第三章 追い詰められた皇太子
11 さて、どう対処しようか
スーパー毛生え薬は飲むタイプの水薬で、だいたい一ヶ月ほどで効果が切れる。それを過ぎると、髪の根元から徐々に地毛が生えてくるため、再度薬を飲んで髪を生やし直す必要があった。
冬が始まって、少し肌寒い研究所の中庭。
私は一ヶ月ぶりにアーサーの髪を切っていた。
時おり吹く風に、毛先の黒くなったアーサーの髪がふわりと散る。そういえば、姉さんも昔こうやって、私の髪を切ってくれたなぁと思い出す。あの時は、あれが特別な時間だなんて思っていなかったけど……今となっては、私にとって大切な記憶だ。
こうして実際にスーパー毛生え薬を使っていると、色々と改善点も見えてくる。
「ねぇ、アーサー。こうも頻繁に髪の手入れが必要なのは、やっぱり面倒かなと思うんだけど、どう思う?」
「そうだね。たしかにちょっと不便かな」
「そうだよねぇ。まぁ、新しい魔法薬を世に出すのって、そう簡単なことではないんだけどね。せめて染毛効果が一年くらいは続いてほしいけど。要研究だなぁ」
私の言葉に、アーサーはうーんと唸る。
「そうだなぁ……染毛だけの魔法薬を作れないかな」
「ん? どういうこと?」
「うーん、これはあくまで僕の場合だけど。最初の一回は、空色の髪を一気に伸ばす必要があった。でもそれ以降は、効果が切れる前に薬を飲み直して、染毛効果だけを継続できれば良いんだ。育毛効果は別の魔法薬にできないかと思うんだよ」
なるほど、それはたしかに。
様々なお客さんの要望に柔軟に応えるには、アーサーの言う通り染毛と育毛は分けて提供できるようにしたほうが良いのかもしれない。それは確かに納得なんだけど、実現するとなるとちょっと難易度が上がるなぁ。
「うーん、染毛だけとなると、もうひと手間かかるかな。わりと大きな方針転換になるし」
「そうなんだ」
「うん。そもそも育毛だけなら、旧式の毛生え薬でも十分なんだよね。で、それを発展させたのがスーパー毛生え薬だから……そこから染毛効果だけを切り分けるのは、ちょっと面倒くさくてさぁ」
でも、そのあたりも考えないとね。
話しながら、髪を切り終わったアーサーの頭を撫でる。彼の髪はまっすぐで手触りが良いから、ついこうして撫で回してしまうんだけど。
「それにしても、アーサーはずいぶん男らしくなったね。髪が短いせいもあるけど、体格がずいぶんガッシリしてきた」
「うん。治癒魔法を使うと、トレーニングの効率がものすごく良いって分かったからね。そのおかげかな」
「超回復だっけ。こっちでは知られてない知識だよ」
アーサーの世界では、筋肉が壊れてから再生する時に以前よりも強くなる「超回復」という現象が知られていた。だから、それがこの世界でも適用されるという仮説を元に、治癒魔法を使いながらトレーニングをしたらしいのだ。結果は見ての通りだ。
まぁ、ブルーの指導で体を鍛えてるっていうのには、ちょっとモヤモヤしちゃうけどね。
心境の変化でもあったのか、最近のアーサーは騎士たちに混じって汗を流すようになった。身体が少し筋肉質になって、女の子っぽさが少し減ったと思う。
それと、研究所のアドバイザーとしてもずいぶんと活躍していて、この世界の錬金術についても基礎的な知識はだいぶ身についてきたと思う。
「アーサーはずっと頑張ってるね」
「いや、ナターシャほどじゃないけど」
「そんなことないよ。すごいと思う」
もしも私が彼の立場だったら、こんなに頑張れなかったと思うんだよね。
突然、過去の人生と切り離されて、わけの分からない世界に連れてこられて。逃げ延びた先で、私のような変な女と結婚させられることになってさぁ。そんな状況でも、腐らず前向きに日々を過ごしているアーサーは、本当にすごいなと思うんだよ。
とりあえず、なるべく不自由なく暮らしてもらおうとは思ってるけどね。まぁ、研究所の仕事に巻き込んじゃってる張本人は私だけどさ。
◇ ◇ ◇
お父様に呼び出されれて領城に向かうと、そこには弟のシグラスがいた。
「姉さん、久しぶり」
「久しぶり、シグラス。元気にしてた?」
