妃の苦悩
「
金の装飾を全身に纏っているも関わらず、彼女が走る様子は軽やかであった。
もしかして実家にいた頃は、走り回っていたのかしら?
「
瑤徳妃は入口で立ち止まると、私の手を引きながら素衣宮の奥へ向かった。
なぜが彼女の目元は赤く腫れている。
先ほどまで泣いていたのだろうか。
やがて素衣宮の最奥にある瑤徳妃の
隣に瑤徳妃も座る。
「
事件の真相が分かったことが、瑤徳妃が泣いていた原因らしい。
「まぁ、そうだったのね」
まさか「知っているわよ。被害者の幽鬼から聞いたもの」などと答える訳にはいかないので、何も知らなかったフリをしておく。
「何となくそんな気はしていたのよぉ。でも本当に、こんな酷い事をなさるなんて……」
「
瑤徳妃が、ゆっくりと首を縦に振る。
「えぇ、私がまだ後宮へ来たばかりの頃は、まだ藍淑妃様は穏やかでお優しい方だったの。でも陛下が後宮にいらっしゃらなくなってから、日を重ねるごとに、どんどん、おかしくなられて……以前は嫌がらせなんてなさらなかったのに……」
あの藍淑妃が、穏やかな態度で接してくる様子など想像し難いのだが、瑤徳妃が言うからには事実なのだろう。
「それで、少し前に皁衣宮を尋ねた際に、藍淑妃様の、ご実家から届いた手紙が机にあって、こっそり中身を読んでみたの。そしたら酷い言葉が書き連ねてあったの」
「どうしてかしら。一族の者が淑妃という立派な位を賜っているのに、何か不足があるの?」
「あぁ、小月は箱入りお嬢様だから知らないのね。昔から徐家と藍家は仲が悪いの。だから、徐家出身の女が貴妃の位を賜っている事が気に入らないみたいで……」
「それで酷い言葉が書き連ねてあったのね。賜った位に関しては、藍淑妃様に罪はないのに」
白蓮が長らく後宮へ足を運んでいなかったこことにより、現在、後宮で作られている階級による序列は、政治的な要因や、家柄を考慮して作られた物だ。
なので少なくとも
酷い。酷すぎる。
こんな物は理不尽だ。
今まで藍淑妃を、ただの嫌な女としか見ていなかった自分自身を悔やむ。
もう少し彼女について知っていれば……向き合っていれば……。
「きっと気が病んでしまって、何もかも、どうでもよくなってしまったのね」
瑤徳妃が涙を流し始める。
この様子を眺めていた素衣宮の侍女頭は、他の侍女に
「私も実家にいた頃は、毎日お母様から、いつも酷い言葉を浴びせられていたから分かるの」
「嘘でしょ。娘にそんな事をする母親がいるの?」
「それがね……今のお母様とは血が繋がっていないの。お父様の再婚相手なのよ。あの人は、私を目の敵だと思っているみたいで、ずっと酷い言葉ばかり浴びせてくるの。例えば『女が書物ばかり読んでどうする』とか『一族の恥さらし』とかね」
「そんなの酷すぎるわよ。書物を読むことはいい事だし、
「ありがとう、小月。それでね、お母様の態度を見かねた、お父様が私を実家から引き離す為に、後宮へ送ってくれたの」
「素敵な、お父様ね」
毎月、瑤徳妃に贅沢な品が届く理由は、彼女の父が娘の幸せを祈って贈り物をしている為であろう。
瑤徳妃は、しばらく涙を流していたが、やがて泣き止んだ。杯に水を注ぎ、彼女に飲ませる。
「ねぇ、小紅。昨夜、私の夢に亡くなった女官が現れて、
実際は、官女どころか見知らぬ女に「許さない」と罵られる夢を見たが、彼女に女官の遺言を伝えるには、これが一番良い方法だった。
死人が夢を経由して、意志を伝えに来た例は星の数ほどある。
官女が残した言葉を、一字一句変えず、そのまま伝える。
「そう、彼女も私と同じ本の虫だったのね。もう彼女と言の葉を交わす事はできないけど、せめて
「そうね。私も祈っているわ」
窓の外で鳴り響く雨粒が、石や草を叩く音が強まってゆく。
今まで心地よいと感じていた雨音は、少しずつ騒音へと変わっていった。
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