メカニック・トロイメライ

羽山涼

第1話

 都市クリソプレイズ郊外の路地にて。


「うわーん!」

「うるせえ! 静かにしねえか!」


 逃げようとする子供を捕まえ、男が怒鳴った。麻の袋を頭に被せ、縄で手足を縛る。散り散りに逃げる子供たちの行く手を塞いで、男たちはにやにやと笑いながら子供たちを縛り上げていた。


「誰か、助けて!」


 薄暗い路地に子供の声が響く。


「こんなところに誰が来るって言うん――」

「来るさ」


 男たちが動きを止めた。――目の前に知らない人間が一人立っていたからだ。顔をガスマスクで隠し、煤けた外套を羽織っている。男か女かと問われれば、声と体躯からしておそらく女だ。砂色の短い髪が風に靡く。


「誰だてめえは!?」

「ただの何でも屋だよ」


 一歩、何でも屋と名乗った女が前に出る。ゴツンと厚いブーツが音を鳴らした。


「止まれ! この銃が目に入らねえのか!」


 男の一人が回転式拳銃を向ける。女は足を止めない。男が発砲した。乾いた火薬の音が路地に反響するが早いか、女が前に出した右手で銃弾を握りつぶした。そのまま振りかぶって、女は潰した銃弾を投げつける。風を切る音がして、拳銃を撃った男の頬を潰れた銃弾が掠めた。


「き、気をつけろ! こいつ機械人形オートマタだ!」

「噂になってるオートマタの義賊か!?」

「今時オートマタが何だってんだ! ダンコップ! 行け!」


 ガシャン。金属の音が路地に響く。ダンコップと呼ばれた背の高い機械が動き出す。女の倍以上の身長があった。だが、それは人型と呼ぶには頭と胴体、手足があるというだけだ。巨大な手は攻撃のため、巨大な足は大きな体を支えるため。戦闘用だが、旧式だった。ダンコップが地面を蹴った。ガシャガシャと金属が擦れる。振りかぶったダンコップの大きな拳が地面に突き刺さった。


「……オイルが足りてないな」


 女はダンコップの背後にいた。


「!?」

「錆びてんのか、って言ってるんだよ木偶の坊」


 女が地面を蹴ってダンコップの頭の高さまで跳び上がる。突如、女が振り上げた右踵から蒸気が噴き出した。加速した右爪先がダンコップの顔面に突き刺さった。勢いよくダンコップは壁に突っ込み、二軒先の建物まで破壊した。瓦礫に埋もれてダンコップは動かなくなった。


「ダンコップ!?」

「壊れたのか!?」


 外套の埃を払い、女が男たちを見る。風が吹く。外套がひらめき、女の鉄の腕が見えた。見た目は普通の体躯の女、服の下はすべて鉄。それを想像し、ヒッと男たちは声をあげた。


「や、やってられるか! このオートマタ、スペックが違い過ぎる!」

「ちくしょう、まだローン払ってる途中なのに!」

「逃げろ!」


 蜘蛛の子を散らしたように、男たちは子供を置いて路地からバタバタと逃げ去って行った。



 ――西暦が一八〇〇年を数える頃。ブリタニア帝国は最大の領土を持つ国家であった。蒸気機関を始めとした技術は百年ほど前からブリタニアの帝都ローゼンシティを始めとして各都市に広がり、競い合うように技術を高めあった。

 機械はやがて人間の手足として働き始め、人の形を成したもの、陸地や海や空の移動に適した形になって人間を速く運ぶもの、様々な形に進化を遂げた。技術者たちは我こそはと名乗りをあげ、工房を立てた。そうして技術はどんどん進歩した。機械人形オートマタはまるで人間と変わらぬように店先で接客をしている。海の中にいるはずの鯨を模した船は空を飛んでいる。街は煙で曇り、大気や水を汚染していたが、それでも人間たちの発明は止まらなかった。その発明の先にまるで楽園があるかのように、人々は機械に魅入られた。

 忘れ去られた貧富の格差は埋まらず、大通りを闊歩するオートマタの警護を複数連れた金持ちの人間もいれば、技術力もなく金を稼ぐこともできない人間は街の陰へと押しやられていた。人身売買など日常茶飯事だ。オートマタは量産が利くが高価なため、人間の売買も需要が絶えることはない。都市政府が介入することもない。政府も技術力を高め、この巨大国家の地位を上げることしか見えていなかった。