シグラスは十五歳で、私の異母弟にあたる。
というのも、私の実母は私が生まれてすぐに亡くなったため、シグラスは後妻の子なのだ。構図だけ見るとなかなかにドロドロしそうな家族関係なんだけど、わりと仲良くできてるかなと思う。継母も優しい人で、それによく似たシグラスもすごく優しい子だからね。
ちなみに、シグラスはお父様の結界魔法をちゃんと受け継いだから、次期ライラック辺境伯に内定していた。今はお父様の下で色々と政務を学んでいるみたいなんだけど。今日はどうしたんだろう。
「実は、姉さんに相談があって」
「うん」
「俺のところに、手紙が来たんだ」
そうして、彼は懐から書簡を取り出す。
おっと、その装飾は見覚えがあるよ。
「フィリップ皇太子から?」
「うん。簡単に言うと、邪魔な姉を辺境から排除させてやるから、領内に悪評を広めておけって内容で」
「あぁ、なるほど。だいたい理解したよ」
帝都貴族の感覚では、母親違いの兄弟姉妹なんて険悪な関係なのが普通だからね。
というのも、帝都で暮らしている領地なしの貴族にとって「結界魔法の有無」は家督相続における最重要条件ではなくなっているから。長い歴史の中で、後継者の指名には政治的な力関係なんかが強く関わるように変化していったらしい。だから、よほどの聖人君子でなければ、兄弟姉妹がドロドロしてしまうのは避けられないみたいなんだよ。
「そうだなぁ。たぶん、皇太子はこう思ってるんだよ。婚約を破棄されて帰ってきたナターシャは、ライラック辺境伯家の継承権を揺るがすだろう。シグラスと自分の利害は一致する――ってね」
「えぇ……でも姉さんが持ってるのは植物魔法だろう?」
「うん。アーサーが持ってるのも治癒魔法だし、そもそもほぼ研究所に籠もってる私たちは政務にも関わっていない。どうやってもシグラスの立場を脅かすことはないんだけど……フィリップ皇太子は帝都の感覚でいるから。ドロドロしないのはありえないって思ってるんだろうね」
家督なんて欲しくもないし、狙ってもいない。そもそも、私にそんな行動を望んでいる人もいない。だから、フィリップ皇太子の言動は的外れでしかないんだけど……怖いのは、彼の狙いがどこにあるのか、だよね。
「私をライラック辺境領から追い出して、どうしようとしてるんだろう。身寄りがなくなれば、皇家に頼るはずだと思ってる? それとも、追放するぞと脅して言うことを聞かせようとしている? 微妙だなぁ」
「うーん、分からないけど。どうする、姉さん」
まぁ、対処としては前回と同じでいいかな。
「その手紙は、コピーしてばら撒くよ」
先日の手紙の件も、各地の貴族から抗議の署名が集まった上に、それぞれ個別に皇家への抗議文が届けられたらしいからね。複数のルートから、フィリップ皇太子が皇家での立場を悪くしているとタレコミがあった。まぁ、それはそうなるだろう。
そして今回は、貴族家の次期当主を自分の政略のために顎で使おうという手紙だ。相手を慮ることなく、このような一方的な命令をしてくる――というのは、過去の愚帝を思い起こさせる所業だからね。下手をすれば、フィリップの皇太子としての立場も揺らぐ所業である。
というわけで、盛大に拡散してしまおう。
「各貴族家との顔つなぎは私がするから、窮状を訴える手紙はシグラスが書いてね。アドバイスはするけど、これも経験だからさぁ。次期当主様」
「……うん、どうにか頑張ってみる」
そうして、シグラスが各所に手紙を送った、その数日後のことだった。
研究所にいる私とアーサーのもとに、マルゲリータちゃんが慌てた様子で駆け込んでくる。いつも冷静な彼女にしては珍しいけど、何があったのかな。
「ナターシャ様。ダメップが来ました」
「えー……来たって、辺境に?」
「そうです。配下の騎士たちを引き連れて、今はピューレシア市の外に野営陣地を作り、近くを通った一般人を威圧しながらふんぞり返っているようです」
うーん、それは困ったな。
さて、どう対処しようか。
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