誰が為に。

嵩祢茅英(かさねちえ)

誰が為に。

誰が為に。(たがために)


読んだとしたら多分30分くらい

1:1



崎原みかこ(さきはらみかこ) 19歳♀

中学に上がってすぐ両親を事故で亡くしたあと施設に入り、18になった歳に施設を出た

これから独り立ちして生きていこうとしていた矢先、心臓の病気であることが分かり入院している


鏑木直人(かぶらぎなおと) 19歳♂

小さい頃からみかこが好き


医者♂

医者になりたての頃、みかこと同じ病気で恋人を亡くしており、必要以上にみかこを気にかける



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みかこM「最近、昔の夢ばかり見る

理由は分かっている

きっと私は、あの頃に戻りたいのだーーー」



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病室のドアをノックして入ってくる直人


直人「みかこちゃん」


みかこ「直人…来てくれたの」


直人「うん。あ、見てこれ。来る途中のお花屋さんで買ったんだ

かわいいでしょ。みかこちゃん、この花好きだったよね?」


みかこ「…直人」


直人「あれ、違った?あんまり好きじゃなかった?」


みかこ「こんなに頻繁に、見舞いに来なくていいんだよ

ううん。明日からは、もう来なくていい」


直人「…え?」


みかこ「直人には、直人の時間を生きて欲しいの」


直人「ちょ、ちょっと。何言ってるの…?」


みかこ「…これ以上、迷惑はかけられない」


直人「迷惑だなんて、そんなの思った事ないよ。

これからも来る。それは、僕がそうしたいから。

だから、そんな寂しいこと言わないで」


みかこ「…」


直人「…何かあった?」


みかこ「…何も」


直人「…そう

あ、お花…花瓶に入れてくるから

ちょっと待ってて」


直人、病室を出ていく


みかこ「(溜息をして)急、だったよね。直人、変に思ったかな…」


みかこM「小さい頃から、直人はいつも私の側に居てくれた。


嫌な事や悲しい事があって、公園の遊具に隠れて泣いていた時も、直人は必ず見つけて寄り添ってくれた。


中学に上がってすぐ、両親が事故で亡くなった時も。

引き取り手がなく、施設に入ると決まった時も。

直人は私の手を握って、隣にいてくれた。


直人のご両親もとても良くしてくれたけれど…


私の気持ちを知ってか知らずか、おばさんには

『直人には家柄も学歴もしっかりとしたお嬢さんと一緒になって欲しい』と釘を刺されてしまった。

当たり前の親心だと思う。

だから私は直人への気持ちを諦める事にした。

丁度良かったのかも知れないと、自分に言い聞かせて。

だって私は…長くは生きられないから」


直人、花瓶に持って病室に戻ってくる


直人「ただいま。お花、ここに置くね」


みかこ「…ありがとう」


直人「(ベッド脇の椅子に腰掛ける)よいしょっと…

…うん。今日は顔色がいいね

朝ごはんはちゃんと食べれた?」


みかこ「…うん」


直人「よかった

じゃあ、さっきの話の続き

みかこちゃん、何かあった?」


みかこ「何もない。本当に…」


直人「…」


みかこ「それより、直人は大学どうなの?」


直人「うん、まぁまぁかな」


みかこ「せっかく志望の大学に入れたんだから

たくさん勉強をして、たくさん友達を作って

…それから、彼女も

おばさんとおじさんを安心させてあげないとダメだよ?」


直人「勉強は真面目にやってるよ。友達もいる

だからみかこちゃんが心配することはないよ

みかこちゃんは、自分の体の事を考えて

今は、よくなる事だけ考えて欲しい」


みかこ「…よくなる事なんて無い

分かってるでしょ?

