第18話 護身術教えてもらおうかなぁ



 ハルキと手をつなぎ、並んで歩く私の心臓は、もう張り裂けそうだった。

 だって、だってさぁ。好きだった男の子……だと思っていた女の子と、手をつないでいるんだよ? 私まだ、ハルキへの気持ちをちゃんと清算できてないんだよ?


 なんとか、ハルキへの想いを封印しようとして。

 その矢先にこんなことされたら、私はぁ……


「カレン、さっきから黙っちゃってるけど、大丈夫? やっぱりさっきのが……」


「だ、大丈夫だって!」


 あぁもう、私ってば何回同じこと繰り返すんだよ!

 ハルキを心配させるわけにはいかない。私は、普通だ……いつも通りに振る舞わないと。


 わ、話題を。なんとか話題を。


「さ、さっきのと言えばさ。私も、護身術教えてもらおうかなぁ」


「え、カレンが護身術を?」


 なんとなしに出た言葉だけど、我ながらいい話題ではないかと思った。

 実際、護身術に興味がないわけではないのだし。


 私より背が高いとはいえ、ハルキだって女の子。そんな子が、二人の男を倒したのだ。

 さすがに、あそこまでいかなくても……


「せめて、自分の身は守れるようになりたいの。さっきみたいに、なにもできないのは嫌だから」


 護身の名前の通り、せめて自分の身を自分で守れるようにはなりたい。

 さっきは、ハルキがいなければどうなっていたかわからない。


「そっか、それはいい考えだと思うよ。けど、大丈夫かな……」


「大丈夫って……もしかしてハルキ、私のこと運動音痴だとか思ってない?」


 私が護身術を覚えることに賛成してくれるけど、打って変わって心配そうな表情を浮かべる。

 その視線が、私の身体を見ていることに気付いて恥ずかしくなるけど……ハルキの考えていることが、なんとなくわかってしまった。


 ハルキは、私のことを運動音痴だと思っている。もちろん、運動音痴であっても護身術を覚えることはできるだろう。でも、動けるに越したことはないはずだ。

 なんとなく、ハルキに運動音痴だと言われるのが嫌だった。


「言っておくけど私、体育の成績かなりいいんだからね。中学の時、同級生の男の子にも負けないくらいだったし」


「え、そうなの? カレン、頭はいいけど運動はできないタイプなのだとてっきり……あ、ごめん」


 私の答えが意外だったのか、口を滑らせてしまうハルキ。

 そんなことを思っていたのか、こいつは。でも……なんだか、ハルキの考えていたことが知れて嬉しい。


 口を押えている姿が、なんだかかわいらしい。


「いいわよ、別に。これからわからせてやるんだから」


「はは、それは楽しみ。でも、昔は運動は苦手じゃなかったっけ」


「!」


 ハルキの、鋭い指摘。そう、私は元々運動神経がいいほうではなかった。


 十年前、ハルキたちと遊ぶ時だって、かけっこも私は一番遅いくらいだった。

 それでもみんな、凝りもせずに一緒に遊んでくれたのは、いい思い出だ。


「こ、子供の頃の話でしょ。それに、あれから何年経ってると思ってるのよ」


「それもそっか」


 あはは、と笑うハルキの顔を、まともに見られず私は、顔をそらしていた。

 私が、運動神経がよくなったのは……ハルキのせいだ。せい、というかおかげというか。


 いつか再会した時……ハルキは、運動ができる子が好きだろうかと。そう考えて、いっぱい身体を鍛えた。

 おかげで、当時は運動が全然できなかった私も、すっかり運動神経がよくなったのだ。


「そ、それより。教えてくれるの? くれないの?」


 ただ、運動神経がよくなった経緯を正直に話せるはずもなく。私は誤魔化すように、さっきの問いを再びぶつけた。


「そりゃ、もちろんいいよ。というか……それって、ボクが教えるってことでいいんだよね?」


「そ、そうよ! ……もしかして、嫌だった?」


 護身術を教えてくれると、ハルキは答えてくれた。だけど、やっぱり少し不安そうな表情。

 もしかして、本当は私に教えるのは、嫌だったりして!?


 もしそうだとしたら……


「いやいや、まさか。カレンに教えるのは全然かまわないよ。

 ただ、人に教えるなんて、やったことないからさ。初めてで、ちゃんとできるかなって」


 首と手を同時に振るハルキの動きは、少し面白かった。

 なんだ、よかった……ハルキの不安は、私に教えたくないからではなくてうまく教えることができるのか、というものか。


 そんなこと、気にしなくてもいいのに。ま、教える側からしたら気にすべきことなんだろうけど。

 ……それにしても、まさかハルキに教えてもらえるなんて。それも……


「教えるのが、初めて……」


「カレン?」


 ハルキは、人に教えるのが初めて……それはつまり、教える相手は私が、初めてだということだ。


 そう、私が初めて……わ、私が、ハジメテ……!


「キャーっ!」


「!?」


 私は両頬に手を添える。

 なに考えちゃってんの私! バカなの私!


 はっ、いけない! ハルキに変な目で見られちゃう! 平常心平常心!


「こほん。じゃ、じゃあそういうことで、詳細はまた後で」


「わ、わかった」


 そう、詳細は後でだ。ハルキがスマホを手に入れれば、スマホでいつでも連絡を取り合うことができる。

 もちろん、直接会って話したいけど……スマホで繋がっていると考えると、それも悪くないと感じる。


 それに、だ。ハルキがスマホを変えば、連絡先に登録する一番最初の名前は私になることだろう。

 なんたって、目の前にいるのだ。試しに連絡先交換しよ、とか言って交換してしまえばいい。


 そうだ。私が、ハルキの連絡帳に一番に名前を刻むのだ。


「くふ、くふふふ……」


「?」


 だ、だめだ、まだ笑うな。こらえるんだ。

 今はとりあえず、先にお昼ご飯だ。お腹を満たして、それからいよいよ本番なのだから。

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