12 虎の尾を踏んじゃったんだなぁ

 領城の会議室では、難しい顔をしたお父様が胸を張って、会議の始まりを宣言した。


「これより、フィリップ皇太子およびルビードラゴン騎士団への対策会議を始める」


 そうして、お父様は表情を険しくする。

 ルビードラゴン騎士団というのは、なんでもフィリップ皇太子がかき集めた騎士たちで結成した騎士団らしく、帝国軍とは切り離された独立部隊として扱われているのだという。フィリップが将来的に皇帝になれば、皇帝直属のエリート騎士団になる――という触れ込みで、年若く血気盛んな騎士ばかりを集めているらしい。だから、猛将と謳われたお父様の名前もあまり通用しないのだ。


 さて、会議室にいるのはシグラス、私、アーサー、そしてライラック辺境伯騎士団の上層部数名であった。


「まずは現在の状況をまとめる。フィリップ皇太子の要求は、以前手紙で届いた通りだ。聖女アサヒを彼のもとに連れて行くか、それが不可能な場合はナターシャを聖女代理として娶ってやる、と言われている。当然これに応じるつもりはない。帝国中の有力貴族家から抗議の署名も皇家に届いているからな」


 うん、その認識に相違はない。問題は、なぜその皇太子が直々に辺境まで来たのか、なんだけど。


「フィリップ皇太子がここに来た名目は、領地の視察だというが――実際は、アサヒもしくはナターシャを連れ去るつもりだ。街道で領民に圧力をかけ、生活の邪魔をする。その状況でこちらが手を出せば、それを口実に皇太子の配下が都市を攻める。攻撃をやめて欲しければ、聖女を寄越せと。そういう算段だ」

「どうやって皇太子の意思を確認したのですか?」

「シグラスに宛てた手紙に全て書かれていた」


 あぁ、フィリップだなぁ。

 とりあえず意図は理解した。武力を使ってでも、何が何でも聖女もしくは聖女代理を連れ帰ろうと起こした行動だということか。よくもまぁ、ここまでの悪手を打てるものだと思うけど。


 ただ、皇族というのは異世界から呼び寄せた聖女の血を濃く残している血筋だからね。魔力も強くて、権威もある。無理を通すために道理を引っ込めさせるのはいつものことだ。まったく、困ったものだよ。


「お父様。このこと、皇家や他貴族家には?」

「まだ伝えておらん。まずは皆で相談してから、と思っていたからな。ナターシャからは何かあるか?」

「はい。これは私が集めていた情報なのですが」


 そうして、私は書類束を取り出す。ここに書かれている情報は、帝都情勢について複数の関係者から得た情報をつなぎ合わせたものだから、それなりに確度は高いとは思うんだけど。


「まず、帝都でのフィリップ皇太子の立場はかなり悪いと言っていいです。複数の貴族家が、彼は近いうちに皇位継承権を失うと考えており、水面下で第二皇子派、第三皇子派、第五皇子派の三つの勢力に分かれつつあります」

「第四皇子は?」

「現皇太子と同母のため、皇太子と一緒に失脚すると目されています。人望があれば違ったのでしょうが」


 まぁ、その点は改めて語るまでもないけど。

 第四皇子はかなり素行が悪いため、同年代の貴族子女は彼の視界に入らないよう最新の注意を払って日々を過ごしているんだとか。突然無茶なことを言われたり、無体な真似を働かれることもあるみたいだからね。


「公爵夫妻の話では、皇帝陛下はフィリップにほぼ愛想を尽かしている状態のようです。ここからは私の推測になりますが……おそらくは期限付きで、聖女を連れて来られなければ正式に皇位継承権を剥奪する、などと通達されたのではないかと思います」

「ふむ。その推測が当たっている可能性は?」

「半々くらいでしょうか。そもそもフィリップは私のことを好いてはいませんでした」


 だって、儀式条件を満たさない異世界召喚を強引に執り行うくらいには、フィリップ皇太子は私との結婚を嫌がっていたはずなのだ。それなのに、今では「ナターシャでも良い」とまで言い出す始末だからね。継承権剥奪、くらいの脅しがかかっている状況じゃないと、そうはならないと思うんだよ。


「フィリップ皇太子の不可解な言動の動機として、皇位継承が脅かされているというのは、それなりに妥当ではないかと思います。断言はできませんが」

「なるほど……理解した」


 そして、お父様は深く頷く。


「さて、この状況でライラック辺境伯家がどう動くべきか……そうだな。シグラス。お前の考えを述べよ」

「はい、父上」


 話を振られたシグラスは、目を閉じて数瞬考えてから、堂々と話し始める。


「まずは皇家に抗議文を送ることでしょうか。フィリップ皇太子の所業は、ライラック辺境領の統治を脅かす武力行使そのもの。下手をするとこれだけで、フィリップ皇太子の進退が決まります」

「うむ。それはそうだな」

「もちろん帝国の貴族家にも状況を知らせる手紙を書きます。今回のような横暴を許してしまえば、帝国の統制は崩れますから。幸い、姉上が顔つなぎをしてくれたので私から手紙を送ることもできましょう――対処としては、そんなところでしょうか」


 シグラスがそう言って頭を下げると、お父様はうんうんと満足そうに頷く。


「なるほどな。ナターシャにしてもそうだが、子どもたちの思想が実に平和で私は嬉しいぞ」

「……何か不足があったでしょうか、父上」

「うむ。シグラスは、敵を理屈の通じる“人間”だと考えている節がある。だがな。皇族の魔力量で我を貫こうとしてくる愚か者が、家にチクリと言われたからといって、理性的に撤退してくれると思うか?」


 そうして、お父様はその身から獰猛な魔力を漏らし始める。


「ずいぶんとまぁ、舐めてくれたものよ。シグラスはひとまず、先ほど言っていたように各所に手紙を送れ。内容についてはナターシャにも相談して検討すると良い」

「父上は?」

「想像力の足りない帝都のお坊ちゃまに、現実というものを教えてやろう。ライラック辺境伯家の騎士、領兵を総動員して防衛線を築き、賊徒フィリップを包囲して見張る。もちろんこちらから手は出さんがな。だからといって、あの恥知らずを快適に過ごさせてやる道理はないだろう」


――あぁ、虎の尾を踏んじゃったんだなぁ。


 私は人生で初めて、フィリップをほんの少しだけ憐れんだ。

 戦場でのお父様は、怒らせると手が付けられないっていう噂を聞いたことがあるからね。まぁ、だからと言って私にフィリップ皇太子を助けてあげる義理はないんだけど。

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