ドナーなんて、見つかりっこない

たとえ見つかったとしても難しい手術なの」


直人「僕は諦めて欲しくないんだよ」


みかこ「いいの。もう受け入れてるから

覚悟は出来てる」


直人「覚悟って…僕じゃ、みかこちゃんの生きる理由にはなれない?」


みかこ「…それって…どういう意味?」


直人「僕はこの先も、みかこちゃんに生きて欲しいんだよ。僕の隣で、ずっと」


みかこ「…」


直人「『すべての不幸は、幸福への踏み石に過ぎない』」


みかこ「え?」


直人「昔、読んだ本に書いてあった」


みかこ「…よく覚えてるね、そんなの」


直人「だから、生きる事を諦めないで

生きて、僕の側でいつまでも笑っていて欲しいんだ」


みかこ「…まるでプロポーズみたい」


直人「まるで、じゃないよ」


みかこ「…」


直人「僕と、これからの人生も共に生きて欲しいと思ってる」


みかこ「…だめ」


直人「…みかこちゃん?」


みかこ「そんなの、許されない…

やっぱりこれ以上、直人はここに来るべきじゃない」


直人「どうして?」


みかこ「両親が死んで…直人やおばさん、おじさんには、とても良くしてもらった。

けれど、私は何も返せない…

その上病気になって、いつ死ぬかも分からない。

そんな女のために、これ以上何も費やすべきじゃない」


直人「何かを返して欲しくて、側に居るんじゃないよ」


みかこ「それでも」


直人「僕、みかこちゃんの負担になってる?」


みかこ「…負担だなんて

迷惑を掛けているのは、いつだって私の方なのに」


直人「みかこちゃんはさ、僕のことどう思ってる?」


みかこ「…優しい…幼馴染」


直人「僕はさ。一人の女性として、みかこちゃんを大切に想っているよ

どこにも行かないで欲しい、側にいて欲しい

…みかこちゃんも、同じ気持ちじゃないの?」


みかこ「…違う

直人はもっと素敵なひとを見つけるべきだよ

だから悪いけど…直人のその気持ちには応えられない…」


直人「応えられないから、僕を遠ざけようとするの?」


みかこ「…」


直人「みかこちゃんが僕にとって大事な人なのは、今までもこの先も変わらないよ

僕は諦めたくない

僕にできる事ならなんでもする

だから、お願いだから…希望を捨てないで欲しいんだ」


みかこ「…どうして、そんなに必死になれるの」


直人「みかこちゃんがいなくなったら、僕の生きる意味が無くなってしまうから」


みかこ「…そんな訳、ないじゃない」


直人「(薄く笑う)ねぇ、みかこちゃん。手、出して」


みかこ「…ん」


直人「(みかこの手を握る)冷たい」


みかこ「直人の手は、いつも温かい」


直人「みかこちゃん、知ってる?

みかこちゃんの手が冷たい時は、みかこちゃんが不安に思ってる時、なんだよ」


みかこ「え?」


直人「子供の頃から、ずっとそう」


みかこ「…そんなこと」


直人「あるの。僕の方がみかこちゃんのこと、よく知ってるんだから」


みかこ「…」


直人「僕には嘘、吐かないで。甘えていいんだよ」


みかこ「…今までたくさん甘えてきた」


直人「まだまだ足りない」


みかこ「甘やかしすぎ」


直人「そうかな?みかこちゃんが素直じゃないから」


みかこ「なんで、素直じゃないって思うの?」


直人「んー。本当はもっと甘えたいって、そう思っていて欲しいから。もっと僕に、弱い所を見せて欲しいから」


みかこ「甘やかしすぎ!」


直人「ふふ」


みかこ「もう…」


直人「…何か言われた?母さんに」


みかこ「え」


直人「言われたんだ、その顔」


みかこ「…直人も何か、言われたの?」


直人「お見合いしろって言われた」


みかこ「…そう」


直人「もちろん断ったよ。僕にはみかこちゃんがいるんだからって言った」





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廊下をバタバタと走ってくる音

病室の扉が開き、直人が慌てた様子で入ってくる


直人「はぁ…はぁ…みかこちゃん!」


みかこ「直人。病院では走らない」


直人「っ…、病院からっ、電話があって…!」


みかこ「うん」


直人「ドナーがっ、見つかったって…!」


みかこ「うん」


直人「ほ、本当?」


みかこ「…本当」


直人「〜〜〜っ!!!

