徐貴妃の思惑
「この際、はっきり言わせてもらうけど……
『私が……誤解?』
「貴方は捨てられてなどいないわ」
『どうして言いきれるの?』
「だって、あの人は貴方に『孤独に耐えられるか?』と聞いたのでしょう?」
『そうよ』
「なら、これは当然の結果だわ」
『そんなわけないでしょ?』
「修行をしていない貴方には分からないかもしれないけど、道士や仙人は、基本的に孤独なの。一人で生きなければならない――だから、師匠は貴方を俗世で暮らさせた方が良いと判断したのよ」
あぁ、そうだ。
養父は――私達の師匠は、きっと私も夏鈴も愛していた。だから、彼は自ら死を受け入れたのだ。これは愛弟子の心を理解出来なかった己への罰なのだと、受け入れて。
『うっ、嘘よ!』
「嘘じゃないわ。残念だけど……これが現実よ」
『黙りなさい!』
夏鈴が私の首に手を伸ばす。
絞め殺すつもりだ。
状況をすぐに察し、避けようとする。
しかし、時もう既に遅く、夏鈴の冷たい手が首筋に触れた。
殺される――!
(ごめん鬼猫。結局、死ぬことになりそう)
絶望し目を閉じた、その時だった。
「夏鈴、貴方の悪行もここまでですよ」
目を開くと、そこには私の首へ手を伸ばす夏鈴と、彼女の首に鉄剣を当てる
彼の後ろでは、鎖を持った
「二人とも……来てくれたのね!」
七七が優雅な笑みを浮かべる。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「娘娘が無事でよかったです。冥界から七七と走ってきた甲斐がありました」
『
夏鈴が逃れようとする。
すると目にも止まらぬ速さで、八八が彼女を取り押さえた。
「抵抗しても無駄だよ。だって僕達は今まで屈強な盗賊の魂から、最強と謳われた将軍の魂まで回収してきたからね」
「八八、話を盛るのはよくないですよ」
「余計なこと言わないでよ、七七」
何やら口論が始まったが、何はともあれ助かったことに変わりはない。
「夏鈴、観念して封印した魂を解放してあげて頂戴」
夏鈴が諦めたように、天井を仰ぐ。
『分かったわ。私の負けよ』
そして、簪を一本抜き取り、先についていた宝石に息を吹きかける。すると宝石はこなごになり、宝石の欠片、一つ一つが幽鬼へと変化した。
現れた幽鬼は、宮女、妃、宦官から、衛兵まで様々だ。数え切れない人々が犠牲になっていたらしい。
幽鬼の一人が、私の姿を見て側へ寄ってきた。豪華な装飾を纏まとった女だ。髪は白くなっており、肌にも皺しわがよっている。年老いた体にも関わらず容姿は美しかった。
そう、
「皇太后様ですね……?」
『そうです。私達を見つけてくれてありがとう。白蓮をよろしくね』
皇太后は私の体を優しく抱きしめてから、姿を消した。他の幽鬼も次々と姿を消してゆく。最後に夏鈴が私の前に立って、口を尖らせた。
『曇月、今回は見逃してあげる。だから精々、友人や陛下を大切にして過ごしなさいよ。もし貴方が彼らを見捨てることがあれば、その時こそ、許さないから』
「えぇ、受けて立つわよ」
それ以前に、友人も、白蓮も、全て蔑ろにするつもりはないけどね。
***
「姉上、体の調子はどう?」
「体は元気よ。でも最近、変な夢を見るの」
「あら、もしかして怖い夢?」
「えぇ、私が貴方に『許さない』とか何とか言って襲いかかる夢。まるで私の体を別人に乗っ取られたような感じ……」
「そっ、そうなの……」
引越しの準備が終わり、空っぽになった青衣殿の壁を海霞ハイシャが、ボロ布で拭いてゆく。
青衣殿からなくなった家具は、全て皇后の宮である蓬莱殿へ運ばれているはずだ。本来、蓬莱殿への移動は、立后の儀を終えてから行うべきだが、白蓮の命により予定よりも早く行われることになった。
(清々しいような……虚しいような……不思議な気分ね)