「エマ! エマ起きろ!」


 そんな時代のある朝。クリソプレイズの職人街の片隅にある小さな工房で若い男の声が響いた。

 階段を上り、部屋のドアを容赦なく開ける。半袖の服と半ズボンで機械の四肢を投げ出して女が寝ていた。


「起・き・ろ!!」


 男がシーツを引っ張り、女はごろんとベッドから転がり落ちた。頭を床に打ち付けて、エマと呼ばれた女がのろのろと起き上がる。


「なんだよ、レオン……今日何か用事あったっけ?」


 不満そうに床から仁王立ちしているレオンに目を向ける。レオンはエマをじとりと睨みつけた。


「右手見せろ」

「右手?」


 何のことやらわからないが、レオンの言う通り右手のひらを上に向けて差し出した。手のひらに大きな亀裂が入っていた。


「やっぱり壊してる!! 右腕メンテ中だからスペアで無理すんなって言いましたよね!? 昨日は何して来たんだ!?」

「えー、なんだっけ……でかいオートマタぶっ飛ばして……あと銃弾握り潰した」


 砂色の髪を掻きながら、寝ぼけ眼でエマは言う。がしっと上から頭を押しつぶされた。


「銃弾は! 普通! 握りつぶさないんだよ!」


 レオンが近づけた至近距離の顔を見てから、エマは目を逸らした。レオンはため息をつく。エマの頭を押さえつけていた手も放す。


「ったく、おまえは巷で言われてる機械人形オートマタじゃなくて機械人間サイボーグなんだからな。あまり無茶なことするなよ」

「そういえば腹減ったな……」

「俺の話聞いてる?」


 のそのそと立ち上がり、エマは歩き出す。レオンも盛大なため息をもう一度ついてから、エマの後を追った。

 この家は道路に面した半分がレオンの工房、後ろの半分が住居となっていた。階段を下りると広くはないリビングがあり、隣にキッチンがある。朝食は用意されており、目玉焼きとベーコン、マッシュしたポテトがある。パンは自分で焼けよ、と言ってレオンはダイニングテーブルの椅子を引いた。エマは言われた通りパンを焼くと、レオンの向かい側に座った。レオンはエマより少し長い肩程の金の髪をハーフアップに手早くまとめると、首に下げていたゴーグルを引き上げて頭の上に置いた。その様子を見ながら、エマはパンをカリとかじる。

 エマは首から下がすべて機械でできている。三年前に死にかけて、体が使い物にならなくなった時に、レオンがエマに手術を施してサイボーグにした。サイボーグは大抵四肢のいずれかなど、部位のみを機械化した人間を言うが、エマの場合は頭部以外が機械であり成功の前例は多くない。作られた心臓と肺は脳に人工血液と酸素を送り、脳からの神経はすべて体に伝達される。レオンのこだわりで食事によってエネルギー補給が行われるが、エマは正直面倒だと思っている。胃に似せた部位が消化の代わりに有機物をエネルギーへと変換する。そのため、起床時や空腹時はエマはエネルギー不足で元気がない。


「ところで、私の腕のメンテナンスいつ終わるんだよ」


 食事を取って頭が起きてきたエマがレオンに問う。


「今日中には終わる」

「そう。時間かかったな」

「おまえが粉々にしなければこんなことにはならなかったんだけど?」


 エマは聞こえなかったふりをした。盗賊一味と戦って右手を粉々にする代わりに壊滅させてきたのは四日前だ。痛覚を伝える神経はエマの要望で遮断されている。おかげで、四肢は破壊し放題。レオンは数えきれないほど卒倒した。


「ああ、その腕でいいから買い物行ってきてくれ。おまえの腕のパーツ頼んでんだ」

「いつものとこ?」

「そう」


 自分の腕のパーツなら仕方がない。エマは食器を片付け、部屋に戻って着替えてから外に出ることにした。白いシャツは腕まくりをし、コルセットと一体化したベストを羽織る。服は男物を好んで着ていた。最後に黒いグローブを両手につけて、身支度は完了だ。

 工房を通って表通りに出る。車が真っ黒な排気ガスを噴射しながら走って行った。少し曇った空に向かって、あちこちの煙突から蒸気や煙が立ち上っている。いつもと変わらない朝であると思いながらエマは歩き出した。

