝室に忍び込もうとしておりましたので」
おっと、それは大事件だね。
おそらくはギレット皇太子の手下だと思うけど。
アーサーにも声を掛けて一緒に来てもらい、ブルーの先導で領城の近くにある留置所へと向かっていく。私はあまり来る場所じゃないけど、けっこうセキュリティのしっかりした施設なんだよね。
留置所の面会室では、魔力制限の手枷を付けた騎士が、こちらをギロリと睨んでいた。私は斜め後ろにいるアーサーに目配せをしてから、騎士の視線を受ける。
「偽聖女ごときが。皇家に仕える近衛騎士にこんな扱いをして、ただで済むと思うな」
「貴方こそ、コソ泥ごときが近衛騎士を名乗ってただで済むと思っているのですか?」
「泥棒と一緒にするな。私には崇高な目的が」
そこでセリフを止めて、彼は口を閉じる。
まぁ、多少煽ったところで、そう簡単には情報を吐いてはくれないみたいだね。うーん。どうにかして、その崇高な目的とやらを聞き出したいわけだけど。
面会室は鉄の檻で区切られていて、彼は魔力を制限する手枷を身に着けているから、危害を加えられる心配はない。とりあえず、色々と話してみないとね。
私は彼の真正面で椅子に腰掛けると、思いつくままに会話を試みた。
「そういえば貴方、帝都からアーサーを追いかけてきた時の騎士ですよね。今も近衛騎士なのですか?」
思い出した。アーサーがライラック辺境領に逃げ込んできた時に、追いかけてきたのがこの騎士だったはずだ。当時はフィリップの配下だったけど。
「フィリップの失脚で、配下だった近衛騎士は禍根を残さないようにして総入れ替えになったはず。しかし、貴方はそのまま残留していると」
「……私は能力を買われて残ることに」
「つまり、元からギレット派閥だったということですね。フィリップの下で近衛騎士をしていたのは、内通者として働いていたということですね。良かったじゃないですか。今では大手を振ってギレット皇太子の配下を名乗れるのでしょう? 苦労が報われましたね」
私がそう言うと、彼は黙り込む。
まぁ、この沈黙はおそらく肯定だろう。
「そういえば、フィリップに異世界召喚の儀を行うよう促したのは、配下の近衛騎士だったと聞きましたが……もしかして」
「……」
「そうですか。やはりギレット皇太子の差し金だったわけですね。だんだんと、背後関係が見えてきました。貴方の沈黙はとても雄弁で助かります。さすがは能力を買われた優秀な近衛騎士ですね」
私の言葉に、彼はギリッと奥歯を噛む。
そうそう、そうやって怒ってくれた方が口を滑らせやすくなるからね。どんどん怒ってくれていいよ。
「ギレット皇太子と貴方のおかげで、結果的に私はフィリップとの婚約が破棄されて、アーサーと出会うことができました。個人的には感謝として金一封を差し上げても良いくらいだと思っておりますわ。本当にありがとうございます」
そうして私は、後ろにいるアーサーをちらりと振り返って、その手を取る。
感謝しているのは本当だよ。なにせ、召喚の儀式が行われなかったら、私はあのままフィリップの妻として聖女をやらされてただろうからね。完全に結果論だけど、彼はある意味で私の恩人と言っていい。
「しかし……まさかアーサーを殺そうとするなんて」
「そんなことは考えていない!」
「あら、どうして? アーサーの寝室に押し入ろうとして、その目的を黙っている。貴方の目的は殺人だったと判断しても何らおかしくないでしょう。すると、貴人の殺人未遂ということで、まず極刑になるでしょうから……さて、この状況で皇家は貴方を庇ってくれるでしょうか。下々の者をあっさり切り捨てることに定評のある、あの皇家が?」
私が顎に手を置くと、彼は小さく震え始める。
それを確認しつつ、私はアーサーへと振り返る。
「アーサー。どのような処刑方法がいいかしら」