良かった…本当に、良かった…!!!」


みかこ「病院で大きな声出さないの」


直人「うん…ごめん…

でも!本当に良かった!!」


みかこ「直人…ありがとね」


直人「なにが?僕は何もしてないよ」


みかこ「ううん、いつも側にいてくれた。いつも励ましてくれた

今回だけじゃない。子供の頃から、ずっと」


直人「…みかこちゃん

子供の頃にした約束、覚えてる?」


みかこ「約束?」


直人「『大きくなったら、僕のお嫁さんになってください』

今でもその想いは、変わらないよ?」


みかこ「…私…なんて答えたっけ」


直人「忘れたの?ひどいなぁ…僕はずっと覚えてるのに」


みかこ「…嘘。ちゃんと覚えてる」


直人「手術を受けて、元気になって、退院したらさ

もう一度、今度はちゃんとプロポーズするから

その時は、前向きに考えてくれる?」


みかこ「(涙が溢れる)…うん。ありがとう、直人」


直人「うん」


みかこ「私、わがまま、言ってもいい?」


直人「言って欲しい」


みかこ「私もね、直人の側にいたい

これからも、直人の側に、いてもいい…?」


直人「みかこちゃんが側にいてくれないと、僕、困っちゃうよ」


二人で笑い合う



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手術が近づいた日


直人「あー、緊張する…」


みかこ「どうして直人が緊張するの」


直人「だって…!!手術とか、初めてだし…」


みかこ「手術を受けるのは私なんだけど?私より緊張して…おかしな人」


直人「…頼りないって思ってる?」


みかこ「ううん。嬉しい

私のことを心配してくれてる証拠だもん」


直人「心配してるよ、当たり前でしょ」


みかこ「ふふっ。ありがとう

…私ね、例え手術が失敗したとしても、どんな結果になっても後悔しないって決めたの

前向きな気持ちで手術に臨めるのは、直人のおかげ。本当に感謝してる」


直人「失敗してもいいなんて言わないで」


みかこ「言葉の綾でしょ

先生を信頼しているもん」


直人「手術の日、終わるまで待ってるから」


みかこ「全身麻酔するから、手術が終わっても面会時間の内に起きるかどうか分からないよ?」


直人「それでもいいよ。一目顔を見て安心したいんだ」


みかこ「そう?無理はしないでね?」


直人「これくらい無理じゃないよ」


みかこ「直人は優しいから、心配なの」


直人「僕が優しくしたいのは、みかこちゃんだけだよ」


みかこ「もう!私は真剣に話してるのに!」


直人「心外だなぁ、僕も真剣に話してるのに」


みかこ「…ふふっ

…私、直人に会えて本当に良かった

直人には、どれだけ感謝しても足りないな」


直人「僕こそ、みかこちゃんの側にいれるのが他の誰でもなく僕で良かったって、感謝しているよ」



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【手術当日】


医者「崎原さん」


みかこ「先生、おはようございます。

珍しいですね、朝に来るの」


医者「急ですみませんが、予定を少し早めて手術になります」


みかこ「えっ?」


医者「看護師長が来たら指示に従ってください」


みかこ「…っ、はい」


医者「大丈夫です、崎原さん。あなたは私が必ず救います。

だから、安心してください」


みかこ「…はい!よろしくお願いします」



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夜中に起きるみかこ

麻酔が抜け切っていないため意識は朧げ


みかこ「…真っ暗…手術、ちゃんと終わったんだぁ…良かった…

…早く直人に、会いたい、な…」



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手術翌日の朝


医者「崎原(さきはら)さん、おはようございます」


みかこ「…先生…おはようございます

もう、朝ですか…」


医者「はい。体調はいかがですか?」


みかこ「ん…まだ体は動かし辛いけど、気分はいいです」


医者「そうですか、それは良かった

手術、お疲れ様でした。無事に成功しましたよ」


みかこ「本当に、ありがとうございます」


医者「数日は安静にしていてくださいね」


みかこ「はい」


医者「…崎原さん」


みかこ「…?はい」


医者「………あ…いや……

何かあれば、すぐにナースコールを押してください

しばらくはベッドの上で過ごしてもらいますので、一人でなんでもやろうとしないようにしてくださいね」


みかこ「分かりました」


医者「では…」



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医者N「翌日」


みかこ「直人、昨日来なかった…

何か、あったのかな…」


病室の扉がノックされる


みかこ「っ、直人?!」


医者「…崎原さん、今ちょっといいですか?」


みかこ「あ…先生」


医者「座っても?」


みかこ「あ、はい。どうぞ」


医者「…本当は昨日話すべきだったんですが…」


みかこ「…はい…えっと、なんでしょう?

