第20話 いい彼氏さんですね



 携帯ショップにたどり着き、私とハルキは店内へと足を踏み入れた。

 そこはさすが携帯ショップ、いろんな機種がある。なにも決めずに来たら、どれを選べばいいのかわからなくなってしまうだろう。


 だからハルキには、事前にどういう機能があるものがいいかを決めてもらっていたのだけど。


「うぅん……」


 そもそもスマホを……いや携帯電話を持ったことがないハルキだ。

 機能だなんだと言われても、あんまり詳しくはわからない。さっき言ってたように、容量が多ければいいかなくらい。


 初めての携帯電話ともなれば、店員さんに聞けばいいのではないか。

 そう思う気持ちも、あるけど……


「ハルキは、私を頼ってくれたんだもんね……」


 ハルキは私に、アドバイスを求めてきたんだ。

 なにもしないうちから店員さんに全部丸投げじゃあ、恰好がつかない。


 だから、ここはなにかすごそうなアドバイスを……


「ねえ、カレンが使ってるのってどんななの?」


「へ?」


 さてどんなアドバイスを……と考えていたところで、ハルキの方から聞いてきた。

 私が、どんなスマホを使っているのかと。


 そういえば、ハルキの前で見せつけたことはないな。スマホ持ってないって言ってたし、あんまりこれ見よがしに見せるのもどうかと思ったんだ。


「……これだよ」


 私はポケットからスマホを取り出し、それをハルキに渡す。

 ハルキはスマホをまじまじ見た後、「すいませーん」と近くの店員さんを呼んだ。


「はい、いかがされましたか」


「えっと、これと同じ機種のスマホってありますか?」


「こちらは……はい、ございますよ。ご案内しますね」


 ……あれ? なんか、私の目の前ですらすらと状況が流れていく。

 これは、いったい……ハルキってば、なんで私のスマホと同じ機種だなんて?


 私はとりあえず、二人に着いていく。


「こちらです」


「おぉ……お、色違いがある! ボク、これにしようかなぁ……」


「ちょっ、ちょちょ!」


 案内された場所にある、私のスマホと同じ機種が並んでいるのを見て、ハルキはその一つを手に取ろうとする。

 私はその手とは反対の腕を、掴んだ。


 わ、わっ。私、自分からハルキの腕掴んじゃった。


「カレン?」


 うわぁ、やわっこぉ……腕やわっこぉ……!


 ……じゃなくて!


「いや、ハルキ……そんな、あっさり決めちゃっていいの?」


 私のスマホと同じ機種……それは、まあ嬉しいけど。

 せっかくこんなに機種があるのに、そんなあっさりとした決め方でいいのだろうか。


 だけどハルキは、にこりと笑って。


「せっかくだし、お揃いとかどうかな、と思って」


 なんて、言いやがった。


「おそ……」


「それに、まさかこんなに種類があるとは。どれを選んだらいいかわからなくて」


 あはは、と笑うハルキ。


 あー、うん、そうだよね。お揃いなんて言っても、深い意味はないよね。

 うん、わかってるわかってる。私と同じやつのほうが、手っ取り早いってだけだ。


「あの、この機種は写真いっぱい撮れますか?」


「はい。容量は充分にございますよ。動画もたっぷり撮影可能です」


「よし」


「よし?」


 まあ……スマホを使うのは、ハルキなわけだし。

 私があれこれと口出しする問題じゃないよなぁ。


 でも、これじゃあ……


「別に私、いらなかったんじゃあ……」


「え?」


「あ……」


 しまった、口に出てしまっていた。

 でも……仕方ないじゃない。私と同じ機種のスマホを選ぶなら、別に私がアドバイスする必要なんてないわけで。


 私はハルキに頼られたと思って嬉しかったけど……ハルキにとっては、誰でも良かったのかもしれない。

 せいぜい、道案内程度のつもりで……


「ごめん、なんでもな……」


「いらないなんてことないよ、カレン」


「え」


 今のはなんでもないのだと、ハルキに気遣わせまいとしていたのに。

 それより先に、ハルキが口を開く。


「カレンとは久しぶりに会ったからさ……なんか、二人でお揃いのものがあったらいいなって、本気で思ってたんだよ。だから、別に適当に決めたわけじゃない」


 私を、私だけを見つめながら、ハルキはそんなことを言う。


 な、なんてことを……なんて甘い台詞を、吐くの!?

 これ、本音? 本音なんだよね? なんで真顔でこんなこと言えるの!?


「あ、え、あ……さ、さっきの答えに、なって、ないんだけど……」


「え? あー……はは、確かに。

 でも、カレンと一緒にお出掛けできて、ボクは嬉しかった。だから、いらないなんて言わないでよ」


「ぁ……」


 また、そんな胸をときめかせるようなことを……

 しかも、さりげない仕草で、頭に手を置いて。


 こんなの……こんなの……


「あのー、お客様?」


「!?」


 この甘い時間に酔いしれていたい。そう思っていた。

 でも、そういうわけにはいかない。第三者の声が、私を現実に引き戻してくれた。


 見れば、店員さんが困ったように笑って、こちらを見ている。


 し、しまったぁ! ここ、店内だったぁ!

 しかも、休日のお昼過ぎだし、わりとお客さんも多い! みんなじゃないけど、見ている人もいるよぉ!


「そちらの機種をお買い上げ……ということで、よろしいでしょうか?」


「あ、はーい」


 ハルキの手が、頭から離れる。

 少し、寂しい。


「では、あちらでお買い上げ手続きの方を……」


「わかりました」


 店員さんに示された方向へと、ハルキは向かう。

 私もカウンターへ向かうべく、足を進める……けれど、店員さんはにこにこしながら私を見ていた。なんだ?


 そして、私の耳に顔を寄せてから、一言。


「いい彼氏さんですね」


「!?」


 そう言って、ハルキを追うように行ってしまった。


 え、かか、彼氏って……えっと、もしかして……いや、もしかしなくても……ハルキのこと、言ってる!?

 もしかして私たち、誤解されちゃってる!?


 は、はは……恥ずかし過ぎるぅ……!

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