今日は乾杯から始まるいい日

ガウテン

肉じゃがと乾杯

「まじであのクソ客。今度会ったら覚えとけよ、」


 会社終わりの帰り道。

 今日の営業先のことを思い浮かべながら帰路につく。


 私が住んでいるマンションはもう目と鼻の先にたたずんでいる。


 マンションが近くなるににつれて、自然と足が速くなっていく。


 確か今日は『肉じゃが』だ。






 ドアノブに手をかけ玄関を開ける。


 私はその瞬間勝利を確信した。


 空の胃袋を優しく刺激する調理中の肉じゃがのいい匂い。それと「コトコト」と肉じゃがを煮る不規則な心地いいリズム。

 どこか懐かしく聞こえてくる。


「ワンッワンッ!!」

「おかえり~」


 聞こえてくるのは料理の音だけではない。


 リビングに続く扉一枚隔てた先から聞こえてきたのは元気のよい犬の返事と落ち着いた男性の声。


 このいい匂いを作りだした張本人である。


「ただいま、飯垣いいがきさん。今日は肉じゃがですよね?」

「うん、そうだよ」


 私は大抵の料理はおいしく食べられるが、中でも肉じゃがは上位に入るレベルで好きだ。


「じゃあ、酒樹さかきさんはできるまでにまだもう少し時間かかるからお風呂に入っておいで」

「わかりました」


 そう返事をして風呂場に行き服を脱ぐ。


 あらかじめ飯垣さんが湯を張っておいてくれたお風呂に入って疲れをとる。


 センスのいい香りが漂い、眠気が襲ってくる。

 けれどここでは眠れない。これから今日という日が始まるからだ。







 神を乾かして、パジャマに着替えてリビングに行く。


 テーブルの上にはキンキンに冷えた缶ビールとこれまたよく冷えたキュウリに味噌がかかっているうまいつまみが置いてある。


 部屋の隅ではわが愛犬がもう眠っている。



 飯垣さんはまだ台所で何かしている。

 でも待てない。


「飯垣さ~ん乾杯しましょ。乾杯」

「ちょっと待ってね」


「はやく~」


 飯垣さんをせかしている間も私の目線はビールとつまみの間を行ったり来たりしている。


「はい、はい、お待たせ。できたよ。肉じゃが」


 きた。

 もう待ちきれない。


「早く持って飯垣さん」

「はい。いいよ」


 今から私の一日は始まる。この合図をもって。


「かんぱ~い!」

「乾杯」


 その合図とほぼ同時に「グビグビッ」と喉を通す。


 夏場、風呂上りで火照った体を、エアコンでは感じられない人体の奥の奥に、流れ落ちる。


 その余韻を10秒ほど楽しむ。





 その後再度ビールを一口飲む。


 そしてすっきりとした口に入れるのは、味の濃い甘辛いみそを塗ったキュウリ。

 それを勢いよくかみ砕く。


「おいしい~」


 会社であったいやなことは全部忘れられる。






 缶を1本開け2本目に入るタイミングで、肉じゃがに手を付ける。


「おいしい、」


 肉じゃがを箸ではなくフォークでいただく。


 ホクホクで茶色くなっているじゃがいもと、玉ねぎ人参の甘味、それとお肉だけのシンプルな肉じゃが。


 だけどこれでいい。これがいい。


 フォークで一口。

 舌に肉が触れた瞬間、甘じょっぱい風味が口いっぱいに広がった。


 それを二、三度咀嚼して飲み込んだと同時にかすかに残る風味とうまみとをビールで一気に流し込む。


 至福まさに至高。






 ちらっと横目で飯垣さんを見る。

 柔らかく微笑みながら咀嚼している様子はかわいく見えてくる。




 2缶目のビールを飲み干すと飯垣さんは麦焼酎を持ってきた。


 少し冷めて温かい程度の肉じゃがは麦によく合う。






 まだ今日という日は始まったばかりだ。

 たった、2時間しか今日を感じれないことは寂しいだろうか。


 否。暖かな家とお風呂、うまい飯に酒。そして愛犬と飯垣さん。




 それが私のいい日の条件。




──────────────────────────────────────


どうも初めまして「ガウテン」です。


気が向いたら続きかきます。




では、また。

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