なにか良くないところ、ありました…?」


医者「いえ…手術は成功しましたし、崎原さんの経過についても、今の所心配はありません」


みかこ「じゃあ、なんの話でしょうか…?」


医者「…」


みかこ「先生…?」


医者「手術の日、直人さんが事故に遭いました」


みかこ「…え?」


医者「今、脳外科の病室に、入院しています」


みかこ「入院?直人に会いたいです。面会できるんですよね?」


医者「…」


みかこ「…先生?」


医者「僕は、会わない方がいいと思います」


みかこ「…なんでですか?」


医者「…」


みかこ「直人、生きてるんですよね?

お願いします、直人に会わせてください!」


医者「…分かりました。僕と一緒に行きましょう、崎原さん」



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直人がいる病室へ通されるみかこ


みかこ「…直人…?」


直人が寝ているベッドの側へ寄る二人


医者「一命は取り止めましたが…脳に損傷を受けていて、目覚める見込みは無いそうです」


みかこ「…直人…嘘、だよね?」


医者「すぐに話せなくて、すみませんでした

直人さんのご家族から、崎原さんには私から伝えるようにお願いされていました

崎原さんが目を覚ましたら、これを渡すようにと(小さい箱を渡す)」


みかこ「(箱を受け取り中身を見る)…これ…指輪?」


医者「崎原さんの手術の日、病院に向かっている途中で事故に遭ったそうです

すぐにうちの病院に運ばれてきました、が…」


みかこ「そんな…」


医者「…」


みかこ「直人…ごめんね…私のせいで

私、いっつも直人に迷惑かけてさ

でもこんなの…こんなのって、ないよ…

起きてよ、直人

私、直人がいたから、希望を持てたんだよ

直人が言ってくれたから、これからもずっと一緒にいられると思ったから…だから…」


医者「…」


みかこ「すべての不幸は、幸福への踏み石なんでしょ?

大丈夫だよね…?起きるよね…?

ねぇ、直人…返事してよ…」


医者「…」


(間)


みかこ「…私、直人が起きるまで、待ちます

今度は私の番…私の一生をかけて、直人が起きてくれるのを信じて、待ち続けます」


直人「崎原さん…」



----------



医者「もう、退院ですか…」


みかこ「先生…長い間、本当にお世話になりました」


医者「食事はまだ、喉を通りませんか?」


みかこ「…はい」


医者「看護師長からも言われたとは思いますが、こんなに早く退院しなくても、良かったんですよ」


みかこ「先生のおかげで退院できるんです

そんな事、言わないでください」


医者「…すみません。ダメな医者ですね」


みかこ「いいえ。先生は私を救ってくれました

ダメな医者なんかじゃないですよ」


医者「…あなたが生きることに前向きなってくれたのは、直人さんのおかげという事を私は知っています

手術を受けてくれる気になったのも…

私はあなたが心配です」


みかこ「心配してくださって、ありがとうございます…

私がこうして生きていられるのは、ドナーとして臓器を提供してくださった方と、手術をしてくださった先生と…そして、直人のおかげなんです

だから精一杯、直人の側で、生きていこうと思っています」


医者「…そうですか

何かあったら…あ、いや…『何か』なんて無い方がいいんですが…

それでも、もし困った事があったら…私を、頼ってください」


みかこ「…入院してた時も思ったいたけど、どうしてそこまで親身になってくださるんですか?」


医者「…あなたが私の患者だから、ですよ」


(間)


みかこ「あ…もう行かなくちゃ

先生。今まで本当に、ありがとうございました」


医者「はい。お気をつけて」


みかこ、去る


医者「…はぁ…もっと気の利いた言葉、言えないのか私は…」



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直人の病室にいるみかこ


みかこ「直人、私、退院したんだ

これからは、私が毎日お見舞いに来るから


なんだか変な気分

少し前まで、逆だったのにね…


早く目を覚ましてね、直人」



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『すべての不幸は、幸福への踏み石に過ぎない。』

ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

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