絶好のチャンス

 凪は冷笑を浮かべながら、すっかり沈黙した桜に尋ねた。


「……話は終わった?」

「あっ、終わったっス」


「そっか、なるほどね。それは……うん、それはぜひとも新聞に載せるべき英雄譚だね」

「大丈夫っす。この英雄譚は必ずや、期待のルーキーの新聞部員であるアタイが、学校新聞の記事に載せるっスから……タコさんは安心して、たくさんやんちゃしてくるっスよ」


「んん、学校新聞の記事? ……なんだろう、頭痛がしてきたよ」

「そんなときは頭痛薬っスよ、タコさん!」


「――さあて、琉歌さん。ぼくらは教室に戻ろうか」


 凪は琉歌の腕をグイッと引っ張るが、琉歌はその手を振り払った。


「琉歌さん……?」


 眉をひそめる凪。

 一方、顔をしかめる琉歌。


「何を言ってるのよ、凪くんったら。ほら、目の前には期待のルーキーの情報屋がいるのにもったいないよ」

「もったいないって……何が?」


 首をかしげる凪。

 琉歌は嘆いたように天を仰ぐ。


「うーん、きみはまだピンと来ていないかもしれないけど……でもこれは絶好のチャンスなんだって」

「だからそのチャンスって、一体なんなの?」


「とんでもない権力を行使することができる奏ちゃんの……秘密を探るチャンスだよ」


 琉歌の言葉を聞いた瞬間、凪は驚きのあまり、少しのあいだ固まった。


「北埜さんの……秘密」

「うん」


 凪は琉歌とうなずき合い、二人して叶夢に詰め寄った。


「わわっ! アタイってば、何か悪いこと、したっスか……?」


 二人に詰め寄られている状況が分からないのだろう、叶夢は涙目になって体を震えさせた。


 琉歌、凪の順番で、今にも泣きそうな叶夢に迫る二人。


「本題に入るけど……情報屋の叶夢ちゃん」

「二年一組にいる変人少女、北埜奏さんのことについて……聞きたいんだ」


「彼女は何者なの?」

「彼女の正体って?」


「分かる……かな」

「分かる……よね」


「お願いだから……!」

「教えてくれる……?」


 上級生二人から迫られた叶夢はというと――。

「うっ、うっ……うわーん!」

 号泣。


 凪と琉歌は反省し、これらを見守っていた桜は大笑い。

 教室にいる一年一組の生徒は困惑し、担任教師を呼ぼうかどうか、ヒソヒソと話していた……。


 どうにかして凪と琉歌は叶夢をなだめているうちに、昼休みの時間は終わろうとしていた。

 凪と琉歌が一年一組の教室から出る間際、泣き止んだ叶夢が二人に対して叫んだ。


「タコさんにアマさん、北埜奏さんの情報……集めてみるっスから、この件は情報屋のアタイに任せるっス!」


 凪と琉歌は頭をペコリと下げてから、一年生の教室から飛び出た。

 廊下を走り、走り、階段を上り、上り――息切れしながらも、二人は二年一組の教室に戻った。

 肩で息をしながら、凪が時計に目を向けると、昼休みが終わる時間ギリギリだった。


「なんとか……間に合ったね」

「うん……だね」


 そのように凪と琉歌は呼吸を落ち着かせながら会話すると、それぞれ自分の席に戻った。

 そんな凪の席には……空っぽになった弁当箱が。


 凪はお腹が減るのを感じた。


 何食わぬ顔で次の授業の準備をしている裕貴をにらみつけながら、凪は弁当箱を片付けた。

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