偽札没収
放課後の二年一組では、「東城交流の会」のメンバー三人に加え、顧問の美麗、それに早退したはずの奏が席についていた。
美麗はイラッとしたように、奏をねめつける。
「貴様、早退したのではなかったか?」
ふっ、と奏は笑うと、指を横に振った。
「世の中、そう甘くはないのだね……何を隠そう、両親はわたしに『今からでも遅くない、もう一度学校に行きなさい』と涙交じりに頼み込んだのさ。
そう、だからわたしはもう一度、登校しようと思ったのだよ、諸君」
「さっき、貴様の両親から電話があった。親不孝で素行不良のどうしようもない娘をどうかビシバシ鍛えてくれ、とのことだ」
「まったく子不孝な……一体、いつからお父様とお母様はわたしを愛さなくなったのだろう、うーん、ビューティフル!」
そんな大声で笑い出す奏を、軽蔑しきった目で見つめる美麗。
そのとき、桜が「奏せんぱ~い」と猫なで声を出した。
「わたし、お金が欲しいですぅ」
奏は笑うのをピタリとやめ、桜のほうに顔を向けた。
「ふむ、きみは誰だね?」
「あ、はい、わたしですか?」
一年の島崎桜です、と桜は名乗った。
「島崎さんか、なるほどね。ふむ、いいだろう、このお札を受け取るがいい」
「え、マジですか! やった、これで金欠からおさらば……むっふっふっ」
たまらず凪は「ちょっと!」と叫び、席から立ち上がったが、奏が桜に渡したのはボードゲームで使われる偽札だったので、何事もなく席に座った。
「……これはなんですか。これがお札ですか?」
「ふふっ、本物のお札だと思って、優雅に暮らしたまえ」
肩を落とす桜と胸を張る奏。
すかさず、美麗は椅子から立ち上がり、桜の手からおもちゃのお札をかすめ取った。
「学校にこんな物を持ち込むとはな。没収だ。シュレッダー行きは免れないものと思え」
見るからに奏はうろたえた。
「なんてことを……お札をシュレッダーにかけるだなんて、それでもあなたは教職者か」
「おもちゃの偽札だからな」
「命だけは……言葉だけは通じるから」
「おもちゃの偽札に命なんてあるはずがない。ましてや、貴様の言葉はあたしには届かないぞ、北埜」
美麗がおもちゃの偽札を握りつぶすのを見て、あっ、と奏は弱々しい声を上げ、そのまま意気消沈。
ふん、と彰人は鼻を鳴らした。
「しょせん、噂は噂だな」
「そのとおりだよ、彰人くん……?」
彰人の独り言を聞いていただけに、彰人を見る凪の目は険しかった。
早速、奏は気持ちを切り替えたのか、「ところで、諸君」と腕組みをしながら、凪たちに尋ねた。
「この謎の集会は、一体何かな? 何かの作戦会議なら、やめておいたほうがいい……言っておくが、わたしの口は軽いぞ?」
ふふふ、と美麗は笑うと、突然クワッと目を見開いた。
「ただの同好会だ。部外者の貴様には、即刻下校を命じる。とっとと出て行け」
「むぅ、今教室に来たばかりのわたしに下校を命じるとは……竹原教諭、あなたはなんて残酷な人だ」
そう言う奏の表情は、いつにもまして明るい。
どころか、彼女はすでに席から離れ、スクールバッグを肩に提げては教室から出て行こうとしていた。
その奏を、
「待って!」
と凪は呼び止めると同時に、席から立ち上がっていた。
教室にいる一同は、凪に注目したようで、思わず凪は複数の視線を感じ、少々たじろいだ。
「遠山氏、待てとは何か。残念ながら、“あれ”はおれの獲物だ。“あれ”の恋人になるなら、まずはおれに許可を……」
凪は余計な言葉をしゃべる彰人に怒りたくなる気持ちを抑え、視線は奏に向けたまま、早口で言った。
「北埜さん、ぼくらの『東城交流の会』に入らないかな、今日は急遽体験入部ってことで、もし良ければでいいんだけど、ぼくはきみが入ってくれたら、嬉しいし、どう、体験入部は?」
奏はキョトンとしていたが、徐々に凪の言っていることが理解したのか、急に分かりやすく赤面した。
そう、まるで告白を受けたとばかり、奏は動揺した。
「急にそんなこと言われてもだな、わたしは……わ、わたし、はわっ!」
「な、なんだって?」
予想以上に奏が動揺したので、それに釣られ、凪も動揺し、つい大声を上げてしまった。
そしたら、
「ごめんつかまつる!」
そう奏は別れの挨拶を口にすると、あわてて教室から出て行ってしまった。
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