 馴染みのパーツ屋は大通りを二十分ほど歩いたところにあった。半開きのドアを押し開けると、拡大レンズの眼鏡をかけた男がカウンターで何か作業をしていた。


「ちわっす」

「お、エマちゃんいらっしゃい! レオンくんのお使い?」


 店主が両手に持っていた工具を置き、眼鏡を頭の上に持ち上げて言った。


「そう。パーツ買って来いって」

「仕入れてるよ。ちょっと待ってね」


 背後の棚にたくさんの札がついた箱が並んでいた。店主はそこを指でなぞるようにしながら、目的のものを探している。


『次のニュースです。昨夜、スラム街の路地で建物が崩壊する事故がありました』


 エマが目を向ける。ラジオだった。


『旧式のオートマタが瓦礫の下から発見されましたが、壊れていて事情聴取は不可能とのことです。この近くの通りは家のない子供たちが寝床にしており、警察はまた例のガスマスクを被った義賊が関わっているのではないかと――』

「またやったのかい?」


 店主に声をかけられ、エマは目を向ける。そして答える代わりに、口元に笑みを浮かべた。店主は短く息を吐く。


「あまり無茶しちゃだめだよ、女の子なんだから」

「多少壊れた方が商売になっていいだろ」


 軽口を叩きながら、ポケットから紙幣と硬貨を出してカウンターに置き、店主から紙袋に入ったパーツを受け取る。店主は眉を寄せていた。


「まいど。……ああ、そういえば聞いたかい? クラン通りにいる技師のスザンさん」

「スザンのおっさん? どうかしたのか?」


 スザンはレオンの技師仲間だ。クリソプレイズは技師の街で他の街に比べても技師の数が多いが、この地区一帯は特に技師が多く、知り合いしかいないようなものだ。クラン通りはレオンが工房を構えているグロス通りの二本北に位置する。


「いなくなったんだってさ。スザンさん、奥さん亡くして子供も巣立って一人暮らしだろう? いつからいないのかもわからないって」

「何か手がかりはなかったのか?」

「なかったみたいだよ。警察が調べてるみたいだけど……最近、この街は技師の行方不明事件が頻発してるから」

「……初耳だな」


 エマが眉を寄せる。新聞もラジオも興味はなかった。エマはこうして住人からの情報を頼りに義賊をやっている。


「レオンくんにも気を付けてって言っておいて――って、まあエマちゃんがいるし大丈夫か」


 エマは片手をひらりと振って外に出る。

 工房に帰ると、レオンは仕事をしていた。住人から依頼された義肢の修理、新しい義肢の制作。レオンはオートマタ作りよりも、人間に合う義手や義足を作るのが好きなのだと昔聞いた。とはいえ、一通り何でも作れることをエマは知っている。エマの体はただ人間と同じように動くだけではないからだ。


「お、おかえり」


 エマに気づいて、レオンが目元のゴーグルを頭の上にあげた。エマが買ってきたパーツを作業台の上に置く。


「最近の技師の行方不明事件って知ってるか?」

「ああ、新聞にも載ってたな。もう九人くらいいなくなってるはずだけど……もしかして、また誰かいなくなったのか?」

「スザンのおっさんだって」

「マジかよ! ……でも近所付き合いあまりしない人だし、誰にも気付かれなかったのかもなあ」


 パーツ屋の店主の言っていた通りだった。ふむ、と少し思案し、エマは工房の隅に積み上がっている新聞の山に向かった。


「いつ頃からその行方不明事件が発生してるかわかるか?」


 今日の新聞が一番上に畳んで置いてある。それを掴み、脇のテーブルに置いた。


「目立ってきたのは先月くらいから……って、待て待て。首突っ込むつもりじゃないだろうな」

「先月の新聞は回収に出しちゃってるか……」


 レオンの言葉を無視してエマは新聞を順番に読むことにした。どうせ、昼間はやることはない。一番古い今月の頭の新聞から読むことにした。レオンが何か言っているが、エマは新聞を読み始めたので返事はしなかった。

 ――早速、四人目の行方不明者が出たという話を見つける。クリソプレイズでも有名な技師だったらしいが、エマは名前は知らない。街で行われる年に一回の技師の技術力を競うコンテストが先月あり、その入賞者だったらしい。確かレオンも出ていたはずだ。


「おまえ、先月の技師コンテストって順位どうだったんだっけ」

「優勝ですけど」

「……へえ。他の入賞者の名前知ってるか?」


 レオンが名前を挙げていく。よく覚えているなと思ったが、それを記憶しながら新聞を読んでいく。


「なるほどな」


 新聞の山をすべてひっくり返して、エマは頷く。


「何かわかったか?」

「うん。おまえが誘拐されることがわかった」

「えっ」

「私の腕早めに直せ」


 エマはそう言うと、コーヒーを淹れるためにキッチンに向かった。

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