第30話 そうねー、おっぱいおっきかったもんねー



 さて、しばらくの間ハルキと聡のやり取りを見ていた私は、いい加減二人を引き離した。

 二人のって言っても、ハルキが一方的に聡に絡んでいただけって感じだけど。


「ハルキ、やりすぎよ」


「いやあ、ごめんごめん。つい夢中になっちゃってね」


 私の注意に、ハルキはケラケラと笑いながら答えた。

 久しぶりに会った弟のような存在に、自分でも意図せずブレーキが効かなかった……って感じか。


 むっとしてハルキを見つめる。


「……?」

 

 ……私、なんでむっとしているんだろう。

 ハルキにしてみれば、弟とのスキンシップのようなものだ。実際に弟はいないからこそ、距離感もわからないのだ。


 ……とはいえ、相手は思春期真っ先の男の子だ。

 その思春期男子は、というと……


「あ、あ……は、ぁ……」


 顔を真っ赤にしたまま、うわごとのようになにかぶつぶつと呟いている。

 なんなら、このまま湯気でも出てしまいそうだ。頭にやかん乗せたら沸騰でもしないかな。


 今聡の頭の中は、それはもういろーんなことを思い出しては流れて行っているはずだ。

 目の前の人物は小さい頃に遊んだハルキ。それが実は女の子。めっちゃ距離が近い。柔らかく大きなものが押し付けられていた。多分いいにおい。


 真実やら信じられないことやら。思春期男子にとってはいろんな意味で耐えられない状況だろう。


「聡、大丈夫?」


「……はっ。あ、あれ……」


 私が聡の顔の前で手を振ると、聡ははっとした様子で目をぱちぱちとさせる。

 ハルキのスキンシップで固まってしまったなら、わたしの顔を見せてしまえばいい。


 よーしよし、身内の顔見れば冷静にもなるだろう。


「あ……な、なんか俺、変な夢でも見てたみたいだ。はるきにーちゃんが、女だなんて……ははは……」


「やっほー」


「わー!?」


 先ほどの出来事を受け入れられていない聡は、ハルキが女の子だというのを夢だと思おうとしたみたいだけど……

 眼前に飛び出し笑いながら手を振るハルキの姿に、またも驚愕する。


 その顔は、やっぱり真っ赤だ。

 ハルキは、薄手ノースリーブのTシャツに、短パンを履いている。まあ、思春期男子にとって目のやり場に困る恰好だろう。


「スケベ」


「! は、はぁ!? ちがっ、違うし! 俺は別に……

 てか、この人が本当には、はるきにー……はるき、さんなのかよ!?」


「そうだよ。本人もそう言ってたじゃん」


「言ってたけどさ!」


 さあ、聡が現実を受け入れるまでにいったいどれだけかかるかな。私はかなりかかった。


 自分が兄のように慕っていた人物が、実は女の子で……しかも、こんなかっこいい美人に育っていたら、そんな反応にもなるかな。

 てか、悟さっきからハルキの胸ばっか見てんな。


 女の子はそういうのわかるんだからね。

 ……いや、これは悟がわかりやすいだけか。私自身のことでもないし。


「スケベ」


「っ、いや、だから……!」


「あはは……聡も、ボクのこと男の子だと思ってたんだよね。

 ……もしかして、がっかりさせちゃったかな」


「!」


 悟の取り乱しよう……それを見て、ハルキは言う。

 がっかりしたかと……そう言うハルキの表情は、笑っていながらも少し寂しそうに見えた。


 それに悟も気づいたのだろう、はっとして首を振る。


「い、いや、驚いたには驚いたけど……別に、がっかりとかはしてないし……」


「ホント? ボク、また聡と仲良くできる?」


 ……ハルキは、きっと気付いていないんだろうな。

 目をうるうるさせて、こてんと首をかしげているその表情が、どれだけ破壊力があるのかを。


 私だってちょっとむらっとしちゃうってのに。

 これを正面から受けて、聡は大丈夫なのだろうか。


「も、もちろん。む、昔みたいに仲良く……は、はるきにー……は、はるきさん」


「ふふっ、やだなもー。昔みたいにはるきにーちゃんでいいよ」


「いや、それはさすがに……」


 聡に受け入れてもらったとわかり、ハルキは花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 それは、とても眩しい。先ほど抱いた邪な気持ちなど、消えてしまいそうだ。


 しっかし……聡は今、ハルキに対してどんな感情を抱いているのだろう。

 昔のようににーちゃんとして接することが出来なくなったのは、確かだろう。


「あ、ちょっとごめんね」


 その時、ハルキのスマホが着信を報せ、ハルキは少し離れて電話に出る。

 いいタイミングで、ハルキが離れてくれた。今のうちに、ハルキのことをどう思っているか聡に聞こう。


 そう思っていたら……


「ちょ、ちょちょちょ! な、なんだよあれ!」


 私がなにを言うより先に、聡が私の肩を掴んだ。


「なんだよって、なにが」


「なにが、じゃねえよ! わかってるだろ!」


 うん、わかってる。ハルキのことだよね。


 とりあえず私は、聡の手を叩いて離すように伝える。

 聡は手を離した。


「ホントに、あの人がはるきにーちゃんなのかよ」


「何回確認するのよ。そうだって言ってるでしょ」


「いや、二人で俺を騙してるとか……」


「なんのためによ」


 何度確認しようとも、これは覆せない事実だ。

 私の反応に、ようやく悟ったのだろう。「マジかぁ」と言いながら頭をがしがしとかいた。


 それは多分、私が感じたのとは似ているようで少し違う感情。

 私の場合、戸惑いと初恋が実らなくなったショックが大きい。


 でも悟は、その大部分が困惑のみのはずだ。


「……姉ちゃんは、知ってたのかよ」


「まさか。言ってたでしょ、私ハルキのお婿さんになるんだって。

 学校で再会して、そしたらまさかの……よ」


 はぁあ、私ってば子供とはいえなんてことを弟に言ってたのかしら。

 別にそれが恥ずかしいことだとも思ってなかったんだから、仕方ないんだけど。


 ……まあ、私のことは置いといてだ。


「ハルキが女の子で、嫌?」


「嫌っていうか……俺にとっちゃホントににーちゃんみたいだったし、もうどうしたらいいのか……」


「そうねー、おっぱいおっきかったもんねー」


「お、おおっぱ……む、胸は関係ないだろ!?」


 あらまあ、反抗期だった聡が、こんなに顔を真っ赤にして照れちゃうなんて。

 なんだか、おかわいいわねぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る