「そうだね。僕のいた世界では、昔はかなり苛烈な処刑が行われていたみたいだよ。例えば……罪人の四肢を、四頭の馬にそれぞれ括り付けて、バラバラの方向に走らせたりだとか」
「なるほど。それなら、軟体化の魔法薬を使って、どこまでなら千切れずに体を伸ばすことができるのか検証してみるのも良いかもしれませんね。魔法薬の性能について貴重なデータが取れそうですし、民衆にとっても楽しい催しになるでしょう」
そうして、処刑方法の話をさらに掘り下げていく。
「僕の知る限りだと、あとはそうだなぁ……釜茹で、串刺し、投石。本当に野蛮だけれど、民衆はそういうものを娯楽としていたらしいからね」
「なるほど。ちなみに、騎士としての誇りある死を与える、というものだとどういうものが?」
「それだと切腹なんかが代表例かなぁ。自分で自分の腹を切ってね。そのままだと失血死するまで苦しむことになるから、介錯人が首を刎ねるんだ」
ちらりと騎士に目を向ければ、顔面蒼白だった。
まぁ、家柄も良くてエリート街道を走っている彼は、そこまで具体的に死ぬ覚悟を持っては活動していないだろう。なのでもう、脅せるだけ脅してやろうと思ってこういう話をしているわけだけど。
そろそろ頃合いかな、と私は彼に問いかける。
「ところで、アーサーを亡き者にしようとしたのは貴方の独断ということでいいんですよね。まぁギレット皇太子の命令だとしても、殺人未遂は処刑ですが」
「ち、違います。私に与えられた命令は、ライラック辺境領で監禁されている聖女アサヒを救出し、帝都に連れ帰ることでありました……彼女はいずれはナターシャ様とともに、ギレット皇太子殿下の妻になるお方です。危害を加えるつもりはありません。信じてください」
「へぇ、それを証明する方法は?」
私がそう問いかけると、彼は言葉に詰まる。
まぁ、普通に考えれば、ギレット皇太子が証拠を残すような真似はそうそうしないだろう。それにしても、アーサーが監禁されてた、ねぇ。
「ちなみに、今私の横にいるのがアーサーなのだけれど。この体格で、女性に見えるかしら。それと、監禁されているように見える?」
「その……何かの魔法薬か、幻影系の魔法の類では」
「いえ、異世界から召喚された時点で彼はしっかり男性だったわ。しかし、周囲の誰もそれを信じようとせず、強引に聖女にさせられそうになっていた……だから帝都から逃げたのよ。ご理解いただけたかしら」
私の言葉に、騎士は脱力する。
まぁ、本当に処刑なんてしないけどね。とりあえず、私たちの結婚式が無事に執り行われるまでは、この施設でのんびりと休暇を楽しんでもらおうと思ってる。その後にどうなるかは、お父様次第ってところかな。
「それでは、ライラック辺境伯が正式に沙汰を下すまでは、留置所で大人しく生活していてくださいね。なるべく素直に情報を吐いてくれれば、手心を加えてくれるかもしれませんよ」
「……ナターシャ様。どうかご慈悲を」
「残念ながら、私は慈愛の聖女様ではありませんから。優しくありませんの。そもそもギレット皇太子の下についたのが失敗だったと思って、残り短い人生を心穏やかにお過ごしくださいね。では、ごきげんよう」
そうして、彼を脅すだけ脅した私は、留置所を立ち去った。こういう演技はちょっと疲れるけど、収穫はあったよ。ギレットはまだアーサーを女だと信じ込んでるわけだね。
ギレットがどんな強硬手段に出てくるのか心配もしていたけど、この様子なら彼が色々と吐いてくれるだろう。あとは、お父様の手腕に期待するしかないけど、そういうのは得意だって言ってたからね。私は大人しく情報が上がってくるのを待つとしよう。
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