海霞の輿入れ
使いから届けられた手紙には、
ならば私まで来る必要はないと思うが、白蓮は、ほぼ何かしら理由をつけて私を黎明宮へ呼んでいた。
「曇月、どうしましょう……陛下と顔を合わせたら、きっと緊張で何も話せなくなるわ」
「それは私も一緒ですよ」
「何よ、貴方は、しょちゅう陛下と会っているじゃない」
「それもそうですけど……黎明宮で顔を会わせると、なぜか、いつも以上に気を張ってしまうというか……」
「あぁ、きっと雰囲気の問題ね」
宦官に連れられ、白蓮の寝室――ではなく執務室へ向かう。時間帯からして丁度、皇帝としての執務が終わった時間帯であろう。
扉の奥から「通してくれ」という声が響くと、重々しい金色の扉が開かれた。
部屋の奥にある机で白蓮が、書類に目を通している。
「こんばんは、曇月。そして、はじめまして、海霞」
「おっ、お初にお目にかかります。曇月娘娘に仕えさせていただいております。はっ、海霞でございます!」
執務室に入るなり、すぐさま海霞が頭を垂れる。
「面を上げなさい。海霞、君の話は曇月から聞いているよ。しっかり者で、とても頼りになる姉君だそうではないか」
「えーと、そうですかねぇ……」
海霞が目を泳がせながら答える。
普段、誰に対しても大胆不敵な態度を取っている海霞でも、さすがに白蓮の前では動じてしまうらしい。
「今日、二人を黎明宮へ呼んだ理由は、海霞の輿入れ先が決まったからだ」
「本当ですか?」
驚きのあまり、海霞よりも先に私が叫んでしまった。
やっとだ。やっと海霞が嫁ぐ先が見つかる。相手がどのような方かは分からないけど、白蓮が選んだ殿方なのだから、きっと優しく真面目な方で――。
「これについては俺も色々と熟考したのだが……
耳を疑う。
言葉の意味を理解出来ず、混乱する。
(よりにもよって、あの男……?)
紫藤に口説かれた日の記憶を思い出し、寒気に襲われる。
「あのー、陛下なりに、お考えがあるのは分かりますが、紫藤様は陛下の弟君であり皇族の方ですよね? そして、私は皇后になる身です。もし姉上が紫藤様に嫁げば張家が外戚として力を持ちすぎることになりませんか?」
「それなら問題ない。海霞の父は彼女を捨てる目的で、娘を後宮へ送ったのだろう。ならば海霞は実質、張家の人間ではない。無印だ」
白蓮の言いたいことは分かる。
もし紫藤に張家以外の人間が嫁いだ場合、外戚の影響で、白蓮と紫藤が争う事態になる恐れがある。
ならば現在は無印であり、良家の生まれである海霞は、紫藤に嫁がせるには最適だろう。あくまで政治的な面では――。
「理由は納得いたしました。ですが、それでも腑に落ちないというか……」
白蓮が苦笑いする。
「曇月が言いたいことは分かる。しかし、アレでも紫藤は、一度請け負った責任は最後まで果たす程度に真面目だ。人をからかう事はしても侮辱はしない。酒好きや、好色家でもない」
冷静に思い返せば、彼が私を口説いていたのは白蓮を試すためだ。それに危険を犯してまで、白蓮を皇太后――のフリをした
彼なら海霞の嫁ぎ先として申し分ないのではないか――そう思い口を開こうとすると、海霞が首を傾げる。
「今の私は無印かもしれませんが――お父様のことです。紫藤様との縁談について知れば、私を取り戻しにくるでしょう」
「そうだろうな。だが君は今更、自信を捨てた父親に尽くしたいと思うか?」
「いいえ、全く」
「ならば何を言われても他人のフリをすればいい。俺が許そう。最近の張家がやっている非道な行いの数々は目に余る。一度ぐらい、痛い目を見るべきだ」
海霞が目を輝かせながら「はい、陛下のご配慮に感謝いたします」と答える。すると、突如、執務室の扉が叩かれた。
「誰だ?」
「兄上、僕ですよ」
急な来客の正体は――まさかの紫藤本人であった。
「入れ」
白蓮が返答すると、紫藤と従者の集団が中へ入る。
「紫藤、何の用だ?」
海霞が私の袖を引っ張る。
「姉上、どうしたの?」
小さな声で問いかけると、海霞に耳打ちされる。
「あれが紫藤様なの? あそこまで美丈夫な方だとは、思ってもみなかったわ。私に釣り合うかしら……?」
紫藤が白蓮の前に出る。
「僕は妻の顔を見に来ただけですよ」
「丁度、お前の話をしていたところだ。ほら、曇月の隣にいるのが海霞だ」
紫藤は、こちらに視線を移すと、にっこり微笑んでから海霞の前へ立った。
「お初にお目にかかります。紫藤と申します」
「えっ、えーと、曇月娘娘に仕えさせていただいております海霞と申します」
「早速、貴方とお話ししたいことが色々とありますが、せっかくですし外で散歩しながら話ませんか?」
「はい、喜んで」
頬を赤色に染めた海霞は、紫藤に連れられ黎明宮の外へ姿を消した。
この様子なら心配する必要はなさそうだ。
全身から緊張感が抜ける。やっと全ての問題が解決されたからであろう。
これで心置きなく立后の儀を迎えられる。
白蓮に一番近い場所に居られる。
「曇月」
白蓮に呼びかけられる。
声がした方を振り向くと、執務室の机から離れた白蓮が隣に立っていた。
右手を掴まれる。
「何を考えていた?」
「もちろん、陛下のことですよ」
「本当か?」
「嘘じゃないです」
「ほう」
白蓮は私の手を引きながら、執務室の外へ向かった。
「待ってください、陛下。まだ
「夕餉なら黎明宮に運ばせれば良い」
「そこまで、なさらなくとも……」
「俺はただ君と少しでも長く共に居たいだけだ。ほら、そんな困ったような顔をするな。あまりにも愛らしくて、こちらまで困惑してしまうよ」
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