夏鈴が負けを認め、立ち去ったことで私の周囲には様々な変化が訪れた。
現れる幽鬼の数が増えた。
今までは、後宮で非業の死を遂げた者の魂が、夏鈴に回収されていたせいで、幽鬼となって現れることはなかった。
しかし夏鈴がいなくなったことで、恨みを持ったまま死んだ者の魂が、そのまま幽鬼として現れるようになったのだ。
結果、ほぼ毎日、私の元には幽鬼退治の依頼が舞い込むようになってしまった。
次に白蓮の目にクマが、できることがなくなった。皇太后を気にせず政まつりごとに集中できるようになったからであろうか。
本人いわく「曇月が傍にいるからだよ」とのことであるが……。
「皇后様は、いらっしゃる?」
青衣殿の外から徐シュ貴妃の声が響く。
「姉上、徐貴妃様を中へ入れてあげて」
海霞は頷くと、青衣殿の戸を開けに行った。
「皇后様はいませんが、賢妃はいますよ」
中へ入ってきたのは、徐貴妃と籠を持った彼女の侍女であった。
「別に今から皇后様と、お呼びしても同じでしょう?」
徐貴妃は侍女から籠を受け取り、私に差し出した。中には円形のの器がいくつか入っており、蓋を開けて中身を確認すると紅が詰まっていた。市場で売っている品と比べて、発色が良い。
「これは徐家の領地で取れた紅花で作られた品よ。知っているかもしれないけど、私の実家は紅の生産地として有名なの。そして、この品は、実家で作られた紅の中でも最上級の物よ。儀式の日に使うといいわ」
「お気遣い感謝いたします。しかし、一つお伺いしたいことがあります」
「何かしら?」
「単刀直入に申し上げます。私の立后についてといい、茶の差し入れといい……最近は徐貴妃様に色々とお気遣いいただいておりますが、以前の徐貴妃様なら、このようなことはなさりませんよね?」
「そうね、でも今の私達は親戚でしょう?」
「本当にそれだけが理由でしょうか。私としては、いつの世も政まつりごとの中枢にいる徐家の人間が、やすやすと皇后の座を譲るとは思えません。何を企んでいらっしゃるのでしょうか?」
徐貴妃がフフッと笑う。
「いいわ、全て話してあげる。どうせ大した話じゃないから。他の妃嬪ひひんにも同じことを考えている子は、ごまんといるでしょうし」
海霞が客人用の席を引く。すぐさま意図を察した徐貴妃は席についた。
「こちらも単刀直入に言わせてもらうわね。まず前提として、私は実家のことはどうでもいいと思っているわ。どうせ後宮から出られる日は来ないもの。後宮の中でも、それなりに良い生活ができれば十分。まぁ、皇后の座まで欲しいとは思わないけどね」
「それで皇后の座を私に?」
「そうよ。貴方が寵愛を賜るようになって、から陛下は後宮へ定期的に足を運ぶようになった。そのお陰で私も陛下と関わる機会が増えてね。『徐貴妃は有事の際に妃嬪ひひんをまとめる能力に秀でている』と認めて貰ったのよ。つまり、陛下が後宮へ来て下さる間は、私が貴妃の位から落とされる心配がないの」
「あー、理解いたしました。要は私が寵愛を賜っている間は、徐貴妃様と陛下が関わる機会が確保される――つまり、徐貴妃様にとって私の立后は、間接的に利益に繋がるということですね?」
「そういうことよ。物分りが良くて助かったわ」
不敵な笑みを浮かべた徐貴妃は、可愛らしく、ちょこんと首を傾げる。
「どう? 呆れた?」
「いいえ、むしろ気が合いそうだと思いました。実家がどうでも良いのは私も同じですから」
まだ後宮へ来たばかりの頃は、張家の長は恩人だと思っていた。しかし、利益の為に海霞を捨てたことを知った今、彼に対する尊敬と感謝は、風に吹き飛ばされた塵のように跡形もなく消え失せていた。
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